第408話


 どさくさ紛れで啄郡を支配で来た袁紹は悪くないと言う。また民の命など、袁紹にとってはどうなろうと知ったことではない。


「兵だけでなく、地位も名誉も失って、なお勝利できるとは名門の血というのは便利だな」


 勅令による公孫賛との突然の和解で立場を失った呂布が、袁紹への当てつけをする。その上でこのような勅令軍がたつことも知らされていなかったが、自身に使者がやって来てこの場に駆けつけていた。嫌味の一つや二つ、言いたくなるのは当たり前だろう。


「あちこちで裏切りを繰り返し、舌の根が乾かんうちに身を翻せるのも便利ではないか」


 腕組をした公孫賛が、薄ら笑いを浮かべて呂布をなじる。首尾一貫した行動をしている公孫賛は、そういうのが嫌いなのだ。歪んだり、汚かったり、時に道を逸れたりはするが、それでも反対方向には行かない。


 馬日碇でなくとも頭が痛くなるだろう応酬、喋らずに黙って控えている劉備だけが冷静に見えた。いつも無表情でどこかに感情を置き去りにしてきているような男、こいつはこいつでどうやったら勢力を強く出来るかを考えている。


「いつからここが童子の集まりになったのか知らんが、真面目に殺し合いの話をしても構わんだろうか?」


 島介が極めて物騒な言葉を刺し込んだ。事実、これから大勢の者が命を奪い合う未来について話し合う為に集合している。やることをやってから、気に入らない者同士で気が済むまで殴り合えば良い。


「もう一度言おう、戦争が終わるまでは抑えて貰いたい。我々はこれより長城を越えて匈奴の支配地に遠征を行う。建設的な意見に期待する」


 先が思いやられるが、やらずに解散させるわけにもいかない。むしろ嫌な仕事程早く終わらせて置くにこしたことはないのだ。


「ふむ、曹孟徳が言上する。匈奴の規模は十数万の兵力に、現在単于を称しているのは屠特若尸逐就単于の子で、呼徴単于の弟、呼攀単于。兄を漢の使匈奴中郎将に殺され、羌渠に単于を奪われたことへの恨みから、その子である於夫羅単于の帰国を阻害し国を支配して漢と対抗している様子」


 諜報の結果を端的に並べて来た。簡単に言えば、二つの家系の単于の奪い合いだ。その切り替わりのきっかけが、漢の担当者の独断だった。単于は代わり、担当者は独断を指摘され処刑、だが単于は認められた。要は被害者の生き残りで弟である呼攀が、実力で奪い返したのだ。


「於夫羅単于は俺の幕に同道している。匈奴の単于として返り咲く可能性はあるが、こちらと敵対しない可能性がないわけでもない。どうなるかは知らん」


 島介があてにするなと言い捨てる。副将として同道しているのは事実であり、国を取り戻すための助力をすれば普通は友好的な交流がおこなえるだろうが、そんなことを求めているようでは話にならない。なにせ皆は戦争をするために集まっているのだから。


「いっそのこと見せしめで処刑してやれば匈奴も大人しくなるのではないか?」


「はっ、これだから考えが足らぬ奴は。使えるかも知れない駒を自ら捨てる馬鹿がいるか。まあ、ここに一人いるようだがな!」


 呂布の荒っぽい言葉に曹操が噛みつく。何事もなくこれで戦いが出来るのか、大いに心配になってしまう。だがこれに関しては手駒を消すのは宜しくないと皆が思っていたようで、それ以上の言葉は出てこなかった。


「こちらと付き合った方が理があると思えるような姿を、行動で示すしかないだろうな。恭荻将軍は於夫羅単于との連絡を確実に保持しておくんだ」


「了解です、馬日衛将軍」


 両者の関係性は良好だと聞き及んでいるので、これを無理にかえることをしないのを選択した。軍を割るのだが、この時点で誰と誰を組み合わせることが出来るか。逆に言えば公孫賛と呂布をどうするかを思案する。


「曹安国将軍、匈奴の動きだが、どこに駐屯しているのか調べはついているかね」


「敵の中央軍は羌平県と無柊県の真北あたりに凡そ半数が、東部の右北平郡北と、西部の代郡北の馬城県に半数ずつといったところかと」


 距離的には冤州の西部から東部全域を想像したら良いだろう。歩兵で三十日位の行動距離、とてもじゃないが一つの司令部で行動判断を下せるような戦線ではない。


「右北平は我が郡ゆえ、そちらは受け持つ」


 太守の公孫賛が北東部を担当すると申し出た、とはいえ公孫賛だけでは兵力が互角かやや少ない。これに一万人を添えたいが、呂布か劉備か或いは冀州軍を半数つけるかといったところ。自ら声を上げるのをやや待ったが、誰も立候補はしなかった。


「公孫奮武将軍の軍のみでは少ないと思うが、どうか」


「防衛のみなら不足はないが、長城を越えて攻めるというならばもう少し欲しいところではある。と言っても誰も面白くはあるまい。玄徳、そなたが助軍として働いてはくれんか」


 同門の弟子に声をかける。劉備は無表情のまま数秒沈黙を保ち、拱手すると「これも国家のためでありますれば、お引き受けいたしましょう」承諾した。馬日碇もほっとしている、誰も反対はしなかった。


「ではそうしてもらうとしよう。代郡の方面だが、曹安国将軍に担当して貰いたいがどうか」


「承知致しました。してどの軍が共に任に当たって頂けるのでしょうかな」


 二万か三万か、問題は中央がどうなるかだ。馬日碇としては主力を中央に置かなければならない、そして純軍事的な指揮は自分ではとれないので難しい。呂布をどこで指揮させるかという問題。近くに置けば命令を上書きも出来るが、そうなれば通常の権限も兵力も多数預けなければならない。いつ裏切るかもわからない者にだ。


「自分は中央でも代郡でも構いませんが」


 島介が下駄を預ける。曹操と共同戦線はしたことがあるし、関係性も良好だ。兵力も丁度良いし、恐らくは適任。そうなると中央は呂布が主将になり、冀州軍の者らが供回りとして残る。袁紹は啄郡に駐屯して中央を支えることになるが、やはり軍指揮には向かない。


「島恭荻将軍を漁陽県に置き、前哨基地を任せたい。代郡へは袁平難将軍より二万を振り向け、西部戦線を構築してもらいたいがどうか」


「中央の防壁の役目、承りましょう」


「こちらも孟徳との共同ならば望むところ。宜しいでしょう」


 袁紹が直接行くわけでないならば、曹操が動きやすくてやりやすい結果になるだろう見込み。ただこうなると呂布が余ってしまうので、中央になる。


「呂奮威将軍は薊で、本営と共に在って全体の指揮を担当してもらう」


「最高の戦力である俺を後方に置くと? そのようなまどろっこしいことをせず、真っ正面から兵力を投入すればよいだろう。北狄など俺がぶち破ってやる!」


 確かに攻める為にここにいるのだから、呂布を最前線に出さないのはどうかと思う部分はある。軍事のみに集中してくれれば良いが、そもそもの信用が皆無なのが玉に瑕。


「まあ、それはそれで一理ある。呂布将軍ならば敵と当たり負けることはないだろうしな」


 腕組をしたまま島介が肯定的な発言をした。あの呂布と引き分けた武将だからこその強気発言ともとれるし、それが戦略のうちだと馬日碇の代わりに発言しているのかもしれない。


「ほう、さすが解っているではないか。戦いなどというのは頭を刈り取れば終わる。俺とお前とで攻撃をせんか?」


 寡兵で戦闘する、それは戦略的には不利であり、戦術的には無謀でしかない。とはいっても全員で集合して斬り合うわけでもないので、運用次第では目が無いわけでもない。


「普段ならそれでも良いのかも知れんが、今回は漢という国家の威信を示す必要がある。わけもわからず負けた、では目的を達せられない可能性がある。戦争で誰が負けたのかときっちりと解らせてやる必要があると思うが」


「ふむ……決定的な敗北を認識させるわけか。なるほど、それはあるのだろうな。戦いを呼び掛けて、拒否出来んような状況を作り上げる為に幾度か軍同士の戦いで勝利する。その後に敵の首を切り離すわけだな」


 軍同士で戦い負けて、武将として戦い負ければもう抵抗も出来ない。もしそうして逃げおおせることが出来たとしても、匈奴が一つにまとまって敗者を強く支持することはないだろう。分裂を誘うことが出来れば、それでも目的を達成できるかもしれない。

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