第348話

「臧覇のことか、まあそうだな。あいつらも別に農民が嫌なわけじゃない、単に状況がそうさせなかっただけという話だからな」


 穏やかに暮らせるならばそれでいい、そう思うのは何も不思議ではないぞ。むしろ世の殆どが大成を望むよりは無難に生きたいだけだろ。だというのにその僅かな奴らが世を牛耳っているんだよな。


「周辺はどうなっている」


「北部でありますが、公孫賛殿と袁紹殿が争いを始め、袁紹殿が劣勢であり渤海から追い出されようとの状況になっております。幽州牧は動かず、公孫賛殿はますます勢力を強めております」


「袁紹が負け気味か、家柄があるんだどこかで支援する奴が現れるんじゃないのか?」


 何せ袁紹対曹操という大一番があった時、袁紹は一大勢力だったんぞ。色々ストーリーは変わってしまっているが、地力があるだろ。


「平原相が助力を乞われ、袁紹殿に援軍を差し向けているとか」


「平原相?」


「はい、劉備殿で御座います。不当な侵略に対する義を以てしての参戦とのこと」


 なるほど、あいつはそんなところに居たか! 公孫賛は優秀だった、戦って相手を知るという意味では間違いなく強い。では劉備らはというと、こちらも強い。だが勢力が小さいんだ。でも袁紹と組めば規模と能力が噛み合う、袁紹に主導権を握られるだろうが劉備は黙って従うだろうな。


「袁紹は踏みとどまるぞ、その時に曹操ならば黙って指をくわえてみているとは思えん」


 曹操と袁紹が友人関係なこともあり、恐らく公孫賛に対峙する。そうなれば公孫賛は押されていく、そうなればどんな手を打つ?


「我が君はそのように見られるのですね」


「荀彧、公孫賛が曹操、袁紹、劉備の連合軍に包囲を受けて圧迫されるとしたらどのような対策を講じる」


 そいつの立場になって考えてみろ、黙ってやられるようなタマじゃないだろう。暫し目を閉じて夢想すると口を開く。


「更に外側より袁紹殿を攻めさせるでしょう。冀州か青州から。そして冀州は韓馥殿が居る限り、そのような行為は致しません」


「すると青州だな、確か刺史は」


「田恢殿で御座います。地方の豪族出でありまして、伝統ではなく実利を求めるような存在かと」


 そうなるとそいつはどう動く? 袁紹に何かを吹き込まれて動かないとかはどうだ、そもそも友好的なら援軍をそちらに求めるだろうから、良くて中立といったところか。


「そいつに動機を与えるとしたら」


「名士への仲間入りといったところでありましょうか」


「というと?」


「名家の娘を妻に迎え入れるのが主流かと」


 そいつはわかりやすい、婚姻政策だな。姻戚になれば単純に協力を得やすい、はっきりとした目安で結構。


「公孫賛の娘を嫁がせるのか?」


「それは御座いませんでしょう。代々二千石とは言え名士と言えるかは微妙なところですので」


「じゃあどうするんだ、時間が経てば包囲が出来上がり勝ち目が消えるぞ」


 かといって部下に公孫賛より家柄が良いのは居ないだろ、なにせそういう奴を囲うことがない性格だって話だからな。


「袁紹殿を良く思わず、劉虞殿にも勝たせたくない存在。即ち袁術殿へ働きかけ、袁家より姫が嫁げば田恢殿は動きます。同族とはいえ袁紹殿が没落すれば、その分が袁術殿に傾くと思えば理にもかないます」


「なるほどな。もしそれで袁紹を攻めるならば、曹操の側を守りにして残る力を全て袁紹に向けて各個撃破をはかるわけか」


 守り切る必要はない、遅滞行動をとりながら袁紹が敗退するのを待てばいいだけだ。公孫賛の武将らならばその位は出来るだろう、曹操が兵権を自由に出来るならそうもならんだろうが、助言者という立場に留まっているならどうしようもない。


「数か月はかかるでしょう。一方で都は未だ騒乱の最中、ですが董卓の残党で朱儁将軍を攻撃していた部隊が統合され姿を消したとか。どうにも勅令が下ったとの噂も」


「ふむ。その部隊がもしかして李鶴と郭汜だったりはしないか?」


「騎兵団が居たようなので、恐らくは存在しているとは思われますが、頂点かまでは」


 この世界のシステムがよくわからんが、勅令というのはどういう感じの扱いなんだろうな。意味合いではなくニュアンスだ、こればかりは感覚が無い俺が説明を受けてもピンとはこないんだよ。うん? 荀彧と目線を合わせて出入り口のところを注視する。


「伝令! 張潁川太守より伝令!」


 俺達の一党の間では伝令を最優先で通すようにという決めごとをつくった、例によって赤い旗指物を背につけた騎兵が駆け込んで来る。目の前で片膝をつくと拳礼をして喋りはじめる。



















27

「報告致します! 汝南の地が袁術軍により攻撃を受けております!」


 潁川の隣だな、徐蓼太守なら積極的な防衛戦を行うだろう。たしか領域が巨大だって話だ、一人では目が届かんぞ。


「荀彧、どういうことだと考える」


「南陽に拠点を構えている袁術殿、此度孫賁殿を配下に並べ豫州の統治に乗り出したというところでありましょう。潁川ではなく汝南の地を踏んだのは地理的なことだけではなく、我が君との関係を鑑みてのことかと」


「面倒を後回しにするということか」


 俺と仲良くやるつもりなら事前に使者の一人くらい来ていただろうからな。知らせずに奇襲行動をとるというのは、遠回しな敵対だよ。いや別に遠回しでもないか。


「豫州の半分を占める汝南郡、実利を求めているのでしょう。徐州との連絡も産まれますので」


「戦う相手が違うだろうに!」



 椅子のひじ掛けを強か打ち付ける。袁術だけではない、その多くが自分勝手に勢力を伸ばしている。無論俺だって人のことは言えんかもしれん、だが誰に請われるわけでもなく、自発的に乱を起こすのは納得いかん。


「我が君の心中お察しいたします。さりとて徐蓼殿より救援依頼が届いているわけでもございません、いかがいたしましょうか」


 無理矢理援軍を差し向けたとしても、それはそれで侵略だと思われるだろうな。豫州刺史の印綬がある以上は、そいつらが正しいと言われても仕方ない。


「汝南の支配者が代わったとしても、職務に忠実な徐蓼太守を失うのは認められん。危険が迫れば避難できるような手立てだけでも用意しておいてやりたい」


「でしたらそのように話を通しましょう。官として軍を差し向けるのは恐らく認めはしますまい、かの御仁は清廉で法に厳しく己を律するでしょうから。丁度汝南の功曹に許昭殿が就いております、あのお方を介して持ち掛ければ上手くゆくでしょう」


 あの人物評価のおっさんか、あまり関わりたくはないが俺に好意的なのは確かなんだよな。というかよくもまあ官についたものだな、それだけ徐蓼太守が真面目ってことか。


「なら典韋の奴を走らせるか、面識も付き合いもそこそこあって裏表がない、何かの罠と受け取られることもないだろう」


 詳細な取り決めには向かんが、こちらの考えを伝えるだけならこいつは適切だ。孫長官の伝令として動いていたことがあるせいで妙に顔が広い上に、関係性に嫌悪を受けていない。それとどこかで邪魔されたとしても易々とやられることもないからな。


「そう致します。詳しくは書に認めますので文若にお任せを。その方は下がって良い、ゆっくりと休み潁川へ戻られよ」


 伝令を退室させると、荀彧も部屋を出て行った。俺がすべきことを考えるんだ、冤州を改善するのは政治だから正直これ以上俺に出来ることは少ない。北の問題も俺が割り込むことではないな。となるとやはり軍務か。文聘らは州軍の管理に忙しいだろうからあいつを呼ぶか。


「誰か趙厳を呼べ、それと黒兵百を招集しておくんだ」


 腕組をして小一時間ほど待つと趙厳が姿を現したので、連れだって城の外に出る。すると重装騎兵百が待機をしていたので、一瞥すると自身も騎乗した。


「島将軍、どちらへお越しでしょうか」


「小黄南部、流民らの様子を見に行くぞ。運よく使えそうなのが混ざっていたら拾う」


 騎馬して少し、草原をあちらこちらと適当に畑にしてしまっているような広い場所に入り込む。あちこちから注目を受けていると、老年の責任者が近寄って来た。


「おお、これは島将軍に趙厳様。どのような御用でありましょうか」


 趙厳様か、そういえばこの流民の傷病者を援けて入境させるように命じたのは趙厳だもんな。恩義を感じているんだろう。


「ただの視察だ気にするな。何か困っていることはないか」


「食糧もあり、畑もこれから、治安も良く何も不足はございません。医療がやや足りずに、失われることが無くても良いものがあった程度でして」


 この時代だ、怪我も病気も即死亡に繋がる。それ以上に餓死が多いんだ、医療不足は気にもならんか。満足しているなら余計なことはしなくても構わんな。


「そうか。困ったことがあればいつでも申し出るんだ、県令にでも軍にでも、何なら俺に直訴しても構わんぞ」


「我等は皆が島将軍の郎党と仰っていただけました。されば主人である将軍にどうして直訴など出来ましょう。手順に則り奏上させて頂きます」

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