第409話


「代郡、右北平郡、そして中央でも軍同士の戦いに勝てば、決戦を求めて拒否も出来んであろうな」


 馬日碇がどうすれば命題が達せられるかを夢想する。ただ勝つだけではいけない、勅令軍の威信をとどろかせる軍事を求められているのだ。誰が匈奴の大将になっても負けしかないだろうと思わせる経緯が欲しい。


「であるならば、三か所の戦線で勝てば宜しい。無論、負ければ恥かしくてその後は暫く大人しくしているしかないでしょうな!」


 ここに盤面外の争いが起こることを示唆していた。敢えて味方の弱点を敵にバラしてしまう懸念や、補給の邪魔をするだろう一手を打って来る部分でだ。敵よりも味方を警戒しなければならない、そんな現実がここにはある。


「その通りだな。主将をおめおめと失った者が上手くできるとも思えんが。それとも敢えて手を抜いてでもいたのかも知れんぞ」


 一瞥だけして曹操は公孫賛を無視した。意外とその通りなところがあるので相手にしないことでやり過ごす。前途多難とはこれだろう、群雄割拠する時代に真っすぐ協力できると考えている方が甘い。


「交戦をするならば、同時がより良いかと愚考致します。仕掛ける側は日時の約定でも、狼煙の合図でも合わせられますので」


 劉備が控えめに実務に触れる。主導権をとれるならばそうしない理由はない、逆に任地につくあたりで急に攻め込まれたら後手にまわってしまう。兵を休ませずに行動するのは焦りなので、そのあたりの平衡感覚が司令部には求められた。


「ふむ。我等は戦いに来た、陣を張り堅守するためにではない。貴殿らの戦意を採ろう。全軍の方針を伝える。勅令軍は配備についたのち、狼煙の確認を以て全域で攻勢に出るものとする。緒戦に各所で勝利した後、中央にて決戦を行う。一番戦功は呼攀単于の首だ。西部代郡の主将に曹安国将軍、東部右北平郡の主将に公孫将軍、副将に劉将軍、全軍の副司令官に呂将軍を任じる。各位の奮戦に期待する、以上解散」


 先が思いやられるとの表情で解散を発した。それぞれが憮然とした顔で去っていく中、曹操が島介の肩を叩いた。親指で行き先を示して、ついてこいと歩き出す。島介は「わかってるよ」小さく呟くとついていった。城内の一室、武兵が警備をしている場所に二人が入っていく。


「ああっ、はっ。何とも香ばしいことだな、いつでも燃え上がるぞこれは!」


 差し向かいで椅子に座ると、片方の肘を机の上にあげて身体を預ける。リラックスしているということだろう、態度が悪くても文句を言う相手ではないと知ってのことだ。


「まあな、クセがあるのは俺も同じだがね。呂布まで来るとは知らなかった、こいつは馬日殿も同じだぞ」


 腹芸をしたいわけではないので、少数しか知らない情報をあっさりと明かしてしまう。曹操は顔を向けて「そうなのか」何か思案顔になる。誰しもが苦労をいているものだなと頷きながら。


「それで、言いたいことがあるなら聞くぞ。俺で良ければな」


 肩をすくめて苦笑する、それだからこうしているんだろう、と。島介はこういった雰囲気での会話が嫌いではない、むしろ割と好みですらある。隠す部分はあるとしても、気を使わないですむ会話は楽しむたちだから。


「ああっ、うむ。君はいつもそうだな、だがありがたいからそうさせてもらう。分散してるうちは良いが、決戦時に全軍で長城を越えたところで裏切って、退路を遮断すればめでたく全滅になるぞ!」


 拮抗した戦力、それが一部の裏切りで傾き、取り残された軍が逃げ道を失えば敗北するのは必定。そのうえ敵に慈悲を求められるわけもなく、曹操の言葉は非常にしっくりとくる。状況を知っている軍人ならば誰でも想定出来るだろうが。


「そうだな。ちなみに誰が裏切ると思ってるんだ?」


「公孫賛と呂布に決まっておるだろ!」


 これまたなるほど納得の名前だった。公孫賛はついこの前まで刃を合わせていたのだから、いつ元道理になっても何もおかしくない。では呂布はどうだろうか。


「俺の名が上がらなくて良かったよ。公孫賛はいつそうしてやろうかと機を窺っているだろうな。呂布はなぜ?」


 曹操は改めてそう問われて少し冷静になった。あごひげをしごいて考えを巡らせる。そうだと結果が見えていたせいで、深く理由まで考えられなかったのだ。


「はぁ、ああっ、うむ。呂布は既に都落ちをしている、どこかで勢力を張らねばならん」


「李鶴、郭?のやつらが招き入れたら主客が逆転するかも知れんからな。都に戻るのは確かに難しいか。ならばどこかで領地を得たいのは確かだな」


 言葉を一つずつ確かめて認識を共にする。野心ある群雄として、どこかで誰かの下に一時的につくことはあっても、どこかで頂点を目指すのは当たり前だ。なにより呂布はそう言う意味では一度頂点に君臨していたのだからなおさら。


「ここに集まる北方の雄らをまとめて葬り去れば、幽州、青州一帯を支配下における。ゆえに、奴ならば裏切るであろう」


 思考の筋を辿る、間違いはない。もっとも現実的で効果的、主なしの土地を大量に確保出来るだろう美味しすぎる瞬間を狙う。農民は誰が領主になろうとなにも言わない。いや、言えない。多くの官吏も嫌ならば帰郷するくらいの対抗しか出来ない。


「なるほど、確かにそうだ。それで、もし呂布がそうやってこのあたりを支配したら、その後どうするんだ?」


「ああん、その後だと? ふぅむ」


 天下に轟く名声を得て、再度朝廷の奪取に挑むのだろうか、それともこの地に勢力を築いて良しとするのか。そこまでは曹操も考えなかった、支配するのは道筋なのは一緒だからだ。真の目的を考えずに歩もうとした短慮を恥じるとともに、それを敢えて気づかせようとしてくる目の前の男をじっと見た。


「島殿はどう思う」


「さあな、そういうのは全部荀?に任せてるから解らん。あとで呂布に聞いてみるさ。なお俺が言うのもアレだが、概ね普段通りの事実だよ。普通の頭の奴が考えたって、荀?に敵うわけがないだろ」


「ふ、ふ、ははははは! なんとも面白い、やはり君は良いな。どうだ、今はまだこの通りだが俺は必ず大きくなる。俺の部下にならんか、次席だ、全ての奴らを下にして君を隣に置く」


 曹操は真剣な面持ちで真っすぐに腹の内をぶつけた。頷くはずがないと解っていても、そんなことは今はどうでも良かった。島介は嫌な顔をせず、それでいて嬉しそうにもせずに、同じく真剣に見つめ返す。


「それは出来ん。俺は劉協を救う為に、誰かの掣肘を受けるような立場になることはできない。すまないが断る」


「承知した。嫌ではなく出来ないなのだな。ならば良い。詮無きことを言ってしまった許してほしい」


 曹操は拱手して目線を下げた、礼儀はあるべきだと。


「そんなことはない。曹操殿が大きくなり、国家を統べるだろう未来が俺には感じられている。決して漢という国を費やさないように行動するだろうこともだ。ただ、俺は今そうやって同道出来ないと言っているだけで、詮無いことを言っているなどとはこれっぽちも思ってなどない」


「ああっ、うむ! 君はそこまで見えているのか! 嬉しいような、悔しいような、そんな気持ちだ。君と吾とは同志なのだな」


 思っていたような反応と全く違い、曹操はついポロリと漏らしてしまった。飲み込めるような器ではないと確信して。


「そんな大層な奴じゃないよ俺は。だがそうだな、劉備と孫策、それと弟の孫権はきっと曹操殿と同じような志をどこかで持っているだろうさ」


 なぜここでその名前が出たのか、劉備は不気味な奴ではあったがそこまでの器量かと言われたらわからなかった。それよりも孫策に孫権とは。


「孫策、孫権とは、あの孫堅将軍の息子のことだろうか」


「ああそうだ、孫策は特に良い。実は孫権ってのはあったことはないが、なんだろな、俺の勘だ。あてにならんくてすまんがね、ははは」

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