第343話

「渤海太守として南皮に屯して力を蓄えている様子。確たる証拠は御座いませんが、幽州牧劉虞の嫡子を捕らえた袁術殿と俄かにやり取りをしているとか」


「俺はあいつをどうしても好きになれんな」


「……それだけでなく、冀州牧の地位を狙っているとの話も」


 とんだクズ野郎だな、今度会ったらぶん殴ってやりたい気分だ。優柔不断で上に立つ資質もない上に、卑怯者だったか。それでも名家の出ということで持ち上げられるんだよな。


「韓馥殿はそれを嫌とは言わんだろうからな。だがそうされると多くの民が路頭に迷うことになりかねん。何とか阻止したいがどうしたら?」


「沮授殿や田豊殿が居られますので、拒絶なさるでしょう。より大きな困難が出た際には、相談いただけるように含めておりますので」


 最悪俺に丸投げでも良いってことだな、何せ韓馥殿に政治を任せておけば安心だ。そういう仁徳があの人にはあるし、多くが知っている。無理矢理にここを奪えば大きな痛手を被るぞ。でも心配だな、手練手管を用いて沮授らと離間する工作をするくらいはある、王匡の前例があるからな。


「袁紹が近くにいるとどうにも落ち着かんが、江南に飛ばせるだけの伝手があるわけでもないんだよな」


「揚州刺史に指名されたとしても赴任はしないと思われます。何せ中原こそが漢であると信じておられるでしょうから、域外には恐らくは」


 なるほど、中央思想か。名声があるならそれは正しいんだよな、能力さえ見合えばと思ってしまうのはよくないな。あいつが無能であっても、側近はそうではない。必ず躍進して来る。


「公孫賛はどうだ」


「右北平、漁陽、啄、中山、遼東と太守を抱え幽州牧よりもその実情は強いでしょう。幽州の北西部のみを劉虞殿が維持しているような形であります」


「それはまずいな、攻め込まれたら耐えられんのではないか?」


 元々領域が少ないのに、半分以上の支配を奪われていては対抗出来んぞ。性格も大人しいと聞いているし、息子が拉致されているってのもさっき言ってたよな。


「嫡子が居られる袁術殿のところに兵を送ってしまっているので、状況は厳しいのですが、もし正面より衝突でもしようものならば烏桓族や鮮卑族が救援に乗り出すでしょう。何せ公孫賛殿はそれらの族を排除しようとしており敵対的、徳で治めようとする劉虞殿とは良好な関係ですので」


 自力では無理でも周りが助けるか、この前そんなことを言っている奴が居たよな。正しい行いをしていれば周りがそうやって支えてくれるって、なるほどな。


「袁術はどうしている」


「南陽郡は宛県に座して、長安を窺っている様子。豫州刺史の印を孫賁殿から取り上げ、その兵らの多くも没収したとか。孫策殿の傍には殆ど側近も残されず、黄蓋殿も程普殿も宛に留め置かれています」


 こちらから支援をつけてやっていて本当に良かった。今の段階では袁紹よりも袁術の方が腕前が良さそうに感じられるな。


「だからと袁術が長安に登ることは決してない。こいつは予言だ」


 何故かって? 決まってるだろ、あいつは自分が皇帝になりたいんだよ、偽皇帝という最悪のイベントの主役だからな。例によって理由は明かせない、それでもこれについては荀彧も概ね同意のようだった。


「そのように思われます。孫策殿には万が一の際には丹陽郡へ避難するようにと伝えております」


「危険さえ回避できるならば何でも良い、その後に俺を頼るようならば必ず手を差し伸べてやる」


「御意に」


 あいつはもう仲間だからな。自分の足で進みたいならばそれを助けてやるし、共に歩むというならば俺はその意志を認めるぞ。まああいつなら前者だろう。


「曹操はまだ東郡か」


 というのも変な話だよな、何せ冤州の領域だぞ。本来なら曹操が冤州をまとめる地位になって、青州黄巾党を配下にしたんだよな。こちらに伸びることが出来ず、かといって袁紹とぶつかりもせずか。まてよ、こいつを利用は出来ないか?


「東郡で賢人、武将を募っているようです。かなりの人材が集っているとか」


「なあ荀彧、曹操を劉虞殿の補佐に出来ないだろうか。あいつなら公孫賛と戦えば勝てるはずだ」


「曹操殿をですか」


 目を閉じてもしそうなったらを想像している、俺の中では余裕で勝ちなんだよ。それにあいつも近くにいると落ち着かないんだよ、何せ優秀過ぎてな。


「ここでは手狭と考えればきっと動くでしょう。幽州だけでなく、より西の山岳地帯の併州まで手を伸ばすかもしれません」


 山の中か、それは別にいいんじゃないか? ちなみに一度俺はそのあたりを行軍したことがある、人口密度はかなり低いぞ。どうやって赴任させるかだな、太守の転任か。東郡をどうするかも含めて考える必要があるぞ。


「曹操さえ異動になるならそれでいい、東郡があいつの影響下であってもな」


「……我が君、劉虞殿と親交をお結びください。その上で曹操殿を招聘させるのです」


「当の劉虞は認めるものか?」


 そのあたりの感覚は全くない、二人の相性も知らんぞ。というかこっちの勝手な都合であれこれ出来たら世の中こうも荒れていないだろうしな。


「直接軍事指揮を執ることが出来る者が殆ど居ないのです。連合軍の参謀でもあり、司令官でもあった曹操殿ならば劉虞殿も欲しがるでしょう。我が君が手放さないと冤州から出さないと言うならばともかく、逆ならば話も通ると愚考致します」


 そういうものなのか? こいつが言うならそうなんだろうな。となると曹操が何思うかってことだ。そのまま異動で目があるならば飛びつくが、太守の方が有利ならばアレコレ言って動かんだろう。


「もし異動するならば太守の後任は曹操の指名を採るとしよう。そう知れば俺が追い出そうとしているのも解るはずだ、釣り合いが取れて向こうがやや得ならば苦笑いして従うさ」


「それでしたら文若にお任せ下さいませ、必ずや手筈を通してご覧に入れます」


「うむ、任せる。俺はその間に朱儁将軍と会って来る、典韋だけ連れてくがいいか」


 知恵袋が数日不在ではあるが、俺だってこれだけ道筋がきまっていれば一人で歩けるさ。楽をし過ぎるとよくないよな。


「そのように」


 話すべきことは話した、後はやってみてどうなるかだ。何はともあれ俺は千の供回りを連れてここを離れることにした。


 郡県を越えるのは容易いことで司隷へ入るのに河内との境では何の検問もありはしなかった。一つ言えるのは陳留の側でも同じように関所も何もなったということだ。必要ならば後に設置するさ。軍旗を示しながら中牟県に入ると、朱儁軍の斥候に出くわした。


 友好的な姿勢で朱儁将軍へ直ぐに連絡を入れるようにと言い、先導役を一人残せと要望を出すも喜んで受け入れられてしまう。立場が逆ならどうかと少し想像すれば、まあそんな感じで応じるだろうと納得した。県城の防備は固く、城壁には警備の兵士がそこそこ立っているのが見える。


「付け入る隙が無さそうで何よりだ」


「兵士が多いすね親分。この辺は他に大きめの県もなくて、西へ三日の距離で榮陽県か、南へ三日の宛陵県、んで北へ二日の陽武県だけであとは小さい郷ばかりだ」


 ふむ、ちらほらと知っている名前が増えたものだ。戦略的には防衛しやすく、戦術的には下手をしなければ圧倒的有利、普通の動きを出来るならば危なげないわけか。攻めずに迂回された時に困る位なんだろうな。


「無事でいてくれるならそれでいいさ」


 軽く切り返してしまい入城する。兵らの武装は良好、血色も良い。物資には恵まれているのが伺えるよ、各地からの援助があるんだろ。内城へ上がると文武の官が並んでいる、だが見覚えがあるのは一人もいないな。銅印ばかりか。


「島殿、よく来てくれたな! いや、久しい」


 南陽の黄巾賊を相手にした時の記憶しかない、そりゃ久しぶりってなるよな。人柄はかわってなさそうだ。


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