第412話
劉備関羽が唸る。関羽は単純に驚いているだけのようで、劉備には別の何かが混ざった反応だったのを島介は感じた。それが何かはわかりきったこと、先を口に出すかどうかは実はあまり自由ではない。同道しているのはやはり各軍の部将らで、実務指揮者の類が多い。
ただ単に確認するだけが役目なのだが、どうしたものかなと島介は腕を組んだ。こっそりするのは後に軋轢を生むだろうが、ここで急に決めてしまうのもまた困りものだ。軽く流れを想定し、こんなものだろうかと口を開く。
「沮授殿、これらの物資は冀州からのものだが、どのくらいあるかわかるだろうか?」
意味ありげな視線を送って尋ねる。どうしたのかと不審に思いはしたが、何かしらの意味があるのだろうと質問では返さずに、概算で数字を想定する。
「それでしたら、三万の軍勢を武装可能な程度でありましょうか」
裸に装備させていけばその位、壊れた武具を交換したり、矢を補充したりと様々な使われ方をする。矛だけ三万本でも、それ以外が混ざっても表現はそれほど変わらない。主武器あるいは防具の総数がどのくらいかという感じだ。
「なるほど、この場で三万を徴兵することは考えていないんだが、現在集まっている軍にもう少し装備を施すのに使うべきだろうな。曹操殿はどうだ?」
話を振られた曹操は周りの者の顔色を素早く伺う。温存していても兵士を集められないならば、使われない道具でしかない。そしてわざわざ問いかけて来た真意を想像した。
「ああっ、はぁ。道具とは適切に使われてこそ真価を発揮する。蔵にしまっておいても何も産み出しはせんな」
「高幹将軍はどうだろうか」
袁紹の代わりに参加している甥の高幹に尋ねてみた。朝廷から正式に任命されている意味では、陣営で二番目に高官なのが高幹である、実際の陣営内での立場は一人の武将扱いでしかないが。
「装備が必要な軍に配布すべきでしょうな。我が軍にはそのような装備が欠けた兵は居りませんが」
袁紹のことを下げるわけにはいかないので、そのように前もって答えてしまう。なにより実際のところ、装備状態は良いのだ。呂布にしてみても同じで、兵士の数は少ないけれどもそれぞれは経験がある兵であり、装備もしっかりとしている。公孫賛は麾下に弱点があるかを明かしたくはないのか、目を合わせるだけで口を開こうとはしなかった。
「一万くらいなら使う可能性もある、それに本営に予備が無いのもいただけない。二万を現軍に配布するとして、装備が心もとないのは平原の劉討慮将軍だろうかと思う。そこに五千を配布し、残りを各軍に配給するような割合でどうだ? 特に装備が弱いという軍があるなら増やすが」
恥を晒せと言われて、はいウチが弱いですなどとは言えるはずもない。誰も名乗り出てこなかったので、劉備に五千、残りを数で比例して数千ずつ分配することになった。拱手して劉備が皆に礼を言う。
「有り難く受領させて頂きます」
意味ありげな視線を劉備に向けられてしまうが、島介はこれといって反応もせずに倉庫の視察を終了してしまう。次は軍勢そのものの点検になるが、そちらは下の者らに任せてしまい解散した。
「もし、島恭荻将軍、少々お時間いただけませんでしょうか?」
「うん、どうしたかな劉備殿」
そのまま返してくれるとは思っていなかったが、やはり呼び止められたなと足を止める。関羽は少しばかり離れたところで待機している。
「重ね重ねのご配慮に感謝いたします」
「なぁに必要だからしただけのこと、感謝されるようなことではないさ」
軍を強くする、それこそが衛軍が遠征に出ている以上皆が求めていること。装備が弱い軍団が混ざっていたから補強した、ただそれだけ。それを当たり前に出来ないのが官軍ともいうが。
「なにゆえそこまで我等を?」
公孫賛の下で動いていた時も含め、どうにも劉備らを信用して行動している節があるような気がしてならなかったようだ。戦場で相手を信用する、それは己の命を預けるのと同義だ。だが劉備にはそこまで心を寄せられるようなことをした覚えがない。一番の疑問は、対董卓連合軍に参加した、始まりの始まりにおきたこと。
「俺は学など全くだし、政治も解らん。人より体が大きい分多少は戦いが出来る位だ。だが――」じっと劉備の瞳を覗き込む「心に誓いを持っている人物が、何処に向かおうとしているのかくらいは感じ取れているつもりだ。それで答えになるだろうか?」
劉備は長細い目を大きく開くと背筋を伸ばして拱手した。一癖も二癖もある者ばかりの武将、その中でも特に個性が強い集まり、そこで初めて背筋に電流が走るかのような人物を認めた。自らを小さく見せようとの誤魔化しなど効かないだろう相手、隠していた気迫を解き放つ。
「いずれ語りあかしたいものです」
「ああ、俺の友人も含めて共にな」
それが誰を指しているのか、劉備にもしっかりと伝わった。漢室の復興を求めている真の盟友になり得るだろうと確信を持つ。すっとまた気配を消してしまうと無表情に戻った。
「十中八九、匈奴相手ではなく仲間割れで被害が出るだろうな」
「伯圭殿ならば、某を殺すではなく翻意させるところから始めるでしょう。そして捕らえる流れに。またそれが出来るだけの力の差がありますので」
「公孫賛としては自分を兄だと持ち上げてくれる劉備殿を直ぐに殺すのは忍びないだろうからな。とはいえ、万の軍勢が居ても関羽や張飛、趙雲が居れば捕まることも無いだろ」
数日追い回されても結局は逃げきれるだろうと面々を想像する。従軍している中に妻子が居ればそちらは難しいとも考えた。みたところ平原に残してきているようだから安心だ。
「愚弟らを相手にして無事だったのは貴殿と呂布のみ。某が足を引っ張ろうと心配は御座いません」
「ああ、その心配はしてないさ。今は問題ないだろうが、この先十年、二十年後だが……まあそれはいいか、では武運を祈る」
自分で言ってから「武運か」などと呟く。ちらっと兵らの姿を見てから、自軍の陣営へと戻ることにした。すると途中で田豊とばったりと顔を合わせる。
「これは恭荻殿」
「おお田豊殿、そうだちょっとこっちへ」
「はて?」
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