第403話

「確かに。そういえばあの騎都尉、あー韓浩とかいう若者。良い人材と見ています」


 実際に軍勢を指揮していたのだから、軍を預けても上手くやるだろう。あとはどうして一緒に居るかを知っておくべきだ。


「ほう知っていたかね。あれは勅令軍に志願した者でな、かつて王匡殿の下で河内郡県令を務めていた杜陽殿の娘婿だよ。舅が董卓軍に人質にとられても、国家の為だと取り合わなかった義士だ」


「なるほど、それならば信用出来る。相手が異民族で漢に敵対するということならば、忠義を貫くでしょうな」


 裏切らない駒、それ一つだけで充分に使い道がある。だというのに、配下の部将らへの態度を鑑みれば、きっと大勢を指揮しても上手くできるはずだ。となればあとは経験だけ、副将として起用してやれば育つなどと想像してしまう。


「ははは、君も相変わらずだな! 他所の武将であっても力をつけさせるために真剣とは」


「前にも言ったはずですよ、私もあなたも、地獄から救いあげてくれるような若者を後押しするのが役目だと。国家の為になるなら、どこの誰であっても構いはしないんですよ」


「そうだな、その通りだ。君が見込んだ孫策が私を救ってくれた、見事だよ。あの時ほどこの仕事をやっていて良かったと思ったことはないね」


 耳にはしていたその経緯、島介は孫策が褒められたのがやはり嬉しかった。それを見た馬日碇もまた嬉しさが胸にある。波長が合う、そういう部分は生まれ持ったなにかとしか表すことが出来ない。


「そういうのも居れば、公孫賛や袁紹みたいのも居る。冀州から幽州に向かうとして、どうするつもりですか」


「薊あたりに本営を構えるさ。長城を越えるのは前衛が拠点を構築してからだな」


「その昔、漁陽の県令になったことがあります。もっとも赴任前に解任されましたがね。前線司令部はそのあたりで?」


 幽州の都、薊県から北に五日、漁陽郡の都がある。山の中なのになぜ漁の字が充てられているのかというと、そこに大きな湖があるからだ。送里湖の南が漁陽県、北が羌平県で漢の版図の最北端といったところだ。


「北西の広寧の山の中という線も考えられる、行ってみて情勢を確認してからだな。冀州からの糧道、中山国、啄郡、薊の線になるのだが、山間からの賊の襲撃があるだろう」


 前に内陸側に一本街道を寄せた側をどうして選んだのか聞いた時には、なるほどと思ったのが蘇って来る。何せ遠い、いくら内陸に寄せたところで情報は洩れる。ならば行き来しやすい街道を選択した方が良い。


「北上する時に現地を偵察しながら道を検討しましょう。護衛を多目にし、任務を下に見ない責任者を任じましょう」


「そうするとしよう。時に衛将軍府は全く幕が埋まっていない。好きなのを選んでいいぞ」


「そういうのは感心しませんがね」


 個別で働いて、全体でも働けとの仰せ。あっても無くても変わらないだろうけれども、ある時、馬日碇の命令の代理である必要が出て来たならば有効な瞬間も見えて来る。


「なんだ、私だけに働かせる気かね?」


「相応しい優駿はそこらにいくらでもいるでしょうに。わざわざ私を選ばなくてもですよ」


「そう謙遜することはない。君は優秀だよ、そうだな、その人となりが特にだ。好き嫌いをはっきりと表せるのは重宝する。こいつも一つの才能だ」


 顎に指をやって、確かに今までずっとそういう態度を貫いてきたなと思い起こす。表面上のお付き合いだけを手広くやっているのが多い中、異色なのは認められた。


「そんな端っこの部分を拾われては仕方ないですな。兵を動かすだけしか出来ないので司馬にもでして下さい」


「すまんな、では今から君は衛将軍司馬でもある。本営に所属する兵を管轄する都督の印綬も与えておく、これがあれば私の命令が無くても動かせる権限がある、好きに使うんだ」


「軋轢が産まれたら面倒なので、都督は必要があるまで伏せておきますよ」


 肩をすくめて自由にしたまえ、といった顔をする。


「それで、君はこちらの陣営をどう見る?」


「どうとわれても、そもそも誰が連なるかも知りませんが」


 それは事実だった、何せどの範囲に勅使が行っているかなど地方では知り様がない。受動的に調べるにしても、苦労に見合わないことこの上ない。


「そうだな。まずは公孫賛将軍、幽州中央から東部にかけてということで、動員も命じられているな」


「どのくらいの数が集まるかは知りませんが、直接的に害意を持ち合わせている可能性もあるので難しい相手ですよ」


「わかっていてもどうすることも出来んよ。せめて勅令に従っている方が今後良さそうだと判断するような内容の指示を出してやるくらいだ」


 部下に気を使って指揮を執れというのは極めて難しい。むしろそれなら最初から居ない方がマシという話すらあるが、そうもいかない。何せこう仕向けたのは島介なのだから。


「間違いなく、衛将軍の命令以外は聞かないでしょう。参謀とかそういうのが口出ししてもね」


「精々自分で伝えるようにするよ。袁紹を平難将軍に任じて従軍する勅令も出ている。こちらも渤海軍を率いてということだが、啄郡も支配しているようだな」


「らしいですよ、離れた二カ所をね。しかし平難将軍?」


 行車騎将軍などといって公の扱いを自称していたのに、突然雑号将軍に任じられたのは不満だろうと直ぐに解る。どうしてもそこは指摘しておきたかった。


「それはだ、曹操を安国将軍に任じたのと関係がある。官職の上下をつけないことで、並列した扱いにしやすいようにだ。恭荻将軍もだが、平原の劉備も討虜将軍に任じて招集をかけている」


 公孫賛は奮武将軍、格式は高いが雑号将軍であるのは変わらない。いわゆるナンバーツー不要といった布陣になっている。


「そうですか。一つ安心しましたよ」


「ほう、それはどういった部分でかね」


「軍を指揮する武将が不足すると思っていましたが、どうやらその心配はなさそうといったところで」


 雑号でも将軍が五人いればという意味ではないことなど、馬日碇は承知していた。ではこの言葉の真意がどのあたりにあるのかを確かめておく必要があった。


「君の言う武将とは誰を指しているのか聞いておきたい」


「曹操と劉備ですよ、あの二人が居れば豪華なオマケがついて来るので」


「あの二人を買っていると?」


 曹操は何と無く理解出来た、反董卓連合軍の参謀ような立ち位置で軍全体の面倒を見る助言者として振る舞っていたから。だが劉備というのは今一つ。何せ平原相であるという事実しか見いだせていない。


「二人とその配下をですよ」


「ふーむ、まあ君が言うのだからそうなのだろうと受け止めておくとしよう。だが配下というなら袁紹の方がにぎやかだと思うが、そこは」


「戦争で優柔不断な指揮官が頂点の軍は、決して輝かしい未来を手に入れることはないでしょう」


 配下については良く知らないのでそう表現した。どれだけ切れ味が良い刃でも、鞘から抜いてもらわねば切れ味を発揮することはない。適材を適所に配置した後は、権限を委譲するまで行かないと結果を引き寄せることは出来ない。その点で袁紹は権限までは渡しきれない性格なのだ。


「はは、これは耳が痛いな。だが他山の石とすべく、私も精進するとしよう」


「頂点などというのは、部下のしでかした責任を取るだけで良いんですよ。後は能力があるものに命を預けておけば」


「すると私は君に多くを預けたいが、是と言ってくれると期待しても良いかね」


 言ってしまってから島介は、馬日碇に要求をしていたかのような言葉を吐いていたと気づく。自分が責任を取るのは良いが、上官にそれを求めるのは真逆だ。


「軍としても命令を否とは言いません。皆が集まってから、より良い選択をするのを勧めますよ」


 他が断るならいつでも引き受ける、そう言質を与えるだけにとどめておく。指揮官が選択肢を多く持てる、そういう状況を作るのが役目だとばかりに。


「こういう物分かりが良い者ばかりだったらと思うのは、私の怠慢かも知れんな」


「物分かりが良すぎる者ばかりだと、早晩組織は衰退していくでしょう」


「良く言うよ。これが終わったら、長安で働くつもりはないかね?」


 馬日碇が誘いをかける、朝廷で島介を疎ましく思う者は半数、逆に歓迎する者も半数だ。前者の方が圧倒的に力を持っているわけだが。


「私の身の振り方は荀?が担当しているので、そちらの意向を確認することをお勧めしますよ」


「そいつは手厳しい話だ。今は北伐のことに集中するとしよう」


「同感です」


 にやりとして心を通わせる。通る道は違っても、向かっている先が同じもの同士、自然と笑みが浮かんできた。


 揚州丹楊城。真冬の最中、多くの部将らが兵の調練を手分けして行っていた。というのも、通常ならば千人に一人の部将が監督している位で行われるモノだというのに、今この練兵城には十人以上の部将が立っている。


「丹楊兵の強さは知っている、個々のそれだけではなく集団としての力を発揮させるのだ!」

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