第352話


「居てもおかしくはない、だが重要なのは誰が伏せているかだ」


 戦うなんてのは最後の選択肢で充分、不意に現れた俺達が何かが気になっている奴らはいるだろ。使者が接触してきてくれたら楽で宜しい。頷くと呼廚泉が側近に命令を出す、相変わらず素直に従う奴らばかりのようだな。山道を進んでいると呼廚泉が耳打ちして来る。


「こちらを窺っているのは陳軍の兵士らしいです。数人捕えてみますか?」


 ふむ、城方がか。黄巾賊が城を占拠している? いや、それならそこらの山にわざわざ集まっているのはおかしい、どういうことだ。


「そうだな、殺すなよ」


 こいつならその位の条件を付けても難なくこなすだろう。騎乗したままゆっくりと移動をしているうちに、縄をかけられた軍兵が引っ張られてきた、ご苦労さん。ぐるぐる巻きにされている兵が怯えながらこちらを仰ぎ見ている。


「い、異民族が何でこんなところをうろついているんだよ!」


 うん? ああ、なるほど。南匈奴のやつらだけでなく、黒兵もそういえば北方出身の奴らだもんな。あまりにも身近に居すぎてすっかり忘れていたよ、そうか俺達は異民族集団と言われれば全くその通りだな。ではその勘違いを利用するとするか。


「質問するのはこちらだ。お前の所属は」


「教えるもんかよ!」


 心意気としては正しい、だが拷問に耐える訓練があったとしてもこの時代のこの場所ではあまりに効果が薄いな。何故なら代わりは幾らでもいるうえに、相手が悪いだろうに。


「俺はあまり気乗りはしないが、喋らないと話が進まん。おい呼廚泉」


 やれやれといった表情で名を呼ぶと、下馬したあいつが兵士の傍に行く。二人居る兵士の内の一人を思い切り殴りつけた、派手に転がると口から血を流して歯が折れ飛び涙目になる。


「面倒なことは好かん。喋りたくなったら教えろ」


 もう一人も殴り倒すと、交互に蹴り続ける。そのうち「しゃ、喋ります! 喋らせて下さい!」呆気なく態度を変えた。一応殺すなというのを守っているんだよな、すまんなこちらの都合に付き合って貰って。


「陳国の兵で礼です、騎兵の集団が居ると郷の通報を受けたので見張りに来ていました」


「陳国の都の兵か?」


「はい。陳県に住んでいる郡兵五千に所属しています」


 総兵力五千、というのは少ないように聞こえるが、各地に配備しているなら普段はそんなとこだろう。


「国相はどうしている」


「下っ端の俺にはわかりません。けど最近姿をみないって言ってるやつはいました」


「ふむ。軍の命令は誰が出してるんだ」


「英利郡尉です」


 さて知らん名前が出て来たぞ、知ってるのが少ない事実はさておきまずはそいつが何かを調べるとするか。


「郡尉について知っていることを全て話せば解放してやる」


「はい! 郡尉は最近任官した方で、軍事だけでなく相の政策の発表なども担っている方で、相の補佐官です。元は東の方から流れて来たみたいで、数百人の兵も引き連れて来てるらしいので豪族なのかも知れません。家族は聞いたことが無いです」


 兵士を数百というのは異様な話だ、たかが郡尉で養える数ではない、別の理由がある集まりだな。どこかのぼっちゃんの可能性はあるが、きな臭さは段違いだ。


「わかった、約束だから解放してやろう。だがこちらの面倒になっては困る、一旦潁川の潁陰に入りそこで三十日過ごせ、その後は自由にしろ。それ以前にまた見掛けたら命はないと思え」


「お、お言葉の通りに!」


「呼廚泉、西に連れて行き解放して来い。飯位は持たせてやれ」


「始末しなくて良いので?」


 その一言に兵士がぎょっとする。


「聞こえなかったのか、俺は解放して来いと言った。相手が誰であろうと約束は守る」


「申し訳ありません。おいついて来い」


 甘いよな、あいつらがこちらの不利になることをしない保証なんて何一つないのにな。でもいいんだ、俺はそうやって生きて来たし、これからもそれを変えるつもりはない。


「趙厳、英利について詳しく調べさせろ」


「御意」


 陳の傍に行き着くまでに集めた情報によると、沛国の荒くれ者集団の頭で、陳に流れて来たことがわかった。随分と汚い奴らしく、他者を騙すことを何とも思っていないとか。ようするにクズ野郎だ。荀彧殿はどうしてかそいつに軟禁でもされているらしいことが浮かぶな。


 陳県のすぐ北にある山林に入ると、中腹から城を見下ろす。何ごともないかのように旗が靡いているが、賊に成り代わられているわけか。城内と連絡を取りたいが、それが出来ればこうはなっていないんだよな。


「さて、趙厳はどうしたらいいと思う」


「陳相の身の安全を最優先すべきです。賊徒と争えば人質にされてしまい危険が及びますので、密かにこれを逃がすべきかと」


 戦って負ける気はしないが確かに危険がある。こんなことで死ぬどころか怪我をさせてもいかんぞ。捕らえられている場所を調べないとな。


「荀彧殿がどこに居るか、調べることが出来るか?」


「陳県には張季礼殿が居るはずです、彼の方に尋ねればきっとわかるでしょう」


 誰だそいつは、地元の名士みたいなのか。そういえば趙厳も潁川ネットワークの一人だもんな、顔見知り位いるか。


「では居場所を探るんだ。判明次第これを助けるぞ」


 朝方侵入させて待機を続ける、すると夕方になり趙厳が戻って来た。一人で乗り込み無事に帰還だぞ。


「長官、張季礼殿の話では、陳相殿は城内の警備が厳重な屋敷に軟禁されているとのことです」


「よくやった趙厳、屋敷の場所はわかるか」


「無論です。東門の者が今宵、張季礼殿の手の者らしく暗夜通過の手筈も」


 準備万端整えてきたわけか、その張季礼が信用出来なければ破綻するが、趙厳を信頼するならそいつも信じるしかない。万が一罠だったら、食い破って英利とやらを叩き切ればいいさ。


「よし、それでは今夜奪還するぞ。兵はどれだけ必要だ」


「自分と兵士二十人も居れば。あまり多いと辿り着く前に気づかれます」


 二十人が限界一杯の数で、こいつならそれだけを要するか。ということは、だな。


「それには俺が入っているか」


「まさか、危険ですので長官は城外でお待ちを」


「趙厳、俺を舐めるなよ? 此度の最優先は気づかれずに荀彧殿を保護することだ、ここに最高戦力を投じずにどうする。隠匿を優先し、兵を十人に減らし俺も行くぞ」


 一歩前に出て呼廚泉が「最高戦力で私を外すとは思えないですが」にやりとしてくるので「だろうな、兵の統括に伯長ら二人は残すぞ」不幸な居残りを幹部である伯長らに押し付けてしまう。異論も何もなく承諾すると、兵から腕が立つ奴らを選抜して東門付近へ移動した。少し離れた林に兵を待機させておく。


「趙厳様話は伺っております、どうぞお通り下さい。荀国相をどうかお願いします」


 東門の兵士が通用門をこっそりと開いて皆を通してくれる。荀彧殿に好意を持っている兵らしく、そう言葉を添えた。油断は出来んが罠の線は低そうだな。言葉を直接聞けば嘘か本当かくらいはわかる。


 暗夜の通りを小走りにぬける、装備が音を立てないように布を噛ませてだ。松明を持って巡回している兵の姿が遠くに見えたが、数が少ないお陰でこちらはタイミングを合わせてすっと抜けることが出来た。篝火を焚いた門の前に二人の兵士が立っている屋敷が見えた。


「ここがそうです」


「見張りは二人か、音を立てずに排除するぞ」


 俺が進むよりも先に趙厳と呼廚泉が配置についてしまう。そのくらいは譲ってやるさ。お前達のタイミングで始めろと全てを預けてしまうと、通り陰でじっと待つ。手槍を持つと二人が同時に投げつけた、それが見事に喉に刺さっているものだから見事だ。


 出て行くと門を調べる、内側から閂がかけられているようだな。壁に背をつけて兵士が外側を向くと、趙厳と呼廚泉が両手の平を重ねている兵の手に足をかけて壁をあっさりと乗り越えて、内側から門を開けた。敷地に入ると中を素早く確認する、明かりが見える箇所が二つか。


「趙厳、呼廚泉、お前達はあちらの広間に乗り込め、兵を八人連れていけ。俺はあちらの小部屋に行く」


 二手に分かれると、暗闇の中で刃を傾けて月の光を反射してやり合図をする。同時に部屋に乗り込んだ。木製の薄い扉を蹴破ると、矛を手にしてまずは奥へと踏み込む。ゆったりとした衣に剣だけ下げていた男が二人居て「何者だ!」誰何して来る。それは兵に任せてしまい更に奥へと進み扉を開けた。


「うん、島殿ではありませんか!」


「おお荀彧殿、ご無事でなにより」


 姿さえ見てしまえば後はどうとでもするぞ。牽制して押さえていた兵士に視線をやり「あれらは斬っても構いませんか」尋ねると神妙に頷くので「やれ」軽く命じるといともあっさりと倒してしまう。腕前の差が凄いな。


「捕らわれていると話を聞いてここに来ました」


「不甲斐なく不意をつかれて賊に閉じ込められていました。面目ございません」


「無事なら結構。まずは城を離脱します、ついて来てください」


 部屋を出ると庭で「集合だ、戻るぞ!」もう隠しても仕方ないと声を上げて命じる。街のあちこちで警笛が響いている、早晩集まって来るだろう。


「近習がいますので少々お待ちを」


 頷くと、屋敷の別の部屋から若者と、身の周りの世話をする女性が一人出てきて顔を蒼くしている。賊の襲撃に見えているんだろうな、ほぼそれと変わらんが。


「では行きましょう。趙厳、お前が先頭だ!」


「承知!」

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