第410話


 孫策を麾下においていたのは曹操も知っていた、可愛がっていたのもだ。孫堅の才能を引き継いでいるならば、そのうち必ず大身になるのも頷けた。ただ、今この場で同列だと名を出したことと、恐らくはかなりの年少者である孫権まで出したのが気になる。だが人物鑑定眼に定評があるのは、曹操自身がすでに体験している当事者ですらあったので深く意味を考えてしまう。


「君がそういうならばそうなのだろう、会ってみたいものだな。愚痴に付き合わせて悪かった」


「いや結構楽しかった、赴任前に酒でもどうだ、後で使いをやるから飲もうじゃないか」


「それは良い、是非ともそうするとしよう!」


 笑顔でそう応じた曹操。席を離れて目を細めた。いつか邪魔になった時に、排除するのは非常に困難になるだろうと考えて。不確定な存在は居ない方が良い、敵とはっきりしているのよりも、よくわからない相手が一番厄介だから。


 島介も部屋を出て少し歩くと荀?らが待っていたので軽く手をあげて合流する。立ち話を含めて他所の幕僚らと話をしていたのだろうことが見受けられた。


「楽しい会議だったな荀?」


「左様でございますな。曹将軍はいかがでありましたか」


 珍しく皆が居るところで言い出して来る、今のうちに認識をしっかりとさせておけということなのだろうと受け止めた。腕組をして少しだけ視線を空に向ける。


「きっちりと戦うだろうさ、軍の為にも、自分の為にもな」


 勝てば己の立場が強くなる、利害が一致しているのを確認出来たと皆が頷く。部将らも実戦に向けての情報交換をしたりで、その部分は問題ないと荀?も解釈をする。


「数日のうちに他軍が進発いたします。漁陽への斥候は先に出しておりますのでそちらは道々。我が君はこれからどうなさるおつもりで?」


「うーん、それだがな。呂布にここで裏切って北方の地を奪えたらその後どうするんだと聞いて来ようと思ってる。その後は宴会だな」


 あっけらかんとしてそのようなことを言われてしまい、さすがの荀?も唖然としてしまう。腹の内を周りから探るのが当然と信じていただけに、本人に裏切ってどうするのかと尋ねるとは。


「ああ、なんとそのようにお考えでしたか。文若は未だ発想が小さいと身に染みております」


「ただ無遠慮で考えがないだけさ。荀?はもし呂布が裏切って、幽州、青州を支配したらその後どうするかを考えてみて欲しい。俺じゃわからん」


「畏まりました。速やかに検討してご報告させて頂きます」


「ああ、頼んだぞ。呼廚泉、ちょっと一緒に来い、呂布を見せてやるよ」


 見世物ではないだろうが、護衛の一人も連れていない方が逆におかしい場所なので指名した。地元の感覚があるだろう匈奴の人物だ、今回の作戦立案で役立つのは確実。そういう意味で名指ししたのかと周りは思っているだろうか。


「興味深いので喜んで!」


 島介は単純に強い奴を傍で見せてやりたかっただけ、それに気づいているのは荀?のみで優しく微笑んでいた。軍議でもあったように、於夫羅単于らが匈奴に戻り族をまとめて離反すれば、敵味方そっくり逆の戦力になるというのに教育を惜しまない。そういう姿勢の考えが、荀?はとても好きだった。


 呂布の陣営の部将らが集まっている場所に近づくと警戒された。一人の中年武将がやってきて目の前に立つ。


「俺は魏続、なにをしにきた」


 威圧感たっぷりで睨んで来る。そこらの文官ならば飛び上がって逃げ出しているだろう。


「ちょっと呂将軍に質問があったから来てみた。入っても構わんか、こちらは二人だ」


 すぐ後ろに立っている若い男、呼廚泉を睨んで従卒かなにかだと思ったらしい。単身でやって来るやつにこれ以上の警戒をしても仕方ない「将軍に確認する、そこで待て」使いをやって暫くすると、呂布が自らやって来た。


「よう、わからんことがあって尋ねに来た」


「ほう、貴様は随分と俺を刺激したいらしいな。まあいい来い」


 間柄が良いわけがない、何せ殺し合った仲だ。相手が憎くて戦ったわけでもないので、そこは職務や使命だと割来るくらいの度量はお互いが持っていただけのこと。幕に入ると呂布が振り向いて目で話せとの態度をとる。傍に居て解る強さ、呼廚泉はこれほどかと生唾を飲み込んでしまう。


「俺はいつもなんだが、考えて解らん時には誰かに聞くことにしてるんだ。主に荀?にだがね」


「考えよりも行動が前に出る、それが武官というもの。俺もお前もそうやって生き残って来た、違うか」


「違わんね」


 島介もその台詞は理解出来た、身体が先に動くというのは訓練のたまものでもある、決して卑下されることではない。共通点はある、適性の問題だけだろう。ふん、と鼻を鳴らすと呂布が腕組をした。


「それで、何を聞きに来たんだ」


「ああ、呂将軍についてだよ。なんだかんだでこのあたり一帯を支配出来たら、その後どうするんだ? 朝廷に戻るにしてもあっちはっちで込み入ってるだろ」


「お前は何なんだ? よくもまあ面と向かって聞けたものだな」


 半ば呆れられてしまう。どんな探りを入れられるのかと、呂布自身でも色々と考えていたというのに、ド直球で真意を漏らしてしまう。


「俺は無駄なことが嫌いなんだよ。狸の化かし合いをしたくもないし、されるのも好まん」


「はぁ。そもそもここには太守等がいるだろう」


「まあな、ところがうっかり北伐中にまとめて死んだら、割と簡単に統合出来るだろ」


 呂布は目を細めて殺気を籠めて島介を睨んだ。言っているいみが理解出来ている証拠。わからないような奴が高官になれるほど、いくら落ちたと言っても漢は甘くはない。


「だったらなんだというのだ」


「いや別に。その時どうするのかが俺にはわからんから、本人から聞いてみたいと思ってな。そこでそうやって死ぬような奴らは、結果そこまでってことだろな」


 これには島介の本音が混ざっている。戦場であっても無くても、人は死ぬときには簡単に命を落とす。百万人対百人の圧倒的な争いでも、百万の側にだって死人は出る、そういうものだ。


「……わからん、まずは拠点を得るまでだ」


「そうか、なら仕方ない。俺は何度も公言しているんだが、劉協さえ助かるなら他の事はそこまで気にしてないんだ。国なんてのはただの箱のようなものでしかないからな」


 勤皇派として見られているが、実のところそうではない。劉協がいま皇帝だから枠にはまっているだけで、劉弁が皇帝のときだって劉協至上主義だったのだから一貫している。それこそが孫羽将軍の後継者たるゆえんであり真実。


「はっ、興が冷めた、いけ!」


「そうするよ」踵を返して出ようとしてふと停まり振り向く「今夜酒でも飲むつもりだが来るか?」ついでに誘ってしまう。


「誰が行くか! さっさと出ていけ!」


 やれやれといった表情を残して島介は「わかったわかった」と呟いて出て行った。それについていく呼廚泉は冷や汗で一杯だ。ようやく陣営から離れると、まじまじと島介を見た。


「どうした?」


「荀別駕は大変だなと思って」


「ん、そうだな。あいつは良くやってくれてるよ、頂点を代わってほしい位だ」


 これまた度々口にする本音。決して荀?はそれを肯定しない、どころか必ず口に出して否定する。生涯の主を見付けて胸躍っている最中なのに、夢を見ることを自分で辞めるはずなど無いと。


「おおそうだ、宴会するならあいつらを誘わんとな。そういう約束だ。寄り道するぞ」


 言われて呼廚泉は首を傾げて後ろをついていく、大将が予定を変えてうろちょろするのは皆が困る。日常茶飯事というか、常習犯というか、ちゃんと遠くから見守りをする兵を置いているのは荀?の苦労のたまものだろう。


 やってきたのは見すぼらしい陣営で、兵らの装備も少なく雑兵のようなのが陣営で働いている。ここは勅令軍の本営がある場所だというのにだ。無遠慮に中を覗くと「お、いたいた」口に出して勝手に中へ入っていく。門衛らはそれを困惑した顔で見るが止めることすら出来なかった。


「元気にしてたようでなによりだな」


 遠くから声をかけて歩み寄る。その先には長いあごひげの赤ら顔の男と、凛々しい若武者が向き合って話していた。関羽と趙雲だ。なれなれしく声をかけて来るのが誰かを振り向くと驚く。趙雲が速足で近寄ると拳礼をした。


「島将軍、お久しぶりに御座います!」


 関羽も歩み寄ると同じようにして「将軍、その、ご無沙汰しております」はつらつとした趙雲とは違い、ばつが悪そうな顔で挨拶をした。何せ公孫賛との冀州戦で切り合ったのだ。呼廚泉は二人を見てまた愕然としたしまう、自分では勝てないと解って。


「おいどうしたんだ兄貴、って! ああ!」


 様子がおかしいと張飛がかけてきて三人の姿を見ると声を上げた。


「おう張飛、今夜宴会するんだが来るか? 酒飲ましてやるぞ」


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