第366話


「口ほどにもない結果をおめおめと言いに戻ったとは、俺を馬鹿にしているのか! 許さんぞ!」


 反対に顔を蒼くした李蒙の首を、方天画戟が一閃すると首が転がっていった。兵は気の毒だとは思ったが、誰一人として擁護することも無く下を向いて黙ってしまう。


 一方で牛輔だが、何とか勝利をしたとほっとしたのも束の間、中郎将の董越が落ち延びてきて陣営にやって来た。董卓の遠縁であり、族滅を辛うじて逃げ延びてのことだ。ようやく助かると面会を求めたが差し止められてしまう。どうしたのかというと、牛輔が謁者に占いをさせ、董越がどのような卦を抱えているかを確かめたのだ。


「牛輔将軍様、その者、内に居る者と企みをもつ存在で御座いますぞ!」


「なんだと、うぬぬ! 誰ぞ、董越を殺せ!」


 牛輔の命令はすぐさま執行された。ようやく逃げて来たものをこうもあっさり処刑してしまった。牛輔は気づかなかったが、この謁者、日頃より董越に酷い仕打ちを受けていたらしく、丁度良い仕返しだとばかりに適当な占いを述べたとのことだった。


 それでも不思議と牛輔は勢力を保ち不安ながらも安全を得ていた。夜になり寝所で休んでいると、急に騒がしくなってしまう。側近が「外がうるさいようですがご心配なく」些細な原因の騒ぎだと説明する。


「いやこれは反乱であろう! 直ぐに財貨を持って逃げるぞ、支度をしろ!」


 驚きの命令を下してきた。仕方なくそうするようにと攴胡赤児らにも伝え、十人足らずで陣を捨てて逃げてしまう。実は賭け事をして騒いでいただけのことだったが、考えも無くそのようなことをしてしまい攴胡赤児が呆れてしまう。これではいずれ自分まで命を落とすだろうと考え、牛輔を切ると財貨を全て奪い長安へ許しを乞う使者を出してしまった。


 呂布のところにも、長安へそのような使者がやって来たと連絡が入る。そうすると呂布は、そいつらを皆許してやれば良いのではないか、と司徒へ伝えさせた。だがそうなると王允は面白くない「奴らは董卓に従っただけで罪はないかも知れないが、討伐に向かい悪だと断定したのを今さら許す理由などない」突っぱねてしまう。


「あの王允、董卓を除いたのはもしや全て自身の功績だとでも思っているのではあるまいな! 俺が政治に関わるのがこうも嫌だとは!」


 弘農の中央あたりにまで軍勢をゆっくりと進めた時には、数万の数に膨れ上がっていた。それもそのはず、司徒王允は誰も許してやろうとは考えてない、このままでは処刑される未来しかない。そのように考えて、各所で固まっていた残党らが、こぞって李鶴、郭汜の軍勢を頼り集まって来たからだ。


 長安の領域へ入ろうとする頃には、牛輔軍の残党も加わり、ついには十万を数えるほどになった。大軍を率いたことはあったが、さすがにこの人数は初めてで、李鶴らは緊張しながらも歩みを進めていた。すると伝令がやって来る。


「徐栄、胡軫、楊定の軍勢が向かって来ます!」


「むむむ、出たか!」


 その名を聞くと、賈翅が進み出て来る。何せ腕っぷしは強いものの、頭の方はからっきしの涼州勢だ、戦う以外は苦手だった。


「将軍、私に良い考えが御座います」


「おお賈翅殿、なんであろうか」


 董卓の頃からの知恵袋、間違えたことは皆無だ。こんな状況になってしまったのは呂布が裏切ったからであって、賈翅の失策ではない。


「見たところ、胡軫、楊定らは戦うつもりは御座いますまい。ここはお二方に使者を送り、こちらに協力するように話をするのです」


「ふーむ、確かに胡軫殿も楊定もこちらと争うのは望むまいが」


 李鶴が難色を見せた。その呼び方に鍵がある、賈翅にはピンときた。速やかに考えをまとめると、核心をつかずに回りくどい策を披露する。


「胡軫殿には共に長安へ攻め込めば、略奪も自由であると説きなされば宜しいでしょう。楊定殿には、こちらは勅令を受けて献帝へ帰順する最中だと言い、それを妨げようとする王允こそが逆賊だと説けばよろしいでしょう」


「徐栄殿は恐らくこちらの話を聞くまいな。ちょうど胡軫殿と挟むような形で接近すれば混乱しよう」


 いわれずとも戦術に関しては賈翅に劣らない、それならば良いと「結構でございますな」軽く頭を垂れる。軍事ならば個人であろうと集団であろうと勝手はわかる、偽兵を作るように命令をすると、旗だけを沢山抱えて山に向かう部隊が真っ先に消えていく。


 山間で徐栄軍団と遭遇すると、胡軫軍団は馬首を返し、山の上には多数の『李鶴』『郭汜』の旗、街道の正面からは多数の歩兵、山道からは西涼の騎兵が続々とやって来るではないか。徐栄は軍を叱咤激励するも、楊定軍団までもが気変わりを起こしたというのを聞くと総崩れに会う。徐栄も混乱の最中、その命を落としてしまった。


 胡赤児が牛輔を裏切り陣営に喜び勇んで報告を上げて来た時、呂布はその使者を一突きで殺してしまう。自分のことは棚に上げ、そういう行為をする奴が許せないのだ。


「あ奴を殺してここにそっ首を持ってこい!」


 激怒した呂布に恐れをなして、部将が大慌てで山間を捜索するとそれらしき姿を見つけたため、大慌てで襲い掛かるとその首級を挙げた。呂布により下衆のさらし首となってしまう。そして胡軫と楊定が裏切ったのを聞き、徐栄が戦死したのも耳にする。


「おのれ! この俺が全員叩き切ってくれるわ!」


 肩を怒らせ赤兎馬に乗って李鶴の軍勢を探すと、単騎で突っ込んでいってしまう。


「いかん、将軍をお守りしろ!」


 護衛騎兵が必死に呂布について行こうとするというのに、先頭で戦いをしながら駆けている呂布に全く追いつけないではないか。そのうち防御をごっそり抜いた呂布に恐怖して、李鶴軍の前衛が逃げ出し始める。敵わないと李鶴は速やかに撤退、五十里も後方へと引き下がってしまった。


「将軍、お待ちを! これは罠で御座いますぞ!」


 部将がようやく追いついた頃には、返り血で真っ赤になった呂布をまじまじと見てしまう。どこか怪我をしているのではないかと思ったが「俺は無傷だ、一旦退くぞ」馬首を返して本陣の方へと駆けてしまう。山の麓で李鶴は郭汜と合流し、呂布の強さを語った。


「呂布は化け物だ。だが力はあっても頭は足りてない。明日、俺が前に出て呂布を挑発したら、すぐにつられて出てくるだろう。その時、郭汜があいつの背後を襲ってくれ。そうやって軍勢を引き付けてる間に、張済と樊稠が長安を攻撃すれば奪えるはずだ」


「なるほどな、確かにイノシシとわざわざ力比べをする必要はない。帰る家を失えば、奴の負けだ」

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