第342話

 智者の助言を目一杯もらえたらと思ってるよ。俺が誇れるのは戦略、それも戦闘面での何かだけであって政略方面の争いが絡むと全くもって弱いぞ。


「冤州、豫州における地位を確立なさいませ。そうすることで力を蓄え、董卓政権に対抗するのです」


 冤州だけでなく豫州もか、順番を変えるだけで最初からそうだったもんな。ということはだ、これだけアレコレとやっても中期的な方針自体に変更はない程に絶対のプロセスなわけか。


「仮に二州を影響下におけたとしてだが、その後の展望は?」


 中央政府へ向かうのか、より外へ向けて進むのか、それが解るだけでも各所で判断が変わって来る。


「幾つかの分岐点が御座います。長くなりますが」


「全て聞こう。そうすることで俺とお前の齟齬が減るならば、何日かけても構わん」


 真面目な顔で、本心からそうだと瞳を覗き込む。荀彧は「承ります」拱手して首を垂れる。要点だけを簡潔に求める奴だっているだろう、だが性格でな色々と知っておきたいんだよ。


「まずは概ね現状のままで時が推移した場合でありますが、盟主をたてて政権に挑みます」


「反董卓連合軍の再来か。前と同じ失敗をするのではないか?」


 次があったとしても袁紹が盟主にはならんだろうが、烏合の衆が群れても良い結果は産まれんだろうことは良くわかったからな。


「少なくとも全軍総司令官に軍権を委任するような形を作るべきと提案致します。諸侯は指揮官と兵員、そして糧食を提供する義務を。総司令官は勝利する責務を得ます」


 軍と政治を切り離すか、果たして海千山千の狸共がそれをヨシとするかな。仮定の話に対して文句をつけるのはやめて先を進めるとするか。


「うむ。では次の想定は」


「董卓政権が肥大化し、地方政府もある程度従い始めているならばでありますが、武力では対抗せずにこれを受け入れて朝廷闘争に移り変わります」


 俺では到底無理な案件だ、となればこの場合は圧力をかけられている州を助けるような動きを求められるわけだな。敵がある時支援対象になる可能性もあると覚えておくべきだ。


「こちらに極めて不利な状況だと認識する。敵の敵は味方という理論が生きてきそうな話だ」


「そのようになるかも知れません。ゆえに可能な限りこうならないような行動をとるべきと愚考致します」


「だな。他の想定を」


「朝廷が孤立し、各地で群雄が割拠し、道理が引っ込み暴力が横行する世になれば、持てる力を増やす為に諸侯と外交を繰り広げ領土を拡大致します」


 群雄割拠の戦国時代だな、確実にそこに行き着く。その時、劉協はどうしているか。細々と長安で暮らしているんだよな、利用価値が低くは成ってもなくなることはない、何せ皇帝だ。


「恐らくはそうなるだろう予感はしている」


「我が君がそう感じられるのでしたら、きっとそうなるのでしょう」


 変な買いかぶりはよせよ。ちょっと未来を知っていてズルをしているだけだからな? 乱戦になってうまくやり取りできるかは未知数だ、前は相手が大きいは数が少なかったからな。


「実はそうなる前にもう一つ挟まると思っている」


「といいますと?」


「董卓が死んでその相続争いが起こる。朝廷は乱れ多くのものが血で血を洗う凄惨な時を過ごす。全土が統制を失い更なる不幸が皆を襲い、最悪文明が後退する程の波が伝播するぞ」


 真剣そのものの予言を下してやる。知ったからとどうにもできない天罰、人の力では祈るしかないような地獄。


「ぶ、文明の後退でありますか」


「書は全て焼かれ、敵とみれば誰であろうと殺し、賢人は世を捨て山に暮らし、道徳は河に流され、他者を信用しない世。だがそのようなことから守るために刺史や太守が存在する。少なくとも、俺は抗ってみせる」


 諦めてなどやらんぞ。流す血がどれほど増えようとも、屍に座し泥をすすってでも未来をこの手に握ってやる。


「どうぞこの文若を存分にご利用くださいませ」


 そうえいば董卓の後釜は李鶴と郭汜だったな。ちなみにどんな奴らかは全く知らん。


「仲間割れに乗じてこちらも割り込めればいいんだが、距離がな。どうしてもことが起こったのを知ってから動いては間に合わんし、近くで待っているわけにもいかん」


「左様で御座いますな。後継者争いですが、董旻殿や牛輔殿の親類と、胡軫殿や徐栄殿の西涼派閥の分裂になりましょうか」


 朝廷の高官らの目はこいつの目から見ても既にないんだな、まあそうか。


「いや、李鶴と郭汜ってのが伸びる気がする。そこからは雨後の筍のように、ぽっと出の名前が上がって来るぞ」


「李鶴殿と郭汜殿でありますか? その両名は、牛輔殿の下の騎督でしかありませんが」


 うん、そんな下っ端なのか? 騎督というと北瑠のような立ち位置だぞ、それも両手で数えても足らん位のなかの二人だ。何でまたそんなのが急伸したんだろうな、その理由はわからん。うーむ。


「何故かは俺にもわからん、ただそう思っただけだ」


「それが、天啓というものかも知れません。我が君がそう仰るならば、その者らを監視致しましょう」


 俺が白いものを黒だと言っても認めるようではいかんが、今回は黙って見逃してくれ。


「中長期の展望は把握した。では目の前の仕事だが、朱儁将軍だな」


「中牟県へは僅か二日の距離であります、有機的な繋がりを求められるでしょう」


 あちらの方が上官だものな、だからと従う必要もないわけだが、どうしたもんかね。人柄は好ましいんだが、あれを上に置いては往生すると張貌も言ってたからな。


「敬意は払っても指揮下には入らん。支援はしても共同はしない。求められても求めはしない」


 三つの想いを断片で口にする。荀彧は大きく頷き言葉を小さく何度も繰り返している。飲み込んだところで目を開けた。


「中牟で会談を行い、諸侯らにも支持を訴えさせる。ですがこちらは冤州のことで手一杯、直接は助けることはできないとお断りをする。朱儁殿にもこちらがどうしたいかを察して頂ければ、少なくとも邪魔をしない存在だと認識いただけるでしょう」


 認知戦だな、この時代でどう表現するかは知らんが、心の戦いだ。二人での会話が世間に広がるような何かは要るな。


「河内といえば王匡太守はどうしている」


「執金吾であった娘婿を切った後に気落ちしてしまい、懐城に籠もっていると聞き及んでおります」


 謀略で心を失ったか、長くはないな。王匡は軽挙していたが、それでも形は董卓に反対すると動いていたんだ、官を辞して隠遁する位は認めてやりたいがそうもいかんのだろうな。


「そうか。何とか朱儁将軍に河内を支配してもらいたいが難しいだろうか」


「河南尹を破りはしたものの、洛陽入りをして直ぐに引き返しております」


「そこまで行けたのにか、何故だ?」


 そうか、首都の奪還を果たしていたのかやるじゃないか朱儁将軍。その時、後援できていればこんな悩むことも無かったんじゃないか皆が。


「董卓が洛陽を焼き払い、荒れたままでしたので軍が駐屯すること叶わずでして。温県には徐栄軍団らも居て危険なので、河南尹を後にしました」


 王匡がしっかりとしていたらここまで下がらずにすんでいたのかも知れんのか。袁紹の奴が色々と引っ掻き回している結果だが、あいつはどうしている?


「袁紹は」

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