第386話

 引き下がってくれる雰囲気になった直後、呂布が方天画戟を手にして一騎で進み出て来るではないか。一軍の大将であるというのにだ。


「あの時の続きをしようか、こい慮外者!」


「うぬぬ、勝負だ!」

「あっ、翼徳殿!」


 二騎が平原を突っ走り互いの武器をぶつけて交差すると、弧を描いて再度まみえる。今度は力比べを行い、騎乗したまま何度も打ち合った。


「多少は腕をあげたか?」


「るせぇ、くらえ!」


 張飛が大振りした攻撃をかわしもせずに真っ向打ち合った、互いに手がしびれるほどの衝撃があったが取り落としてしまうことはない。金属がぶつかる音が妙に遠くにまで響いた。激しい打ち合いに見惚れてしまう兵が多数居たが、その二人の間を割るように白い馬に乗った趙雲が飛び込んできて呂布に鋭い突きを入れた。


「翼徳殿!」


「くそ、わかってるよ子龍!」


 不満タラタラで距離を置く。それを睨み付ける呂布だが、白馬の趙雲も気になった。先ほどの突き、並大抵の腕前ではない。


「ふん、お前は」


「我が名は趙子龍、劉玄徳殿の配下だ。貴殿、奮威将軍でありながら何故袁紹殿に与されるか」


 袁紹は渤海太守でしかない。称していた将軍号は否定され、連合軍の盟主であったのも過去の事。確かに呂布には袁紹の下についている理由は存在しない。


「下郎に答えてやる義理など無いわ。刃が全てを教えてくれる!」


 赤兎馬を前に出して趙雲に攻めかかると、方天画戟をかわしては突きを繰り出す。双方今度は武器を当てずに全てを回避しての殺し合いだ。


「多少はやるようだな!」


 余裕の動きで呂布が趙雲を振り回す。足である赤兎馬のスタミナが高いので、動きに差がつき始めたからだ。


「むむむ!」


 槍を投げつけると呂布が身体を逸らしてかわす、が、趙雲は腰に履いていた剣を手にして距離を詰めて切り掛かった。不意をつかれたせいで呂布が態勢を崩したところで、馬を走らせた趙雲は地面に突き刺さっている槍を回収して離脱する。


「逃げるか雑魚共が! いつでも相手になってやるゆえかかってこい卑怯者!」


「おのれ呂布め、俺様が目にモノ見せてやる!」


「お待ちを! 翼徳殿、まずはご主君へ報告するのが筋で御座いましょう!」


 さすがの張飛も劉備の名を出されては無理をするわけにもいかなかった。顔を赤くして歯ぎしりまでして、それでも何とか楽陵城へ馬首を向ける。ほっとした趙雲、チラッと後ろを振り返ると呂布が高笑いをしていた。


 城へ戻るとすぐさま城壁を駆け上る。そこでは劉備と関羽が待っていた。真っ赤な顔をしている張飛を見て、二人は視線を交わした。


「どうしたのだ翼徳」


「どうもこうもねぇぜ兄貴! ありゃ呂布の軍だった。あの野郎俺をコケにしやがって、戻って叩きのめしてやる!」


「これ待つのだ! 兄上、どうやら呂布は袁紹を頼って流れて来たようですな」


 都落ちをしたという話は聞いていた、冀州あたりで見かけたとの噂を耳にしたこともあった。領地を持たない呂布、兵を養うためにはどうにかして食糧を手に入れなければならない。ならば食糧豊かな冀州を、と目指してきたのは納得がいく。


「そのようだな。して何をそういきり立っておるのだ翼徳よ」


「なにじゃねぇよ、あいつしこたま馬鹿にしやがって! こうしちゃいられねぇ、俺をいかせてくれよ兄貴!」


 やれやれとため息をつく劉備、視線を趙雲に向ける。こちらは至って冷静そのもの、話をするならこちらだろうと向き直る。


「子龍、詳細を」


「はっ。奮威将軍呂布は騎兵二百、歩兵三千を率い、平原軍を駆逐すべく袁紹殿の意を受けて動いている様子」


 偵察をしに行って大切なのはその所属と規模に戦力、そして目的だ。張飛では全く話にならないが、そこは趙雲といったところだろう。


「その程度であればぶつかれば勝てるでしょうが、あの呂布がそれだけの数しか率いていないものでしょうか?」


「ふむ、雲長の言う通りだな。どこかに兵を伏せているのであろう、城から出て来なければこちらを倒すのは苦労をするからな」


 こんな時代なので、石壁に囲まれた軍を倒すのは普通には難しい。大きな犠牲を出して長い時間が掛かる。ならばつり出して野戦で散らしてしまう方が大変宜しい。


「少なく見積もっても騎兵なら五百は居るはず。歩兵は渤海で徴兵を認められているならば、一万居てもおかしくはありません」


「ふむ、確かにそうであろう。ましてや袁紹殿が派遣を促したのであれば、こちらより少数などというはずはない」


 勝つ負けるの話以前に、劉備よりも数を揃えられないなどというのが袁紹のプライドでは許されないことなのだ。そのあたりに関しては、人となりは知れ渡っていた。


「ご主君、東部の陽信城を偵察して参りましょうか?」


 趙雲の言う陽信城とは、渤海郡の東の果て、海に隣接する地域。垂合の東三日程の場所にあった。距離的には楽陵とも三日、迂回して攻め込むには丁度良い拠点だ。















39

「雲長、どう思う」


「呂布であれば我等より少数でも戦えると高を括り、主力を迂回させていてもおかしくはありませんな」


「合流されては数も不利であるか。子龍よ、呂布は城外に陣取っているのだな?」


「はい、ここより十里ほどの場所かと」


 明るく対象が大きく動いていれば見えるかも知れない限界、走れば一時間と掛からない距離。軍兵が装備をしたまま歩けば二時間か三時間くらいで到達する。近いか遠いかは状況次第。


「夜半にかけて二十里圏内を捜索するのだ。夜明けまでに戻し、もし近くに兵が伏せていないのであれば正面より仕掛ける。呂布のことだ、増援が間に合わなかろうが構わず応じて来るであろう」


「ああ、さすが兄貴だ! 早速偵察に行って来るぜ!」


「待て翼徳! お前は巡回でも見かけたら直ぐに斬り合いになってしまう、今夜は待機しておれ。子龍と私とで調べて来る。兄上、宜しいでしょうか」


 関羽が不安要素である張飛を押さえてしまい、すぐさま劉備の裁可を求めた。むろん考えることも無くそれを諾としたのだから張飛は面白くない。


「そいつは無いぜ兄貴」


「これ翼徳、雲長はよかれと思いそう言っておるのだ、我慢せい。それにだ、お前がいなければ朝一番で出撃する準備は誰がするのだ」


「そりゃ、まあそうか。なら明日は俺が先陣ってことで良いよな!」


「はぁ。そうするがよい。止める理由も無い」


「よっしゃ! そうと決まれば軍の準備は直ぐにやっておく、明日が楽しみだぜ!」


 にやにやしている張飛を呆れた表情で見詰める劉備、だがそれが可愛らしいと思えているところに絆があった。いかつい髭面で強面の部将を可愛らしい、口には出せない感想ではある。


「では子龍、お前は右手を、こちらは左手を探る。ぬかるなよ」


「承知!」


 二人とも劉備に向かい拳礼をすると、側近を引き連れて兵舎に消えて行った。何があろうと不覚を取るような二人ではないので危険かどうかなどは心配していない、もし軍勢が見つかった時はどうするかだけを思案した。周りに誰も居なくなって後に小さく呟く。


「我は一体何をやっているのだ――」


 曹操は幽州代郡代県から居場所を移し、租陽にまで本営を前進させていた。山を下れば軍都県の城壁が見える、そのすぐ後方には昌平県城もあり、僅か二キロほどの距離だった。代県からここまでは凡そ七日から十日の距離があり、そこには劉虞が滞在している。


「別駕殿、軍都には公孫賛の兵二千が詰めております」


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