第407話

「頼みますぞ冀州殿。さて、君は軍の様子を見ておいてくれ」


 政治的な議題が残っているらしいが、確かにそれは島介向きの話ではないので屯所へと向かうことにした。慣れない信都の城だが部将らが多数いる為に迷うことなく兵だまりにやって来た。そこでは若い者らが集まって話をしている姿があった。


「島将軍!」


 輪から張合が抜け出して歩み寄って来ると眼前で一礼する。あの後、無事に冀州につらなり州軍の中枢に残っているようでなにより。


「おう元気そうでなによりだ。今回も頼むぞ張合」


「また将軍と戦えることを嬉しく思っています! なんなりとご命令下さい!」


「そう肩ひじ張らんでも良いぞ、お前が信頼できるやつだというのは知っているつもりだ。ああそうだ、郭嘉のやつはいま長安で勤務しているよ」


 張合を推挙したのは郭嘉、目下のところ朝廷工作で長安を暗躍しているはずだった。きっと友人同士なのだろうから、消息に触れておく。


「有り難きお言葉! ですが若造であることは承知しておりますので、懸念無く」


「うちの奴らは二十代が多いんだ、そこまででもない。俺からの絶対命令は一つだ、どれだけ失敗しても構わん、死ぬな必ず生きて戻れ。そうすれば次がある」


「はい将軍!」


 幾度繰り返してきたか、島介は若い者に死ぬなと言葉をかけた。それなのに二度と笑顔を見せに来なくなってしまった者がたくさんいた。上手に出来なくても良い、努力が実らなくても良い、生きてさえいれば適切に仕事を与えることが出来るから。


「よし。では軍を見て回るから案内してくれ、俺はよそ者なんでね」


「何を仰ります、島将軍は冀州で最も有名な武官ですよ。我等の韓馥様を守り、冀州に平穏を取り戻してくれた英雄です!」


 島介は脚を止めるとまじまじと張合を見てしまった。まさか英雄などと呼ばれているなどとは思いもしなかったからだ。恥かしくて仕方ない。


「職務をこなしただけだ。俺としてはお前や孫策らが活躍したのが嬉しいんだがね」


 年若い部将らを抜擢して見事に成功させた差配、これに関しては人物を見る目があると噂されている。曹操やら許昭やらが仕切りにそんな宣伝をするものだから、人物鑑定眼があるとすらされている。本人はズルをしているだけなので口を閉ざしているが。

「少しでもお役に立てるように尽力させて頂きます!」


 若さに誠実さ、そして最も大切なやる気を押し出してきた。島介は満足げな笑みでそれを受け入れる。閲兵を済ませると、匈奴の風習などについて説明を受け、自身に出来る備えを行い薊へ向かうことにした。


 194年4月

 北方でも雪解けが進み、山陰などのごく一部を除いて綺麗に緑が芽吹き始めている。補給路の整備、各地からの移動、薊の駐屯地設営などが進められ、ついに将軍らが一堂に会した。


 主座である衛将軍馬日碇が中央正面に対面して立つ。その左手に島介が侍り、残りが半円状に並んだ。上下の別は今のところ定められていない、とはいえ公孫賛の隣に立ちたい者は居なかったようで、空いていたから劉備がその隙間に進んだ。


「勅令を受けた衛将軍馬日碇だ。諸君、知ってはいるだろうが自己紹介から始めようか」


 そういうと視線を左にいる島介へと向けて来たので、小さく頷くと拳礼をする。


「恭荻将軍島介、冤州兵三万を率いてきている。それと衛将軍府の冀州兵二万の管理を任されている」


 大軍を指揮していることで隣に居る、その理由を含めての自己紹介だ。以後は時計回りで口を開いていく。


「安国将軍の曹孟徳だ。別駕として幽州兵二万を指揮下に置いている。目下のところ治府も薊に臨時設置中だ」


 曹操は幽州の残党をせっせと糾合して二万を集めた、実のところ青州の兵も別に隠し持っていたりする。


「今は平難将軍を授かっている袁本初、啄郡と渤海からで兵二万だ。それと私兵二万も」


 これらの中に冀州から離反した麹義の軍団も混ざっている。私兵と称しているのは指揮権を固定して自分にあると主張する為。


「奮威将軍の呂奉先、俺にも勅令が下った。李鶴らが何を考えてるかは知らんがな。歩騎一万だが並の兵ではないぞ」


 実のところ想定外、呂布にまで勅書が渡っていたとは考えていなかった。匈奴相手に純粋な戦力と言えば間違いないが、どうにも心配はぬぐえない。


「討慮将軍の劉玄徳と申します。諸兄等の末席を拝させて頂きたく。兵は平原軍一万で御座います」


 こちらは勅書を恭しく頂き、誠心誠意尽くすのだろうなとの雰囲気がありありと伝わって来る。一方で兵は少なく弱いのも簡単に想像出来た、何せ領地の防衛の為に熟練した兵らを分割しなければならなかったから。それに雑兵を足しているだけ。


「はっ、奮武将軍の公孫伯圭だ。北部軍四万を従えている。よくもまあ集まったものだな」


 目を細めて敵だらけの場に身を置いている。といっても個人でも軍でも公孫賛が劣ることはない、それだけ有能な武将だというのは皆が知っていた。単純に言葉を信じれば十七万もの大軍、とは言え啄郡と幽州、北部軍とかいうのがどれだけ防衛に割かれて残るのかはわからない。


 官職で見れば当然、馬日碇が頂点だが、次席は呂布、その次に島介らが並列している。私軍なら良いが、勅令軍ともなれば官職を無視はできない。呂布は三公級であるだけでなく、厄介なことに仮節まで持ち合わせている。事前に聞かされていなかったのだが、明らかに李鶴と郭?の嫌がらせで呂布を追加したのが解る。しくじって全滅すればよいとでも考えているのだろうか。


「確執があるのは充分承知だ。だが今からは外敵との戦争なので、終わるまでは抑えて貰えると信じている」


 馬日碇がいがみ合うのは後にしてくれと言葉にした。仲良くするつもりなどないが、敵に負けてやるつもりもないので、視線を逸らして黙りこむ。どこかで舌打ちが聞こえてきそうな雰囲気だ。


「その外敵とやらをせっせと作ったのが、どこぞの北方の者ですな。外交で帰順させられる人物が逝去されて、武力で従わせるなど下策中の下策と考えますがな」


 公孫賛とつい先ほどまで戦いをしていた曹操が、名指しこそしないが目一杯の皮肉を投げかける。だが実際に話し合いで収められる可能性があった劉虞を失ったのは、下の下という結果だ。もっとも彼を守れなかったのは曹操の失態でもあるが。


「孟徳、そうまで言うな、勝てばよいのだ勝てば。兵などいくら失ってもな」

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