第372話
「一つ目は明らかだ、皇帝を長安からここ、陳留へ救い出して全土へ号令してもらう。どこかで隙をつけば存外現実的だとは思わないか?」
「二度三度と政権が代わっている、確かにそれが実現しやすそうだ、簡単にとは言わんがね。だが私には二つ目が気になって仕方がない」
ふむ、前回はそういうわけにはいかなかったし、そもそもの面識も意識も無かったからな。敵味方が判別できそうな位に現代にもなれてきた、結構やれるかも知れん。一方で二人はもう一つの案が気になるようだ。
「我が君、是非ともご教示頂けたら幸い」
「うん……そうだな。形あるものはいつか壊れる、そして新たに生まれ変わる。世界はそのように出来ているのはわかるよな」
じっと二人がこちらの瞳を覗き込んでいる。言ったところで理解されるとは思ってないよ。
「漢という国、ややして一旦終焉を迎えるんだ。その後、その後継を巡り複数の国が争う。その時だ、勝ち残った国家が漢の皇帝にもう一度統治を請願し、皇帝が復位する。そういう未来もあるかも知れんぞ」
決して冗談でいっているわけではないが、突拍子もないことだからな。
「うーむ、幾らなんでも流石にそれは……」
「荀文若は、我が君のお言葉に深く感銘を受けております」
こちらの心の奥底を見ぬこうかといわんほどに、じっと見つめ続けて来る。こいつも本気なわけか。
「だがこれには数十年、具体的には三十年と少しばかりかかるだろう。世代が一つかわるほどにな。それでは俺はもう満足できん、そこまであいつを待たせるわけにはいかないんだ」
「三つ。三つで御座います。その要件が満たされれば、そこまで長く陛下をお待たせすることも御座いません」
「聞かせて貰おうか」
三つの要件、それさえ……だが容易な道であるはずもない。目を閉じて大きく深呼吸をすると、ゆっくりと目を開く。
「一つ、皇帝陛下を敵対勢力の手が届かない場所へとお招きすること」
「うむ、それが陳留だと考えている。どこかの諸侯の元でも条件さえあうならば良いかも知れないな」
例えば劉虞とか、劉備とかの忠誠心の塊のような人物の治めている地であるならば。一人で何でもとはいかんぞ。
「二つ、従わない勢力を排除出来るだけの武力、政治力を有すること」
「ただ強いだけではダメというわけだな。暴力では人はついてこない、前例は腐るほどあるからな」
力だけなら存外集中さえすれば成せる、だがその後に崩壊したものばかりが続いている。あの王允ですら、だ。
「三つ、諸侯が、臣民が求めようとする為政者であること。即ち覇者であること」
「俺では役者不足だな、誰か相応の奴が居たらそいつを支持するとしよう」
「諸侯が! 董卓将軍を恐れていた折も、我が君は幼い今上陛下の盾となり、董卓が相国として君臨せし時も、率先して旗幟を鮮明にし、陛下の信頼をその身に受けました。更には庶民ばかりでなく、異民族からの信頼まで受けておられます。我が君こそが今、覇者に最も近い存在であられます」
「確かにな、他のどの諸侯が巨大になるよりも陛下が安心していられるのは君であろうことは疑いない」
俺を買いかぶるなよ。天下統一するって経験があるのは事実ではあるが、そんなのはマグレだよ。あいつは孔明先生の力が大半なんだ。羽長官が生きていたら……か。
「そうはいうが俺はその実、劉協だけが助かればそれでいいと考えているんだぞ。あいつをさらってどこか異国の地で暮らしたって構わないんだ」
どこででも生きていくだけの力位はあると思ってるんだよ。それが漢の版図の近くだろうと、地球の裏側であろうとな。
「であったとしても、文若は我が君のお力になれるよう、全力で奉仕させて頂きたく存じます」
「幼い子に国という重荷を背負わせようとする大人は居ても、逆は案外少ない。陛下をお救い出来るならば、その後のことは気にせずとも構わん。それは我等老人が、国をこうしてしまった大人が責任を持とうではないか」
「二人とも……わざわざ貧乏くじを引きに行くことはないんだぞ」
肩の力を抜いて笑う、そういうやつらなんだってことだよな。知ってはいたが、無事に生を全うしてもらいたいんだがね。荀彧は満足そうに視線を伏せている。
「こちらも好きにさせてもらうからお互い様だよ。ところで仮節を持たされているわけだが、必要な措置があれば協力するよ」
「気にしなくてもいい、そういうのは部下の誰かが上手い事やっているから。そうだよな荀彧」
微笑むだけで多くを語らないか。別にそんな権限があろうとなかろうと変わらないんだよ、実務的にはな。知ってて申し出て来るのは、意志の表明だよな。
「右か左か、諸侯らの顔色を見て来いとの仰せだが、荀彧殿に聞けば大いに判明するだろう。かといってあまりに早くに戻ると疑われてしまう」
「わかりましたよ、お願いすればいいんでしょう。馬日殿、袁術のところへ監察に行ってもらいたい。呂布のこともそうですが、あいつが江南に向かって行ってるかどうかを見届ける意味で」
「監視の任務というわけだな、結構。承ろう。もし君の邪魔をしそうなら連絡を飛ばすとしよう」
その日、それ以上は特に語らず、酒を酌み交わして空を見上げることにした。
◇
長安に涼州の兵を率いてやって来る二人の雄が居た。かつて王国を擁立して漢に反逆した過去がある、馬騰と韓遂の二人だ。彼らは李鶴、郭汜の政権に恭順を示してやって来た。元々涼州の出である者が多い董卓軍の所属者にとっては、地元の地縁という部分が強く、その意志は受け入れられた。
速やかに両者にはその忠誠に対して恩賞が与えられることになる。馬騰を征西将軍、韓遂を鎮西将軍に任命し、安定を図るようにと。本来はこの征西将軍と鎮西将軍は重ねて任命されることは意味が不明になってしまうが、この混乱の最中細かいことはどうでも良かったのかもしれない。何せ車騎将軍と右車騎将軍すらいるのだから。
この任官、実は裏があった。献帝の意志が働いている、と言いたいところだがそこは微かにしかない。だが朝廷の一部高官らが反対をしなかったのには理由があった、即ちこの二人に密勅を下して李鶴、郭汜を排除させるというものだ。
高位の将軍にしたのは李鶴らの意志であって、偶然でしかない。今は偏将軍という仮の雑号将軍でしかないから、二人も大層ご機嫌である。そんな折、こっそりと三公に呼ばれて驚くことになる、ご褒美任官をして直ぐに裏切れとのことだから。
最初は難色を示したが「貴官が忠誠を誓ったのは誰であったか」と問われ、それが皇帝であることを再確認すると「謹んで勅令を承ります」と快諾。朝廷で両名をここに留め置くのは得策ではない、涼州へやり遠方を宣撫すべきだとの言を李鶴らも採択した。直ぐに韓遂が涼州へと向かうも、馬騰は長安に留まった。
その間に、何と馬騰は李鶴と誼を通じようと画策をしていた。親交を結べるならばそちらのほうが良いとの判断だったのだが、かつての上役に相当する人物である馬騰が下手に出てきたのが気に入らなかったのか、李鶴は友好を受け入れるのを拒否した。慣れ合うのをやめた、ただそれだけと言えばそうなのだが、馬騰は大いに立腹する。
それを聞きつけた侍中の馬宇が、同姓の誼で近づくと酒を酌み交わし、密勅の件について触れた。馬騰は酔いがさめて顔を蒼くする。それをみた馬宇が察して「貴公の行動は作戦のうちであろう。それで李鶴を油断させて討ち取るつもりだった、そうなのでしょう?」責めるのではなく褒めることで馬騰を慰めた。
中郎将の劉範や、前の涼州刺史种劭らと集まり話がしたいと言われ、場を設けると李鶴、郭汜へ助力するのが馬鹿らしいことに気づき、いよいよ気持ちを固める。そこへ涼州から伝令がやって来た、甥の馬岱だ。未だ成人前ではあるが、子の馬超には及ばないまでも部将としてはそれなりになるだろうと目をかけている若者。
「叔父上、準備が整っております!」
「そうか。近く帰還する、それまでは潜んでいよ」
その後はどうやって長安を離れるかを思案し、朝廷にて「ここでは軍勢を養うのが難しいので、池陽にて糧秣を得たく存じます。かの地の治安もお任せを」と上表する。ここ池陽はかつて董卓の娘が封じられた人口も多く、収穫があり、税収が高い地域。今はその列侯が誰かと言えば李鶴その人だ。
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