第395話
「某、父の軍に連なった経験が御座います。兵をお預け頂ければ、袁術様に従わない者らを屈服させてご覧に見せます!」
それが狙いか、兵力を得て離反をする。諸葛玄がどうやって却下してやったらよいかを思案する、袁術は時間を稼いでそれを援けようとしていた。とはいえ自身の口から言うわけにはいかない、配下の言葉を採用する形でだ。
「そうか、確かに父である孫堅殿は武勇優れた人物であった。貴公も期待できる。して兵力とは、二千か、三千か」
それを上限にしておけば、自身で数を減らすだろうと見ていた。実際、千人とでも答えれば折り合いをつけたことになるが、諸葛玄がそれが多すぎるとでも言えば減らすつもりだった。
「袁術様の幕には、文武名高い武将らが星の如く存在しております。ゆえに数千の兵と言わしめるには某の貫目がいささか軽く思えますので、二十名とさせて頂きたく」
「なに、たったの二十人だと?」
それならば別にどうでも良い。公的に玉璽を得られる口実を得られるだけで大満足「構わんぞ」と頷いてやった。
「では二十人を指名させて頂きます。ここに居ならぶ武将ではなく、段に上がることが出来ない部将から。無論、当人らの意志を尊重致します。程普殿!」
列の遥か後方、武官列に立っていた程普が中央に進み出ると片膝をついて前を向く。
「程徳謀これに!」
「黄蓋殿!」
「黄公覆、従います!」
「朱治殿!」
「朱君理、主君のお側に!」
次々とかつての孫堅の部下の名を呼んでいくと、中央に膝をついて整列する。最後の最後には、丹陽太守である呉景までもが膝をついた。途中で止めさせるわけにもいかず、黙って二十人が呼ばれるのを見ていた。
「以上二十名の兵、我が麾下へ配しくださいませ!」
「はっはっは、いやあ貴公の下には素晴らしい将がいるものですな! 朝廷にあって袁術殿が国政を担ってくれれば、陛下もどれだけ心が落ち着くか」
苦々しく思っていたが、配下の部将、それもどこまで命令に忠実に従うかもわからない木っ端を渡したところでどうでも良い、そう考えた。呉景などの官職は配置換えをすればいいとも。ここで狭量を示すよりも快諾した方が自身の為にもなる。たかが二十人を手放すだけで玉璽が手に入るのだ。
「当人らが望むのであれば吾も意志を尊重しよう。孫策殿を大将とする」
「御意! 早速でありますが、揚州に巣くう賊徒、租郎をご存知でありましょうか」
租郎とは、丹楊の不服住民を率いる人物であり、賊徒とも反乱軍とも言えるかのような存在。かつて島介が祖辺と関わりをもった陵陽の周辺、租姓はこのあたりの出身者がよく使う名前である。袁術が諸葛玄を見る。
「丹楊の賊で御座います。山中に拠り、南部の統治を阻んでいる土着宗教指導者で、規模は二千とも三千とも」
「ふむ。その祖郎とやらを撃破すると?」
「丹楊全域の支配をお約束しましょう! どうぞ私に鎮圧のご命令を!」
英邁闊達。見てみて気持ちがよくなる人物で、袁術ももし孫策が自身の部下として活躍するならば、それはそれで良いなと思い始めてしまった。二十人の兵で良いと言いながらも、賊徒の鎮圧を命じるならば更に数を増やすのは明白なのに、気分は悪くない。
「呉景殿がちょうど丹楊太守であるな。太守の助力を得て兵を集め、賊を討伐せよ」
「畏まりました!」
まだ北部しか統治できていない上に、それらすら反発が強い。何せ脅し取った太守なので住民らの気持ちがついてきていない。成功しても失敗してもどうとでも出来る、そう踏んで袁術は孫策一党の退出を命じた。多くが居なくなり、側近だけになってから当然進言される。
「我が君、宜しかったのですか、孫策など用いて」
「諸葛玄よ、孫賁では揚州を全然切り取れていないではないか。吾が見るに孫策のほうが有能に見えるぞ」
それについては諸葛玄もそう感じていたので反論しない。どちらに能力の軍配が上がるかは、凡そわかりやすいものだ。
「それは確かで御座いましょう。ですが、いえ、だからです。自由にやらせすぎると檻の外へと飛び出しかねません」
ひげをしごいて「うーん」短く唸る。確かに孫堅も死の前あたりは支配を逸脱した動きをしていた部分があった、そのままでは恐らく独立されていただろうなと。
「そなたの言うことも解るが、あの孫策、まだ少年と言ってよいような歳だぞ。果たしてそこまで警戒すべき相手かね? 吾やそなたは二十歳時分にどうであったか」
「そ、それは……そういわれますと。それでは今は経過を監視する、という線で」
「構わん構わん、そうしておけ。それと賊徒の討伐をするのだ、後払いででも多少の軍費の面倒も見てやるんだ。疲れたので後は任せるぞ」
そう言葉を残して袁術は行ってしまう。諸葛玄はもやもやとした想いを胸に残したまま拱手して見送る。諫言すべきことはした、この先どうなろうと自身には落ち度はないだろうと。
◇
盧江の屋敷、といっても呉景の仮住まいに人が集まっていた。何と上座は屋敷の主人ではなく、若年の孫策だ。いつか立ってくれると信じて、孫堅麾下の者達は袁術に従っていたのだ。
「若君、良くぞご無事で御座いましたな!」
風の噂程度でしかその所在を耳に出来ていなかった者達が喜色を浮かべる。丹陽に住んでいた頃は、呉景の庇護があるにはあったが、何せ任地に居ないので誰かに任せるしかなかった。その誰かも地域の部下でしかないので、どこまで信用出来たか。
「長江の上流下流だけでなく、右岸左岸を行き来して、随分な目に遭ったこともあるが元気そのものだ。皆も良くぞ無事で居てくれたな!」
「おお、なんとご立派になられた……」
程普が属将としてくっついて回っていた頃の孫策と今を見比べてしまった。小さな頃から知っている若者が、こうも大きく育ったことに感慨深い面もある。
「若君は島将軍のところで軍を率いた経験が幾度もありますからな!」
黄蓋がかつての戦について触れた。董卓軍相手にした際のことでもあり、冀州での騎兵隊主将を務めた話もする。自分のことよりも嬉しそうに語る姿が印象的だった。そして癒えはしているがアバラ骨に触る、こちらの件はまだ喋るべきではないだろうと。
「御大将に勝るとも劣らぬ鬼才なのは確か。我等がお支えしますぞ!」
督軍校尉である朱治、噂の丹陽出身であり、孫堅の才能に惚れて部下になった豪族。武力のみで集まっていたかのような孫堅閥の中では、血統でその背景を支えられていた朱家の主。清廉な性格に、勇敢な気質、弱者には優しく、敗者には寛大。そんな人物が尊敬してやまないのが孫堅であり、期待しているのが孫策なのだ。
「俺などまだまだ至らぬばかりの身、一人では何も出来ずにいたくらいだ。君理殿、力を貸していただけるだろうか?」
「無論です、ここに居る皆が貴君に身を捧げたいと想っているでしょう!」
外様の袁術の、部下のそのまた部下になるよりも。自らを取り立てて夢をみさせてくれた孫堅の忘れ形見を担ぎたい、何せその子があまりにも有能だからきっと上手く行くと確信して。ひとしきり盛り上がった後に、孫策自らが冷静な言葉を発した。
「いま我等には三つの不足がある」
急激に表情を引き締めて、それぞれが心中で何かを確認する。三つどころか何もかもが足りていない、その中でも特に重要な三つを絞りにかかった。
「一つは物資ですか。物も金も兵も。それらは何とか丹楊郡で集められるようにしましょう」
太守の呉景がアテがあろうとなかろうと、権限だけは行使できる部分を示した。他の者では軍権しか持ち合わせた居らず、まったく話にならない。丹楊で集まらなければそもそも始めることすら出来ない可能性もあった。
「それも不足ではあるが、土地も不足している。丹楊が広い狭いの話ではなく、袁術殿に近すぎる。そうは思わないか諸君」
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