第383話
「かの人物であれば朝廷の動きだけでなく、袁術殿の行動も具に知り、更にはその影響力を弱めるためにどうすべきかを思索しているでしょう。され劉揺殿とを合わせて考え、同じ道に辿り着きましょう」
俺が劉揺と決められた部分をあちらは知っているわけか。そして朝廷がどうするかについては決定権を持ってすら居る側だな。若干、孫賁らの部分の現実味は薄いだろうが人の気持ちを詳細に感じられるちうあいつならば、大雑把にでもどの方向を向くか位は想像できるだろうな。
「そうか。だがこの件については袁術を失敗させたいということは、劉揺に便宜を図るような動きをするってことだよな?」
「そうなりましょう。朝廷は国家が治まるよう計らい、さりとて特定の閥が大きすぎる力を持たないように抑制するのが方策。袁術殿が広域に力を持つのを好みはしないでしょう」
敵ではあるがこれについてはあまりいがみ合うことはないわけか。孫策は必ず立つわけだが、それがいつかはこの劉揺が刺史になってからだとわかっている。それも一応でも揚州を大きく支配してからの話だ、暫く先だな。
「こちらはこちらで働くとしよう。いくらでもやるべきことはあるからな」
冤州の統治に豫州の平定。幽州は放置でも曹操が勝利で公孫賛は決戦で消える。大問題は冤州を俺が支配しているせいで、冀州、青州、幽州が連合して曹操と袁紹で攻めかかって来るかも知れないことだな。その後で、仲間割れをして決戦することで歴史は元通りだ。
「春小麦が収獲出来ましたら、一先ず全土が落ち付くでしょう。それまでは食糧が大幅に不足する状態ですので、五月六月に大きな変動があると思われます」
実はこの時代は暫く食糧自給率は百パーセントが続く。食えない奴は飢えるだけなので百ってことだな。作れば作っただけ消費するので、保存や制限という考えはない。戦争で兵士が死ねば、戦わない誰かが食えるせいで命は随分と安いよ。
「食糧はいくらあってもそれにつれて人口が増えるだけで、必ずいつか食いつぶすことになる。だからと食えない奴を見捨てるのは道理にあわん。人類が賢く産児制限をし、平均寿命を延ばすことで技術や経験を高め、知識を累積していく。そうすることで人が幸せを得やすくなる社会を想像するべきだと思っているんだが、難しいんだろうな」
人口が増えすぎて地球が爆発しそうになっても、少子化対策を叫んで人口を増やそうとする。どう帳尻を合わせるつもりなのか俺にはわからんね。遠い未来を思い出してヤレヤレとため息をつく。だが目の前の二人は目を見開き驚きを隠さない。
「我が君のご慧眼には驚きを禁じえません。そのような文若には思いつかぬような高尚なお考えをお持ちでありましたとは」
「人口を増やすではなく制限をして寿命を……知識もまた引継ぎ収めるのではなく、累積させるという発想。先端を行く者についていくではなく、下から押し上げるとの意味と解釈いたしました。かつて小黄の民に読み書きを教えたのはそのようなお考えが素地にあらせられたのですね」
いや変なことを言ったのだけは理解したよ。そんな熱い視線を送って来るなイケメンズ。そうだったよな、この世界では知識層以外は学を必要としないし、教えようともしていないんだよな。
「人というのはつまるところ、一つの大きな集団の存在だ。たまに優れた者が引き上げる何かよりも、その数を活かし優れている者をそうだと認識できる社会を作り上げることで、よりよい未来にしていけると思ってる。要は両手の中から高品質を選ぶよりも、国家全体から選ぶ方が数が多くなるし安定するだろうなって話でしかないぞ。俺ならわからなくても、誰かわかる奴を見いだせればそれでいい」
分母が大きい程に選びやすいだろ、でもどこに何があるかもわからないと、最高を取りこぼすことがある。機会損失とかそういう表現でも良いんだろうか? とにかくだ、やはり大勢が読み書きを出来て可能性に挑戦できる世界の方が、大成する人物も多くなる……はずだ。
「なんと壮大な! あたかも雷に打たれたかのような衝撃を心に受けました」
「己が無知であることを知る者こそ英知である。人知れぬ賢人を見いだすことこそが、今を生きる者の責務でありましたか。なるほど、これは深い!」
やっちまった案件だったのは確かだが、大言壮語なだけで何も出来んぞ。うーんと暫し自分を落ち付かせたのちに話題を変えることにした。有体に言えば逃げたわけだ。
38
「ううん、それはそうとしてだ、学んだことがないから良くわかっていないんだが。本貫ってあるだろ、俺は生まれが東海島なんだがそういうのは大丈夫なのか?」
今さら過ぎて聞けなかったし、ずっと問題なく任官していたんだよな。ああ、みたいな顔をされているぞ。
「そも現在の本貫とは、そうでありますね、氏族が最初に力を持った地とでも申しましょうか。出生地とは直接的な関係がございませんので、ご心配はないかと」
「うん、そういうものだったのか? そうか、ならそもそも先祖が不明では本貫はナシってことで良いんだな」
「同姓の遠い子孫とすることで、正統性を得るために呼称することも出来ますので、大成したければ本貫を得るのが殆どでしょう。我が君は誠にお珍しい」
ほうそういう感じか、日本の源とか豊臣みたいなやつだったわけだ。それの土地バージョン。ならあまり考えなくてもいいな、太守問題に引っ掛かるだけでマイナスかと思ったりもしたが、太守になれる時点で何一つマイナスなど無いしな。
「島姓の先人はついぞ耳にしたことがございません。将軍が始祖ということで」
そういって荀悦殿は微笑んで来る。なにが始祖だよ、初代で即断絶の勢いしかないよ。実際、島というやつとは出会ったことが無いのは事実だし、二人が言うなら歴史上に出てきていないんだろうけど。
「精々精進するさ。ではこの位で俺は休む、荀彧の奥方がもう良いと言うまで滞在するとしよう」
冗談を投げかけると、あの荀彧が少しやり込められたような雰囲気を出すものだから驚く。妻に愛され過ぎて長引いたりするのか? それならそれでも構わんがね、この地に居て得るものはきっと沢山ある。
ま、結局のところ二日後の朝には出立することになった。翌日ではなかったところに何かしらの事情を感じてしまった。城外に出るところで人が待っていたので、下馬すると挨拶をする。
「島将軍、本当にありがとうございました」
「唐太守、いえ唐瑁殿、会稽ではこちらも助かりました、なんら気にすることなどありません。以後はご自愛を」
「その件ではないのです、ええ、そうではないのです」
なぜか泣き出しそうになっているのを不審に思うと、左右を見る。誰もが理由を知っているかのような表情だぞ、俺や供回りは不明か。荀彧は知っている様子だな。
「一体どうされたのでしょう」
「我が娘が李鶴の妻にされそうだったのですが頑なに拒んでいたところ、見かねた献帝陛下が弘農王妃の位を認めてくれたのです。某の会稽での功績であるとして。これで娘は無理矢理に妻にされることなく、害されることもないでしょう。将軍、重ねて感謝を!」
ああそうか劉協、お前も頑張っているんだな!
「それは劉協の判断です、感謝するならば皇帝陛下に。自分など大したことはしていません。ご令嬢の心配がなくなり良かった」
「今は身体を病んでおりますが、この唐英烈、いつでも将軍のお力になるのでお声がけを」
「ではまずは養生してください。そして、その元気な姿をご令嬢にお知らせください。荀彧、行くぞ!」
「御意。では皆方、再会を楽しみにしております」
会稽兵らはもうしばらく休んでから土地に帰る手筈をした、ここからは潁川兵を帯同してとか思っていたが、城の外には黒兵らが三百で出迎えに着てくれていた。ま、時間はあったからな、二日というのはそれだったかもしれん。そこから先はすんなりと陳留に帰還、サクっと小黄に入城した。
「ようやく戻れたかすまんな文聘、こんなに長らく任地を離れるとは悪い刺史も居たものだな」
「全然戻って来られないのでどうしようかと思いましたよ。張遼殿に相談したところ、潁川より辛批殿らが来てくれて助かりました」
おっとそう言えば二週間程度で戻るつもりで、さしたる仕置きをせずにいたんだよな。うっかり四か月とか五カ月も居なくなれば困りもするな、辛批、杜襲が揃っているのはそういう話だったんだな。
「そうだったか。辛批殿、杜襲殿、不測の事態に際してよく助力をしてくれた、島介が感謝をしめさせて頂く」
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