第371話

「董卓存命の折から、五校尉は空席で中郎将が中外軍に任じられる位だよ。ああ、君の歩兵校尉は解任になっている。通知は行ってないだろうがね」


「すっかり忘れていましたよ。すると光禄勲は?」


「そいつも空席だよ。事実上の宮廷警護は衛尉の張喜殿が総指揮を執っているな」


 はい知らん名前出て来た、おい荀彧なんとかしてくれ。って振り向いたら、微笑して説明してくれたぞ。


「こたび鎮東将軍に任じられました張済殿の弟で御座いますな」


「ということは敵って感じか」


「いえ、両名ともかの張耳の子孫であり、張充の六世孫であります。国家への忠誠を持っておられるでしょう」


 そうなのか? いや、闇の中を走っている俺と違って荀彧は情報を集めてそう判断しているんだ、ならばそうなんだろうさ。


「そうか。ではその張喜というのに兵を預けるというのはどういう結果になるだろう」


「ほほう、荀彧殿の言葉を疑いもせずに丸のみか」


「こいつは俺よりもよっぽど詳しいからな、荀彧を疑う位なら自身を疑うようにしてるよ」


 そういうと二人で大笑いした、荀彧は顔を済まして視線を伏せているがね。ほんとだぞ、実際そこはどうにも出来ん。こいつを信用せずに誰を信用するんだって話だ。


「衛尉殿を外せば、鎮東殿からも不信がありましょう。今も疑心暗鬼な状況で、李鶴殿も郭汜殿もそのようなことはしないはず。賈翅殿であれば、敵対しないと読めば関係を崩そうとはしないはずです」


「だったらそいつに少し兵を預けるような形にしたい。黒兵は民族的に距離を置かれる可能性があるな、誰が適切だ?」


「でしたら、潁川からの郷土兵を中心に、あちらでの情報収集を兼ねて部将を一人つけてはいかがでありましょうか」


 潁川の奴らが従って、頭が切れて、向こうに取り込まれない、か。名声がある奴がいいな、その上であまり大仰にならないくらいのが。


「うーん……陳葦に頼むってのはどう思う?」


「よろしいかと。きっとやり遂げてくれましょう」


 ふーむ、なんだか反応が思っていた空気とは違うな、別人を推したかったのかも知れんぞ。となると荀氏の誰かだったのか? 自分からは言いづらいからな身内を推挙するのは。いや、或いは。


「あいつは真面目路線で強そうだが、もう一人送りたい奴が居るんだ」


「どなたでありましょう」


「郭嘉だよ。生き馬の目を抜くような不確かな場でも、あいつなら型に捕らわれずにやってくれそうだと思ってね。だが朝廷では品行方正な陳葦の方が話を出来そうってことで、二人ならってな。どうかな」


「我が君のご慧眼に感服致します」


 拱手すると今度は満足そうな空気を醸し出して来たぞ。俺の勝手な感想でしかないが、郭嘉の方だったか。多分だがあの二人は相性が悪いぞ、陳葦のストレスが半端ない。どちらも若いからな、喧嘩をしなけりゃいいが。


「馬日殿、一つこちらからの要求を」


「聞くだけは聞いてみよう」


「若いのを二人と、兵を都に送るから、しっかりと情操教育をして欲しい。そのくらい求めてもバチはあたらないでしょう?」


「こちらが断れんことを知っていてその言い方。おい側近が甘やかすからだぞ、荀彧殿。頼まれてやる故、安心せい。歳寄りはそれが役目だからな」


 口が減らないおっさんだな、そういう関係性が嬉しくもあるがね。


「ああ働け働け、そうしたらどこかの心優しい若者が、俺達を地獄から吊り上げてくれるかも知れんからな」


「私も地に落ちると? まあそうかも知れんな、口には出せないようなことも様々してきた。だからと後悔したことはない」


 確かに、反省すべき点は様々あったが、俺だって何一つ後悔しないように生きてる。そういう根っこの部分でこのおっさんとは相性が良いんだよな。


「時に、呂布の行方をご存知でありましょうか?」


「さてな。僅かな供回りの者を引き連れて長安を落ちて行った。噂では武関を通過し荊州へと向かったのではと耳にしたが確証はない」


 ふーむ、荊州か。刺史劉表のところという意味だろうか、それとも李鶴、郭汜らの反対陣営? その上で呂布や王允に友好的だった……さっぱりだな。


「どう思う荀彧」


「恐らくでありますが、呂布殿は相国殿を排除した功績を説き、袁術殿を頼って荊州へ向かったのではないかと愚考致します」


「うん、袁術だって?」


 荊州へ向かったのは袁術を頼ってということか、でもなんであいつを? と思っていたらおっさんが苦笑しながら言葉を挟んで来る。


「戦となれば闘神が如き冴えを見せる君でも、政争となると疎いらしいな。なるほど二人の関係性が羨ましくもある」


「呂布殿は、袁家の棟梁を殺害した相国殿の倒し、仇討ちを果たしたと仰りたかったのではないかと。仇敵を排した人物であるならば、袁術殿も快く受け入れてくれるものであろうと」


 そうか、袁術にとっては董卓は仇討ちの対象、それを代わりにしてくれたってか。劉表からしたら皇族を捨てて逃げ出した逆臣とか思われるのかも知れんが、そっちは無視しておけばいい。


「ということは江南へ行ってるわけか。袁術に呂布の武力か、面倒な予感しかないな」


「いえ、袁術殿はきっと受け入れをしても重用はしないでしょう」


「え、なんでだ。それなりの待遇で歓迎ってやつじゃ?」


 おい馬日碇のおっさん、そのヤレヤレって感じの顔はやめろ。ちなみにこの俺でも呂布だけは近くに置きたくないって思う程だぞ。


「主に仕えては次々に裏切り、その主が全て逝去されております。袁術殿でもこれをわざわざ試すことはありませんでしょうから」


「受け入れはする?」


「はい。歓迎の意を示し、客人として遇し、仕官は認めない。そのような形が濃厚かと」


 反感を強く持たれないように歓迎し、己への無害化のために力を与えないか。早晩諦めて立ち去ればよい感じか。


「するとそのうち呂布は失望し立ち去るだろうな。その後は?」


「袁家は二家ありますゆえ、きっと北へ向かうと思われます」


「なるほどな、確かにそうなりそうだ。呂布が領内を通過しようとするなら争わずに通すようにって今の内から連絡を入れておいてやれ」



 拱手して承諾すると一歩引き下がる。そんな先のことはどうでもいいか、忘れた頃に報告がありそうだ。


「話を聞く限り多くの不明が解消したよ。さて本題の質問に移ろうか。この乱世、どう収束させるべきと思うかね」


 おいおい、随分な質問じゃないか。結論から言うと、三国鼎立してから蜀に手を貸して劉協に返り咲いて貰えば収束したぞ、そういう過去があるんだよ、時間軸的には未来のな。


「それについては二つの道筋がある」


「ほう、二つもあったとはな、さすが時の人である君は違うな。参考までに聞かせて貰ってもいいかね」


 おっさんの表情は笑っていても目はそうじゃないな。荀彧の奴も真剣だ。

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