第418話

「さしも奴らでも戦うまでは無理です。騎乗して移動するだけなら何とかするでしょうが」


 王門は自分では無理でも、匈奴ならば騎乗くらいは出来るだろうとの見立てを披露した。調査しての言動ではない、そう感じた劉備は目を細めると部将らを見渡す。だが誰も異見を述べようとはしなかった。


「雲長よ、お前ならばこの山地で騎乗して戦うことは可能か」


「はっ、この程度であれば可能です。翼徳も子龍も充分戦えるでしょう」


 ふん、と鼻であざ笑うように返答した。挑発と敵意があると取ることも出来るが、実際に三人は出来てしまうだろうから何とも言えない。何も言わないが恐らくは、麹義もそのくらいやってのけるだろうと見ていた。


「千人に一人の割合で存在したとして、匈奴らから集めた部隊がここに居たならば、百や二百の山岳騎兵隊が突如現れても私は驚きません」


「僅かその程度の騎兵が居たからと何も出来ると思えん。それとも討慮殿は怖いですかな」


 関靖が馬鹿にするかのような言葉で煽って来る。関羽がギンと睨むと、視線を逸らして口を閉ざしてしまう。実際百の騎兵は千の歩兵と同等の戦力として計算できるが、千人で何が出来るのかと言われると難しい。


「山道を押さえられると厄介だな。途中途中に兵を警戒に駐屯させて道を確保して動こう」


 やり取りを理解しつつも無視して、公孫賛は現実的な采配をすると明言した。彼は優秀だ、戦争することに関してはこの時点で劉備よりも経験もあれば結果も出している。重用する部下が無能であろうと、公孫賛が優秀なのでものごとが成功してしまう。


「その山道でありますが、いかほどまで把握されているのでしょうか」


「このあたりならば三本はある。地元の猟師らの案内を受けることが出来ればもう少し見つかりそうではあるが」


 分散して行軍するのが常識だが、あまり小分けにすると戦いが起こった際に兵力不足になってしまう。三本あれば丁度良いのかどうか、思案のしどころと言えた。劉備にしてみれば一本だけあればそれで良く、二手に別れろと言われるとかなり厳しい状況になる。


「伯圭殿、もしそれらのうち幾つかが落石などで道が不通になった場合、いかにして撤兵出来るでしょう」


 兵士が居るなら戦えば良いが、道が壊れてしまったらどうにも出来ない。復旧させるのに一か月かかるのか、一年かかるのか全くの不明だ。そんな心配をするのはどうなのかといわれると、もし南匈奴に頭が切れる奴が居るならば、その位の計略は行ってくる。劉備がそういう発想を持った以上、相手にだけ居ないという考えは手落ち。


「ふうむ、関靖は直ぐに山道の捜索を実行しろ。最低でもあと二本は見つけるように厳命せよ」


「畏まりました、奮武殿」


 不安や修正点があれば速やかに検討して改善する、公孫賛が将軍として非常に有能なことが証明されていく。前後の事情はあれども、現在は理想的な言動をしていた。


「長距離斥候を出していますが、地図が欲しいところ」


「長城より先のものはない。調べながら進むしかあるまい」


 これに関しては公孫賛が正しい。先に調査してから動いている余裕がない、三方面の軍がそれぞれに勝利するのはあまり期間が離れないうちでなければならないから。その上でもう一つ。勝利するのが最後であれば、苦戦したのかと嘲笑されてしまうので、速やかに勝ちを求めたいといった理由もあった。


「簡単なものでしたら手持ちがあります。雲長ここに」


 肩にかけていた大きな長い袋から、簡易地図を取り出すと机の上に広げた。地図と呼ぶにはお粗末ではあるが、長城の北側の大まかな地形や、道が幾つか描かれている。


「ほう、これは?」


 何もないよりも遥かにマシだと公孫賛が見入る。写しは作るとしても脳内にこれがあるとないでは、咄嗟の時に判断が変わって来る。視線を劉備に向けて問いかけた。


「荀彧殿が於夫羅単于のところで情報を集め、形にしたものとのこと。複数人の話を聞いて製作はしたようですが、記憶違いがある可能性も示唆されております」


 軍勢が通って来た山道は間違いないところではあるが、それ以外は縮尺も違えば場所も曖昧。ただ通ったことがあるという証言を元に、幾つか書き込みがあるだけ。探しても無い可能性もあるところが、探せば必ず有るならばやり様が違ってくるのは確かだ。


「徐無と俊匪の間あたりに一本あるのか。これは未発見だな。関靖、ここを重点的に捜索しておけ」


「承知致しました」


 南匈奴の者が、山を抜けたら右手に俊匪があったという証言と、左手に徐無があったという証言が別々に出たらしい。この二つの県城は二日の距離しか離れていないので、恐らくは間に道が一本存在するという推理になっていた。そもそも匈奴の者が長城を越えてこっそり何をしに来ているのかと言えば、正直に口には出来ない事だろう。


「於夫羅単于に頼み、案内人の幾らかでも招いておくべきでしたか」


 劉備が今さら気づいたかのように言うが、それくらい考えなかったわけがない。この幕でも幾人もが頭に浮かべただろう、だが実行されていない。



「ふん、うっかり首をねじ切りそうになってしまう。そんな奴は不要だ。死にたい願望があるなら殺してやらんこともないがな」


 公孫賛の言に対し、劉備は無表情を貫く。にやにやしている部将がちらほらと混ざっている。それでも情報は情報だと絵図の写しをすぐに始めさせた。


「時に玄徳よ、異民族を倒した後はどうするつもりだ」


 集まった本題とでもいえる内容を口にする。劉備は目を細めてじっと公孫賛を見据える、何を聞かれているかは重々承知で。


「どうと申されますと?」


 ゆっくりと抑揚を押さえた喋りでとぼけてみせる。いくらでも解釈の余地はあるのだ、自分から何かを述べる必要などはない。


「衛軍がこの場で解散することはないだろう。その時、どうするのかと聞いておるのだ」


 南匈奴を駆逐して、於夫羅が単于に返り咲いたとして、衛将軍は都である長安へ帰還するだろう。では他の面々はどうするのか、恭荻将軍は冤州に戻り、冀州軍は衛将軍を守り離れるのは予測出来た。公孫賛は幽州で力を蓄えるために活動を強化する。

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