第349話

 ふむ、そういうものか。一般の領民とは別の扱い方を考えておくべきなのかも知れんな。


「趙厳、こういう時はどうするべきだ」


 教育の一環、かのように見せかけて時代の常識を吸い上げるぞ。趙厳は武官だが知識がある、武人が学者に教えを得て成長した感じだな。そうだな……魏延や趙雲のような感じではなく、鐙芝や姜維に近い。


「家を置き、使用人を統括すべきかと。古来より侯家には家丞があり、主人を補佐しました」


 家令やら執事みたいなものだな、俺個人の事に関する責任者か。今度荀彧に相談してみるとしよう。


「そうだな、これからはそうしよう。視察を続けるぞ」


 県の南部を広く見て回るが、急造の耕作地が広がっているだけで大きな収穫はまだ見込めそうではない。とはいえそれでも食べていく以上のものは取れそうで何よりだ。俊儀県へも足を向ける、県城ではなく城下の集落にだ。南匈奴の異民族らが集まって暮らしているのだが、こちらを見ると嬉しそうに手を振ってくれている。


「於夫羅は居るか」


「はい、単于様ならばあちらの丘に!」


 ふむ、最初は一万人くらいかと思ったが増えたみたいだな。まあいいさ。丘へ向けて馬首を振り向ける、兵に警戒もされたが『恭荻』の軍旗を見えるように掲げて動くと、自発的に護衛に加わって来た。


 木の柵に囲われた丘の上の城域、充分戦闘でも効果を発揮しそうな造りになっている。正門を堂々と潜るに際しては、俺以外を下馬させた。他人の家に上がり込むんだ、それなりの礼儀は必要だろ。同年代の男が両手を拡げて迎え入れてくれる。


「島将軍! よくぞお出で下さった」


「元気そうでなによりだ、急にすまんな。近隣の視察という名目で仕事を抜けてうろついてるよ」


「ああ、仕事は部下に任せておけばいい。さあこちらへ」


 うーむ、一体何度聞いたことか。仕事は部下がするもの、それは確かにその通りなんだが、未だに自分が楽して誰かに押し付けるのは慣れないんだよ。仕事を割り振るのが役目だってのは理解してるつもりではあるが。馬を降りて二人で屋敷へと入る。


「情報が遅い俺のところでも聞こえて来た、都が大騒ぎのようだ」


 上座を譲られてしまったので仕方なくそこに座っている、趙厳も着座しているが酒には手を付けようとしない。向かいには若いのが一人立って警護をしているが、随分と勇壮な顔つきだな。骨格が違う、これぞ南匈奴というような立派な体格だ。


「董卓が死んで大いに乱れているだろう。直ぐにでも駆け付けたいが、別の騒ぎが起こるだけで迷惑でしかないからこうしている。朝廷には優秀な者が居る、程なく沈静化するはずだ」


 そのくらい出来ないようでは卿だのなんだのと呼ばれるのは辞退してもらうからな、いいかさすらいのリクルーター、特にお前に言ってるんだぞ。援助はするからそちらで上手い事やってくれ。


「実際、洛陽から山道を抜けて長安では、軍を通すのに何年かかるやら。個人が動くのとはわけが違う、関もあるのでどうにもならん」


 山を越えて辿り着くか、通行手形を持って関所を少数で抜けるなら出来る。軍を率いていくにはあちらから呼ばれる必要があるんだよ、貢物だけはスルー出来るけどな。


「出来ることをやればいいさ。屠各種攣是部の族が増えたが、何とか食っていけそうだ。島将軍には感謝している」


「こちらこそ役目を引き受けてくれて助かるよ。朱儁将軍は動いてないようだが」


 大事があれば救援に出るように任せているが、小勢り合いしかないそうだ。都が混乱してるから洛陽、河南尹の兵らはどうしていいか迷っているのも居るだろう。その時どうするか、今いる場所での影響力を強める動きをする。それは朱儁でも同じらしい。


「どうあっても兵力不足だろうな。居すぎても今度は補給が不足する、動くに動けんというのが実情では無いだろか」


 兵が増えれば消費が増える、僅かな地域のみしか支配していないならば限界がある。徐州や冀州から援助があったとしても、それでは不安定だからな。


「もうすぐ大きな波乱がある、その時だよ」


「ほう、島将軍は卜占を?」


「予言なんかじゃない、それが戦略というものだ。世の乱れは今の比ではないぞ」


 真剣にそう断言する。於夫羅は目を細めてこちらを品定めするかのような視線を向けて来ると「弟を紹介する、呼廚泉だ」後ろに控えていた若者が進み出ると一礼した。おいおい、あれはまだ中学生かそこらだぞ、十五歳前後の顔つきだ、年が離れているんだな別に不思議でもなんでもないが。というか呼廚泉と兄弟だったんだな。


「一つ確認するが、同名の呼廚泉という者は存在する?」


「遥か昔や全くの別部族までは知らんが、南匈奴で同名はいない。部族の取り決めがあるからな。何故そのようなことを?」


 いや、色んな漫画やらで呼廚泉の名前が出てきているから、かなりの逸材なのは知ってるんだよ。ただクセがあって政治的な奴ってイメージがな、でもこんな若年では出てこないで、中年以降ばかりだったんだ。見るからに戦いは出来る、成長株ってやつだろ。


「そうか。こっちのは予言だ、呼廚泉は大きく成長するぞ。歴史に名を遺す程にな!」


「はっはっはっは! 島将軍のそういった逸話は聞いたことがあったが、我が弟もそう言ってくれるとは思わなかった。どうだ、こいつを預けるといって受けてはくれるか?」


「おお良いとも。能力の一端を見ておきたい、趙厳手合わせをしてみろ」


 若い二人を屋敷の外へ出すと、俺達は階段の上で立って見詰める。戦わせられる方はたまったものじゃないよな、こちらの我がままで悪いが見ておきたいんだよ。双方長棍を手にして上着を脱いだ。於夫羅に視線をやると、そこらにあったものを軽く宙に放ると、地面に落ちた瞬間に双方が距離を詰める。


 鋭い踏み込みに突き出される棍を見て、二人で頷いている。嬉しいものだよな若者の成長というのは。完全にジジイの心持ちで眺めているが、これと言ってどちらが劣るわけでもないので一進一退が続いた。


「呼廚泉、良い動きをしている。まだ成人前だろ、これは強くなるな」


「匈奴の一員ならばこの位はしてもらわねば。趙厳というものは武だけではなく、知の方も鋭そうで将来が楽しみでは?」


 十分程戦わせているが優劣はない、それを以てして有能さを証明したと受け止め「どれ運動して来るとするか」階段を降りるとゆっくりと二人に近づき、殺気を放つ。すると手を止めて同時にこちらを見る。


「二人とも良い動きだ、気分が乗ったので訓練をつけてやる。俺は素手だ、同時に掛かってこい」


 これで負けたら恥ずかしいでは済まんが、それはそれで嬉しくもあるな。一瞬あいつらが目で会話をしたかのようになり、左右に分かれて挟み込んで来る。


「いつでもいいぞ、ほれ」


 じりじりと距離を測ると、同時に踏み込んでアウトレンジでの攻撃を繰り出して来る。武器の長さを生かすのは良いことだな。身を捻ってかわすではなく、両方の先端を左右の拳で弾く。


「本気を出してこい!」


 牽制攻撃などで様子見をするような歳でもないだろうに。次を保証されている訓練なんだ、死ぬ気で踏み込んで来い! 顔をしかめて、やや恥ずかしそうな表情を一瞬だけ浮かべると、二人が接近して来る。


 趙厳が足を、呼廚泉が頭を狙って棍を薙いできた。左手の趙厳に急接近すると棍を踏みつけるような体勢をとる、それを感じて急に引き寄せ、今度は腹を狙って突き出してきた。こちらから向かって右、趙厳からは左へ踏み込むと、趙厳も身体を開いて正面に受けようとした。


 棍の先端を左手で掴み、押してもう一歩踏み込んでやると左足を半歩後ろへやりバランスを悪くする。ぱっと棍を離して右手方向に身をかわす、すると呼廚泉の突きが中空を通り抜けた。少し離れはしても二人が同じ方向になった、趙厳も体勢を整えて構える。

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