第378話

「承知しました将軍!」


「わかった、親分!」


 くるりと兵に向き直ると、前列に立っている隊長らに歩み寄り一人ずつ視線を交わしていった。激しくガンの飛ばし合いになるのが数人、そいつらが反抗的な者の代表なのだろう。


「お前とお前、それにそっちのやつら、前に出て来い!」


 典韋に指さされてのっしのっしと前に出てくる、何一つ怖がるような素振りはない。他の兵士らも自分たちの隊長を見てまゆを寄せていた。


「いきなり出てきて随分だな、あ? 会稽兵なめてんのかコラ」


 昨今の強さを聞いたことはないが、かの大王項羽に従っていたのが会稽騎兵らしいからな、根性も腕前も忠誠心も凄いんだろ。山地が多いと馬もまた精強だ。


「俺は陳留己吾の典韋だ。ごちゃごちゃ言われてもわからん、俺がお前に勝てば従え!」


「んだとコラ! そっちのボクちゃんもやるってのか?」


「恭荻別部司馬趙厳だ。軍令に従い貴官らと手合わせ願う」


 二対七、ゴリゴリの兵長ばかりだな。それでも典韋の方が体格は良い、太っていると言った方が良いかもな。この時代で栄養過多になるなんて極めて珍しいことだぞ。


「おい、殺すなよ、貴重な兵士だ」


 踊り場から一応の注意をしておく、そんなヘマをするような二人ではないのは知ってるよ。挑発ってやつだな。


「二人をぶちのめしたら将軍、あんたも降りて来い。会稽の仕来りってのを教えてやるよ」


「ほうそいつは楽しみだ、是非ともそうしてみたい。だがそれは叶わんだろうな、何せそこの二人は俺の最も信頼する部将たちだからな」


 相手を見て力量の差を知ることが出来て一人前だ、勝てる勝てないの結果じゃない、それを前もって知ることが出来るかどうか、そこだ。それからわずか数分後だ、手に持っていた棍を弾かれ、地べたに尻もちをつかされた兵が七人、目の前に穂先を突き付けられてしまう。


「おう、親分は俺より強ぇぞ!」


「将軍は項羽の再来とすら言われたかの呂布と戦い引き分けた。自分などより遥かに強い方だ」


 おいおいあまり言うなよ、名を広めに来たわけじゃないんだぞ。小さくため息をつくと階段を降りていく、七人の前に来ると「立て」平坦に発する。直ぐに兵が立ち上がると体を硬直させた。


「聞け! この七人は自らの勇気を示し己の力量を示した。山陰七士として会稽兵の指揮官に据える!」


 実際誰でも構いはしないんだが、やる気を引き出すのが俺の役目だからな。兵らが面白がってはやし立てたので七人が恥ずかしそうに後頭部に手をやっている。統率面はこれで良いだろう。


「典韋、趙厳、軍はお前達に任せる。整備をしておけ。荀彧、こっちに来い」


 小屋の一つで荀彧と孫静、会稽の古参兵一人を呼び込んで話をする。この兵はあの七人とは関係ない、城詰めの世話役のようなやつだぞ。


「兵士の数はめどが立ったが、全てを連れて行くわけにはいかんな」


「五百は守備に必要でしょう。厳殿いかがでしょうか」


 古参兵は厳と呼ばれているじいさんだ、といっても五十歳そこそこなんだろうけどな。栄養状態が悪く医学が未発達な時代だ、それだけいきればじいさん扱いで充分納得出来るだろ。


「この山陰城ならば五百居れば守り切れましょう。何せ心配ごとであるその賊を退治に行くと言われますので」


 確かにその通り。敵の居場所と規模を把握しておけば、城を急襲されたとしてもいきなり陥落はない。そうさせない為にもすべきことをせんとな。


「周囲の偵察で地図も作っておくとしよう、地理不案内で迷子では笑えんからな!」


「城にある地図の複製をすると同時に探らせましょう」


「討伐に出る際は孫静殿に留守を守って欲しい。お願いしても良いか?」


 こいつに怪我でもされたら悪いからな、武力に何の疑いもないが帰る場所を無くすわけにもいかん。


「お引き受けいたしましょう」


 これといった不平不満もなく、新たな提言もしない。こちらがやりやすいように振舞ってくれているんだな。


「黄龍羅、周勃、二人の賊でありますが、それぞれが別の集団を引き連れているようです」


「片方に逃げられると面倒だな、荀彧ならどうする?」


 頼る相手が残っていたたら折角蹴散らしてもまた群れるからな、そういう禍根を残すわけにはいかんぞ。


「まとめて殲滅いたします。ですが苦労までまとめることも無いかと」


「というと」


「二つの集団が合流するように仕向けますが、合わさる前に個別に撃破致します」


「だな。手法はお前に任せる、戦いは俺に任せろ。一人で戦って来いと荀彧が言うなら、それでも構わんぞ」


 やってやれないことはない、一対十を百回繰り返すだけだからな。時間はかかるが根絶やしにする前に居なくなってくれるだろ。


「我が君にそのような無粋な真似はさせません。号令の一つだけかけていただけましたら。厳殿、一つお尋ねしますが、南部の剛山に詳しい猟師などは居られないでしょうか?」


 荀彧の余裕の笑みに全てを託して、俺は数日城で待機をすることになった。鹿角装備は一旦わきに除けてだぞ。


 秋口の風が時折冷たいと感じられてきたな、潮の香りが何とも言えない。山と海、もしここに備蓄をして堅固な城を構えれば十年でも耐えられそうだ。問題はこのあたりを支配している意味があるかどうかってところだろうな。


「島将軍、出陣準備が整っております」


「おう趙厳、いまいくよ」


 賊が潜んでいたのは海ではない、当然だな。平地が僅かある場所でもない、南部の剛山というのから東西に広がる山脈のどこかだ。途中山の切れ目があり筅県というのが南部にあるらしいが、中原でいうところの郷規模があるかどうかの盆地っぽいな。


 地元猟師が先導をして山地へと足を踏み入れる。頬を撫でる風はもう冷たい感じがして、遠くの山頂付近は白いものが覆いかぶさっていた。


「冬の訪れか」


「海沿いは寒風が吹きすさんでも降雪はし辛いようですが、山岳はあのように既に」


 荀彧が気候の説明をしてくれるが、天気予報の理論を知っているわけではないので半分も理解出来なかった。この時代、地形と天候とで戦法が大きく変わるからな、何でも電波あたりで解決できるわけじゃない。


「典韋、会稽兵の様子は」


「へい、あの七人がきっちりやっていますんで!」


 下士官をガッチリ締めておけば兵は従う、俺達がとやかく言うよりよっぽど有効だ。なにせ普段の生活の面倒を見ているのがあいつらだからな。


「趙厳、うちの騎兵はどうだ」


「変わりなく」


 親衛隊になっている騎兵らは険しい顔つきに不敵な笑みを浮かべていて、出来ればお近づきになりたくないようなやつらばかりだった。気は良い奴らなんだが、顔面の怖さがなあ。荀彧を日々見ているせいで平均値をぐっとあげている影響は大きいな。

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