第388話

 公孫賛が騎兵を大切にして、歩兵は二の次という姿勢を見せているせいで、部下もそういったことに傾いている。いざ騎兵戦闘になれば心強いが、稀にこういった不意をつかれることもあるようだ。


「他山の石とすべく、日頃より心がけるべきことは尽きんな」


「御意に」


 さっさと出ていて。手を軽くふって追い出しにかかったので、陳宮も素直に去っていく。どうしたものかと部下の育成について頭を悩ませる曹操、懐刀である知恵者が必要だ。そう思った時にふと島介の顔が浮かんだ。


「あやつには荀彧に荀攸、荀子諶に荀悦、更には陳紀まで居るというのに天はなんと不公平なのだ!」


 陳宮や戯英が耳にしたら苦笑するしかないようなことを漏らしてしまう。居ないものは居ない、どうにかするのは自分しかないのだ。


 夜明けの直前に偵察が戻って来る、関羽も趙雲も真っすぐに劉備の元へと駆けつけた。一礼すると諸将らが揃っているのを確認し、口を開く。


「兄上、西部山地に伏兵がりましたが、凡そ千人程かと。騎兵は僅か」


「東部山林にも千程の伏兵がありました。こちらも騎兵は少数でした」


 二人の報告を信じるならば、兵力は互角だ。騎兵の数もほぼ同じで、装備の程も大差はない。劉備は軽く上を向いて考える。互角であるならば守っていれば負けるはずがない、出て行けばあべこべに敗北する可能性が出てきてしまう。


「兄貴、呂布をぶちのめそうぜ!」


「ふぅむ、陽信にも隊が居る可能性はあるのだぞ」


 半数ずつだとしたならば、もしここで負ければ逃げることすらかなわないかも知れない。不安定な状態を産み出す位ならば、ここま様子を見る方が良いとすら言える。


「ですが兄上、その別動隊が居たとして後方地へ行かれては、前後に敵を背負うことになりかねません」


 踏ん切りがつかない劉備は、黙って視線をそらして考えてしまう。或いはそうしておいて意見が固まるのを待っているということも考えられた。


「呂布さえ倒せば、そんな別動隊なんてどっかに行っちまうよ。なあ兄貴、いいじゃねぇか目の前に敵が居るんだぜ!」


「確かに翼徳殿の仰る通り、居場所がわかっている相手を追い払うことが出来れば、他に隊がいても退くでしょう」


「雲長はどう考える」


「この一戦で勝負がつくのでしたら、多くの懸念が消え去るでしょう。敵は呂布一人だけ、やつさえ敗退すれば全てが丸く収まります」


 官位の上でも呂布よりも高位の人物がもう一人別にいるはずもないので、言っていることは正しい。だが呂布を負かすのが恐らくは一番難しいのだ。虎牢関前では関羽も張飛も戦っている、彼らが一騎打ちをして勝てなかった人物など、片手で余る。その一人が呂布であるのだが。


「我等が四人で打ちかかれば呂布と言えども無傷ではいられまい。どうか」


「俺だけでも勝って見せるぜ!」


 張飛はそうだが、関羽は慎重だった。趙雲に関しては話だけであったが、島介と呂布が同格と聞き打ち合った際の鋭さを思い出すと、一人で勝負をしても結果は想像出来なかった。今回は軍勢も指揮しなければならない。


「兄上は軍の指揮をお願いいたします。その間に我等三兄弟にて呂布を討ち取りましょう」


「趙子龍なくとも劉玄徳なしとは行きません。かような者の相手は配下である我等にお任せを」


「わかった、では出陣だ。軍兵の指揮は引き受けよう」


「よっしゃ、ぜってぇにぶちのめしてやる!」


 待機を命じられていた兵らに出撃命令が下される。楽陵には僅か五百の老兵だけが残されて、日が昇るとほぼ同時に軍が動く。未だ起床時間前、呂布軍の野営地を臨む場所にまで進出してきた。見張りは当然立っているが、気づかれたとしても直ぐに寝起きで戦えるはずもない。


「雲長、翼徳、子龍、お前達は本陣で待機だ。呂布の姿を見つけ次第急行しろ」


 戦いたくてうずうずしている張飛が、先陣に出ようとして関羽に引き留められる。何が大切かを繰り返し、渋々本陣待機を承諾した。千人長らの指揮で、二千の平原軍が野営地に襲い掛かる。無暗に数を投入しては混乱するだけなので、二隊だけを突入させた。


「て、敵襲!」


 あちこちで警笛が響いて総員起こしがかけられる。辺りは朝日が照らしだし、敵味方の判別は可能だ。ところが寝起きで朦朧としている兵が、いともあっさりと倒されてしまう。優勢に事が進んでいると、一部の兵が逃げ出して来る。


「強い奴が出て来たぞ!」


 甲冑をきっちりと身に着けて、騎乗した部将が歩兵をなぎ倒して野営地の外縁に向かってくる。目を細めて顔を見るが呂布ではない。


「我が名は魏越、俺を倒せるならば倒して見せろ!」


 大喝すると平原兵を次々と襲っては打ち倒していく。そのうち別の騎馬武者が現れ、こちらも兵を簡単に切り伏せて行った。


「俺は成廉、命が要らんやつは前に出ろ!」


 平原兵らが浮足立つ、何と豪傑が居たものかと。そんなのがまた一人現れる「宋憲見参! さあ掛かってこい!」呂布軍には六人の猛将が居ると噂されていたが、そのうちの三人がここに居るらしい。では残りはと言えば、伏せている部隊か、別動隊かだろうか。


「なあ兄貴、俺にあいつらの相手をさせてくれ!」


 張飛がまた前に出たいと申し出る。先ほどとは違い、このままでは攻め手の士気が下がり続ける、放置は出来ない。もし呂布が出てきた際に合同出来なくなるが、どちらが優先すべきかを思案する。


「兄貴!」


「うーむ、確かに兵が持たぬ。翼徳、あれらを蹴散らして参れ」


「よっしゃ、任せてくれ!」


 喜び勇んで馬を飛ばすと、手近な成廉に切り込んでいく。騎乗しているのを見て意識を向けて来た、雄たけびをあげて名乗りもせずに切り掛かるが、矛で一撃を跳ねられてしまう。


「どこの雑兵だ貴様は」


「はっ、俺様は張飛だ、黙って首を跳ねられろ!」


 作法も何もあったものではない、次々に蛇矛を繰り出すが意外や意外、成廉は何とか攻撃を防ぐではないか。今まで出会った中でこうやって攻撃を防げた奴らは案外少ない。


「むっ、出来るな貴様!」


「るせぇ、後がつかえてるんだ、さっさとくたばれ!」


 成廉が苦戦をしているのを見て、宋憲がやって来る。危うく矛を取り落としそうになったところに割り込んだ。


「少しは骨がある奴が居たようだな。俺が相手になってやろう」


「邪魔するんじゃねぇ!」


 鋭い攻撃を光の速さで繰り出す、宋憲はいっぱいいっぱいでさばき切れなくなる。成廉も加わり二人がかりで守るに限界、だが兵たちの衝撃は薄れて行き次第に呂布軍が統率を回復して行く。


「うげぇ、呂布だ! 呂布がでたぞ!」


 どこかで兵が悲鳴を上げる。探そうとして戦場を見ると、何と兵士が空を飛んでいた。呂布の方天画戟に引っ掛けられて、文字通りぶん投げられたようだ。赤兎馬に乗った巨漢がついに戦場に現れた。


「将軍! 平原軍の奇襲です」


「魏越、お前は軍を指揮して敵を排除しろ。おい下郎、俺が相手になってやるかかってこい!」


 いうが早いか呂布は張飛のところへと一直線に進んで一撃を繰り出した。二人と戦っていた張飛が馬首を取って返して呂布に向き直る。


「ようやく出たか、今日こそ勝負をつけてやるぞ!」


 宋憲らを振り切って呂布と正面衝突する。歩兵が近づけば巻き込まれるだけなので、伯長らの命令で距離をとるようにと大きな円が出来た。


「雲長、子龍、行くのだ!」


 二騎が駆けだす、それを見た宋憲と成廉が阻止する為に立ちはだかった。双方が一対一で衝突、馬を並走させて打ち合いをする。


「なんと、こいつもこれほどの腕前とは! 宋憲、無理をするなよ!」


「成廉こそ。何なのだこいつらは!」


 騎乗戦闘の一騎打ち、こんなに強いものが次から次へと現れたことなどなかった。異民族と戦った際も、それに長安で戦ったときもだ。


「貴様らに用はないのだ、どけ!」


「お役目故、御免!」


 関羽と趙雲があらん限りの力で攻撃を繰り返す。中々倒せないが、張飛は呂布と対等に戦いを続けている。呂布だけと侮っていた、無名の豪傑は幾らでもいるものだと感心すらしてしまう。だが時間は劉備に味方をした。


「控えの隊を出せ、右手より回り込み野営地を半包囲攻撃せよ!」

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