第363話
「ただ今戻りました! どうやら袁術軍一千程の部隊が偵察に来た様子」
「千とはまた少ないな、どういうことだ?」
呼廚泉が眉を寄せる。五千の部隊が撤退したのだから、それなりの数が増援されるものだと考えていた。趙厳はそれならばと目を細めた。
「千だけというならば精鋭か、或いは捨て駒でしょうか」
「……両方、という線もあるぞ」
にやりとして意識外の解釈を示してやると、はっとしてしげしげと見詰めて来る。どうしてとの疑問で一杯のようだが、そういうことがあるんだよ大人の世界ではな。
「従事殿、それは一体?」
「単純な話だ、袁術が出る杭を打とうとしているってことだよ。陣営でも特別な功績をあげていて、これ以上勝たせるのも面白くないが、さりとてただ負けて貰っても困る。相打ちにでもなれば万歳ってところだろ」
それが誰かまでは俺ではわからんけどな。自分を脅かすような存在は不要なんだよ、ナンバーツー不要論と一緒だ。
「そうでしたか。接触部隊を出しておきます」
「ああ、そうしてくれ。俺らは明日まで待ってから動くとしよう」
言うが早いかそこらにごろんと転がってやった。天気は良いし、やることもない、身体を休めておくべきだろ。目を閉じてややすると暗闇、どうするかと考えていたところ「敵が接近してきます!」警告が発せられた。
「こちらが少数でもきっちりと奇襲を仕掛けるか、やるじゃないか見知らぬ部隊」
なにも命令を出さずとも皆が武装を施し敵がやって来るのを待つ。ここで待って居てやる義理はない、別に有利な場所でも無いからな。西側から五百ほどとの報告を受けているが、挟み撃ちにでもするつもりかね。
「攻めるなら西に、逃げるなら北にですか」
「ほう趙厳ならそう考えるか。では呼廚泉はどうだ」
「この場に居れば全てが向かってくる。それを見てから大将に突っ込む」
「なるほど、互いの腕前の差がはっきりとしているならばそれがいい」
さて、何の意図があってこうしているかだよな。相手は歩兵込みでの動きだ、距離をとられては戦えない。ということは、残りもそう遠くにはいないはずだ。このあたりで隠れられる場所と言えば南東の山林の中か。こちらがここで踏みとどまれば呼廚泉がいったように合同して攻撃をするはずだな。
「ここで当初の目的を振り返ってみるぞ。袁術がこちらが手ごわいと知り、汝南と和睦をするのを促すわけだ。ところが目の前の増援は袁術とあまり関係が良くない、これをどうこうしても戦略的には無意味どころか害悪だ。そういうわけで接触せずに南西方向から袁術の本隊が居るあたりを目指すとするぞ」
戦うとか言いながらそんな選択を出されてしまい、若干の不満がありそうだな。良いんだよ、自分らこうするって考えがあった方がな。
「面白くないだろう、だが心配するな。二人とも自分が司令官になれば、好きに指揮して良いからな。その為にも、己が知らぬ何かを幅広く吸収しろ」
「そ、そのようなことは……肝に銘じておきます」
暗くて顔がよく見えないが、恥じているんだろうな。感情を揺さぶられるのは若い証拠だ、袁術は陽安とかいう県城だろうって話だ、そこを目指すとするか。相手を小ばかにするかのように、すいすいと居場所を変えてしまう。これこそが騎兵の最大の特長だ、戦場を選べるというな。
暗い中、細い道を二列縦隊で通り抜ける、途中で小さな郷に入るが『汝南』の軍旗を掲げると、こちらの異様な姿を見ても喜んで受け入れてくれた。飯を振る舞われて翌朝、陽安までの道案内まで出されて西へと進んだ。こういうところが徐太守の人徳なんだよな。
「東より部隊の接近です!」
伝令が食事の最中にかけて来る、話を聞いてみたところあと一時間ほどのところまで昨夜の歩兵隊が追いかけてきているらしい。麦飯を喰いながら頷いてやる。
「勤勉な奴らだな、暗夜休まずに追跡して来たらしい」
騎兵の移動を追いかけるには、歩兵が取ることが出来るのは寝ずに走るだけだからな。よほどの言いつけがある見える。
「従事殿、蹴散らしますか?」
おっとそうだな、俺は従事だった。その前は龍長官と呼ばせたりと、随分と混乱する。それも冤州へ戻るまでの辛抱だな。
「どこの誰かは知らんが、努力には報いてやりたいものだとは思わんか? 飯を食ったら西へ移動するぞ、歩兵が頑張ればついてこられる位の速さでな。陽安まではどのくらいだ」
「はい、あと半日も掛からないかと」
道案内が即座に返答した、居場所が分かればどこまでにどのくらいかかるかなど、地元の民の感覚ではすぐだ。
「ということだ、趙厳加減は任せるぞ」
「御意」
ゆっくりと食事をして、その上で少し休んでから騎乗すると、東の方に部隊の姿が見えて来た。目と鼻の先というやつだ。
「よーし、では出発するとしよう」
見えてはいても攻撃できる距離でもないので、余裕を持って動き出す。向かってくるならばまだしも、また逃げて行く、そう見えているはずだな。実際そうではあるが。馬にしてみればよそ見をしながら歩くだけの運動にもならない速さでも、人間には必死になってついていくだけで一杯。
「まるであの部隊を率いているかのようじゃないか? はっはっは!」
「従事殿、陽安の袁術本隊に接触したらどうするんですかね」
「そりゃ呼廚泉、決まってるだろ一戦する」
「ならばそろそろ『汝南』を掲げても宜しいでしょうか?」
そういえば黒旗しか掲げていなかったな。こちらが誰かが解らないでは話にならんからな、もういいだろう。
「そうしろ」
今まで巻いていた軍旗を掲げた。そうだと知ってはいただろうが、後ろの部隊でも何やらやり取りをしているな。数時間手加減しながら進むと、ついに袁術の部隊が居るだろう場所が見えて来た。
「よーし、では始めるぞ!」
武装集団が陣営の前に現れたらどうするか、答えは簡単だ。警笛を派手に吹き鳴らして部隊が臨戦態勢を取り出す。後ろからやっとの思いでついてきた部隊、見通しの良い場所でじっと見てようやく判明した。
「あれは『孫』の軍旗、孫憤殿の隊でしょう」
「なるほどな、袁術の冷や飯喰らいで能力は高い。どうしたものかな」
全滅させるのはいかんな、ここで恥をかかせるのくらいは飲んでもらうとしてもだ。その際は袁術軍にも同じようにやられてもらうとしよう。
「こちらの方針を決める。兵にはさほど構わず、部将以上を落馬させるのを狙うぞ。命までは取らんでもいいが、自身が負傷するのは絶対回避だ。こちらが強いとわかればそれで構わんからな。なお、印綬持ちからそいつを奪ってきたら、誰にでも臨時で報奨をだしてやる、稼げよ。はっはっは!」
袁術軍からも防衛隊がせり出してきたか、面白くなってきた。
「孫軍が来ます!」
趙厳と呼廚泉が先頭になり、二つに分かれて孫憤軍へと向かって行った。一方で俺の周りには黒兵が四人だけ、おっと元化が二人乗りしているから五人か。
「お前達は元化を守ってやれよ。世話になる日が来るかも知れんのだからな」
「承知しました」
戦いが起こっている場所に少し近づく、ふーむ孫憤はどいつだ? ん、視線を感じるな。ああ、なるほど、悪いがここは譲ってもらうぞ。
「我は汝南軍の趙、これ以上はやらせんぞ!」
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