第369話
人生一発逆転させた李鶴、郭汜は国が傾くどころか滅びるまで悪逆の限りを行うのもまた歴史だ。そもそも政治をしたことが無いような奴が国家の頂点になり、上手く行く方がおかしいからな。運営をするために経験者が必要で、清流派の士大夫らを利用するだろうが、董卓と同じで劉協を利用する駒とだけ見るかどうか。
「そいつらは良い、どうせいつか自滅する。それより劉協の扱いはどうだ」
「陛下は名目を持っておられます、それに代わりとなる皇族もおられませんので、今は権力だけを握ることが出来れば良いと半ば幽閉のような扱いを受けております。直ぐに危険が迫ることは少ないでしょう。両名にはしなければならないことが山積しております」
「そうだな、権力の源泉は敵を駆逐した後に考えることだ。とすれば俺の行動としては、敵の敵に助力するというあたりか」
李鶴、郭汜の敵、呂布もそうだしあいつらを下だと思い妬んでいるような奴らか。朝廷にも山と居るぞ。
「それが宜しいでしょう。ですが李鶴殿も郭汜殿も黙っているとは思えません。味方を増やし敵を減らすために行動すると思われます」
「そりゃそうだな、向こうにだって頭が切れる奴がいるはずだ」
劉協に好意的な奴を殺して、権力や金に汚い奴を呼び寄せる。ということは真っ先に俺なんかは暗殺リストのトップに据えられるな、まあいつものことではあるが。
「賈翅殿が人心を操る術に長けているのは覚えておいででしょうか。かの人物が両名の知恵袋として助言を行っている様子」
「疑心暗鬼で動きづらいところでは、あいつの独壇場だな。敵味方が解りづらいなか、情報が集まれば更に差が出る。そういうわけで俺はさっさと劉協支持で、簒奪者を非難する声明を出そうと思う。そうすれば快く思っていないやつも、俺は政権側ではないと受け止められるだろ」
荀彧は少し無言で何かを思案している、宣言はいつでもできる、それを今実行すべきかどうかあたりだろうな。
「……李鶴殿は仮節鉞車騎将軍池陽侯、郭汜殿は仮節鉞後将軍、樊稠殿は右将軍万年侯、張済殿は鎮東将軍平陽侯になっておられます。車騎将軍であった皇甫嵩殿は太尉に、後将軍であった袁術殿は解職されただけ」
「皇甫嵩はまだしも、袁術は面白くはなさそうだ」
だからと俺はあいつと手を組むのかと言われたら、それは遠慮したいぞ。好き嫌いで方針を決めるのは良いやら悪いやら、やりたいようにしろと荀彧はいうだろうがね。しかし右車騎将軍と謎の官職な朱儁は被害がなさそうだ。
「四世三公と言われるほどですので、成り上がりの両名に迎合することは御座いませんでしょう」
「だな。どちらにでも転びそうという奴を調略というところか」
それがどいつかは全く解らんがね。李鶴、郭汜はどうやって歴史から消えたんだったか、よく覚えていないんだよな。劉協が曹操に保護されて時代が変わるというところからは知っているんだが、うーん。
「重大な地域が御座います。涼州がどう動くか」
「ふむ。董卓の影響が大きく及んでいた地域だが、一族郎党を全て殺されてしまい、今はどうなっているのか」
だってそもそも出身地ではないわけだからな、利益や人物の繋がりがあってこその話だぞ。仇討ちのつもりで立ち上がるようなのも全て殺されていたらどうなるんだ?
「無数の豪族により支配を受けているところ。中でも馬騰殿、韓遂殿を始めとする諸侯らが強大。恐らく朝廷の士人らはこれら両名に目をつけ、長安の解放を目指すでしょう」
馬騰は聞いたことがあるぞ、馬超の親父だ、韓遂は知らんな。まあいい、概ね西側は董卓死後は素直に靡かないってみたてなんだよな。
「短い時間では決着はつけられんだろ、一年はかかるだろうな」
「左様に御座いましょう。ゆえに、我等はこの機になすべきを」
「豫州平定か」
その為に冤州を無理して統治するのを強行したんだからな。汝南は手を出さずとも良い、豫州の東部を説いて回ればな。
「或いは、青州という手も」
「なに!」
青州、確かに今は孤立感があるな。もし北方で曹操や袁紹が力をつければ狙うのは青州になる。そうなってからではこちらは手を出せない。豫州はというと、東の小さな郡国が三つだけか。
「地図を」
机に広げられた巻物をじっくりと見る。泰山周辺から海までの地域がざっくりと青州になっている。海に面するということは南北を完全に分断できるという、連絡網の点からも大きなプラスがあるぞ。貿易についてまでは今は難しいがな。
「利点と欠点を」
「承知致しました。まず一番の大きな利点は、豫州の次に青州を求めようとした時、既に北方の形成は解決され青州に肩入れをされる恐れが御座います。そうなれば一筋縄では行きませんでしょう」
「袁術と組んで首を突っ込もうとしていたんだよな、来年ならともかく今すぐでは助けてくれと頼んでもにべもなく断られるだろう」
それをニコニコと助けてやるのが乱世ともいうがね。選択肢があるならそれも出来るが、公孫賛とガチで戦うつもりの今はそんなことは出来ないだろ。刺史のことは良く知らんが、有能だとしても正面からで戦うなら、こちらの軍隊の方が練度が高い。
「もし青州を平定出来たとしても、南北から挟撃される形になっている恐れも御座います。そこで徐州の陶謙殿と誼を結ぶのが宜しいかと。さすれば安定して統治が行き届くでしょう」
俺のイメージだと、曹操の親父さんを間違って殺してしまうような形になる大失態をするような人物なんだよ。政治は上手い事やっているみたいだから能力はあるんだろうし、対董卓連合への助力もしていた、表面上は理想的な同盟者ではある。だがあってみない事には信用できるかはわからん。
「信用出来る相手以外は組む気はない。荀彧、陶謙との会談を設定できるか?」
一度でもあって話をすれば、人物を把握可能だ。俺の数少ない特技の一つだよ。こういう時代では結構重宝するな。
「我が君が直接お会いになられると?」
「もちろんだ、そうすれば全てわかるつもりだ」
「…………畏まりました、その場をもうけさせていただきます」
「我がままで済まんな、荀彧、お前に任せる」
「そのお言葉が心底嬉しゅうございます。どうぞお任せを」
他にも言いたいことは山ほどあるだろうに、それでも笑顔でこの場を去って行ってしまう。苦労を掛けて本当にすまんな、いずれ報いるよ。
「さて趙厳、どうしたらいいと思う?」
黙って傍に立っていた若者に声をかけてみる、長いこと連れまわしていたからあれこれと気づくこともあるだろう。
「でしたら、まずは荀別駕のご父君が逝去されたことへの対応をすべきかと」
「ふむ、そうだな。繋がりの面でも、俺の側近という面でも趙厳が手配をするのが良さそうだ。俺の名代、頼まれてくれるか?」
「畏まりました!」
弔問の名代、趙厳には大任だと受け止められたようだ。儀式というか、マナーというか、そういった一般常識は無いに等しいんだ、頼んだぞ。こちらもこの場を去ってしまったので呼廚泉と二人きりになってしまう。
「島殿はいつもこのような感じなのですか?」
「うん、こんな感じとは?」
何か変だったか? 自分では知らんだけであちこちでそう思われては居るんだろうがね。
「いや、解らないなら構わないです。暫く領地を離れていたから決裁が溜まっているのでは?」
「書類は黙っていてもたまるものだからな、荀彧では処理できないのがあるだろうさ。数日は執務室に籠もるとするよ」
苦笑して肩をすくめると「お前は好きにしてろ、動く時には声をかけるからな」解放を宣言してやる。礼をして呼廚泉も出て行ってしまった。さて、たまには仕事をせんといかんな。
宣言の通りずっと執務室に籠もって仕事をしていると、近侍がやって来て告げた「面会者がお出でです。太傅であるとの話なのですが」困惑しているのが手に取るように見えた。
「太傅だって? 皇帝の師という話だが……まあいい、わざわざやって来たんだ、隣室へ通せ」
ここまで話が来た以上は、いたずらではないということだ。それに俺だって偽名を使いアポをとったことがあるからな、ワケありなんだろ。ということはだ、知恵袋と護衛を用意するか。小一時間ほど待たせてから、ようやく二人がやって来たので部屋に入る……おっと、そういうことだったか。
「随分と待たせてくれるではないか、日ごろの意趣返しかね」
顔を見るなり軽い牽制をしてきた、いや間違いないなこいつは。何かに強制されているわけでもなさそうだ。
「元気そうでなによりです、今度来る時は予定を報せてからにしてくれれば待ち時間は減らせますよ」
典韋は表情を変えず、荀彧はうっすらと微笑んでそのやりとりを目にしている。まあいいさ。
「自己紹介は必要かね?」
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