第338話
なに、大頭目だって? じゃあこいつらを切っても終わりじゃないのか……ん?
「そう言えばそうだったな。お前達も俺の邪魔をするのか」
懐かしいと評していいだろう、随分と前に出会って酒を酌み交わした顔を見て最初の言葉がこれとは情けない。
「民は疲弊して助けを求めている。だというのに政治は乱れてずっとこの有様だ。冤州刺史も、任城の太守も、それ以外でも多くの奴らが死んでる」
「何が言いたいんだ昌稀」
泰山の賊と言えばこいつらだものな、いつのまにか大頭目とは恐れ入ったよ。黄巾賊らも黙って注目しているな、スタミナ回復にはなるが。
「冤州刺史を継いだと聞いた。冤州はどうなる」
「……陳留の一部、済北、そして任城は俺が変える、だがそんなものは通過点に過ぎん。臧覇、俺は漢という国そのものを変えてみせる!」
そうしなければ劉協を救うことが出来んからな。よし呼吸は整った、あの二人を同時に相手にしてどこまでいける……だがやるしかない。臧覇がもう一歩進み出て来た、腰の剣を抜いて空に掲げた。
「島介は泰山の、俺の客人だ。これ以上争うのは許さん!」
そういえば、そんな話だったな。すっかり忘れてたよ。賊共が動揺しているな、なにが起こっているのか解らんのは俺も一緒だ。
「もう一度だけ聞く、これが最後だ。頭目の座を受け取る気は無いか、あんたなら信用出来る」
「頭目は臧覇、お前だといっているだろ。邪魔をしないならそれだけで構わん。約束する、まず冤州から変えてみせると」
じっと視線を交わす、その間微動だにせず言葉を待った。四頭目も、趙厳も、徐文嚮も。
「……兄貴が冤州刺史なうちはこいつらを押さえておく。だが長くは待たんぞ」
「俺はお前みたいな弟を持った覚えはないんだがね。悠長にやってくつもりはないさ」
それはそれとして四頭目らだ、そちらを睨んでやり「お前達はどうだ、まだやるつもりか」今ならもう回復している、こいつらをまとめて相手にするくらいは出来るぞ。
「いや、その、大頭目の兄貴分で?」
「だからそんな弟は知らんと言っているだろ。俺は、陳留の孫羽将軍の後継者、恭荻将軍島介だ。一度結んだ約束は、何があろうと絶対に守る」
「げぇ! あの孫将軍の……」
皆が皆知っていろとは言えんが、相変わらずのネームバリューだな。俺にあるのは愚直なだけの正直さだ、どれだけ不利になろうとも約束は絶対に守る。
「俺らはちゃんと暮らしていけるってんなら別にそれでいいんで」
「では民らにあまねく伝えよ。島介が居るうちは冤州での不義は許されんとな。だが必ず希望を持たせてやる、俺は決して諦めん」
頭目らが消沈して黙ったところで、伝令を出すように趙厳に命じる。何と無くこの場に留まっているだけでは間がもたないとか思うのは俺の勘違いかね。
「なあ臧覇、折角来たんだから手合わせでもするか?」
「やめとくよ、俺じゃ兄貴に敵いそうもないからな。そのくらい見たら分かる位にはなった」
「そうか。そんなこともないと思うがな」
頭目らを始めとして黄巾賊らの供回りが懐疑的な顔をしているが「俺と昌稀を同時に相手にして勝ったクセに良く言うよ。こんなところで安目を売らせないでくれよな」腕自慢で鳴らしているのかは知らんが、ぎょっとしたやつらが多かった。ふむ、安目ね。
「ところで何でまた賊なんてしてるんだ、あれから随分と経つが」
伝令が行き届くまでは雑談をする、内容があまりにも濃いとは自身でも思うが。害意はもう消えている、敵意を抱く奴らが皆無とは言わんが、そこは護衛兵らが受け持つさ。
「こいつらが大頭目などと勝手に呼んでるだけだ。黄巾党を鎮める為に徒党を組んでいたんだが、そのうちそのものになってな。徐州の陶謙に誘われてどうしたものかと考えているうちに兄貴のことが耳に入った。会ってみて頭が硬直してたらとも思ったが、どうやらそんなことも無かったようで何よりだ」
「ほう、そういう流れか。徐州の陶謙か、名前は聞くが詳しくはないな。泰山の流民は陳留へ向かうように手配した、お前らも来たければいつでも来い。それと冀州から食糧が届いているはずだ、済北の張遼に話をして分け合え、次の収穫までの慰みにはなるだろ」
この数相手にどれだけ意味があるかは知らんぞ、そういう姿勢ってことだ。適当に布切れにメモをして恭荻の印を押してやる。それを受け取った臧覇が笑う。
「ったく、もっと早くに冤州に居たらと思うよ」
「こっちも最速最短で駆けてるんだ」
「いいさ、徐州行きは見合わせとく。おいお前ら、暫くは我慢して暮らせ。半年だ、それである程度の結果を見せてくれよな」
「それだけ猶予を貰えるとはな、出来ませんでしたとは言わんよ」
伝令が近隣の争いを全て止めて回ったのでそろそろか。趙厳に兵をまとめるように命じて、撤収作業をさせる。
「任城に向かうぞ。じゃあな臧覇、昌稀もな」
軽く右手を上げると西へと進路を取る、途中で荀彧、文聘らと合流した。事の次第を大まかに聞いていた二人だったが、特に文聘は驚いていた。
「将軍が大頭目の兄貴分とは知りませんでした」
「そいつは俺も初耳だったからな。でもまあ、そんなこともあったな荀彧」
「まさに王覇論の体現であります。文若、感服致してございます」
うんうん、と頷いている文聘、趙厳だが俺にはさっぱりだぞ「なんだそれは」例によって思ったことは口にしておく。
「我が祖先の荀子の思想で御座います。絶対正義を貫き、味方を増やして争わず。王ではない者に覇を認め、領土を増やさず支持者を得て、王者の政治を目指す姿勢。やはり我が君は我等荀氏の求める人物で間違い御座いません」
「うーん。趙厳、甘寧には二日後に防備を解いて合流するように伝えておけよ」
「承知致しました」
話題を逸らしてしまう、そしてそう言えばと思い出した。きょろきょろと探したがすぐ傍には居ない、少し後ろに下がって付いてきている姿を見付ける。
「荀彧、瑯耶の徴兵で引っ掛かった徐文嚮ってのを仮司馬にしてある。後で話をしてみてくれ、使えそうだぞ」
「それは興味深いことで御座いますね、畏まりました」
雑談をその位にして任城県へ入ると城へと向かう、任城軍が戻って来たと大喜びで迎え入れられて一つの終わりを体感する。それにしても済北にここ、陳留では随分な飛び地になるな。ああ、俺が直接支配するって考えが前提でだが、どんなものなんだろうなこれは。
今の今まで地続きではない支配なんて……南蛮と長安をしていたか。あれで出来るならこのくらい平気か。なぜか思い出した過去にふっと笑ってしまう。安全地帯が無いのが今後の懸念だな、まずは一歩を踏み出した、戦いはこれからだ!
◇
任城で広域の仕置きを調整している時だ、すっかり忘れていた話が再度持ち上がって来た。何のことはない、河内で挙兵している朱儁将軍の件だ。荀彧がやって来てそれについて聞かせて来る。
「朱儁将軍でありますが、郭汜、李鶴らの部隊を打倒できずに中牟に駐屯したままの様子」
「うむ。冤州にあって手助けも出来なかったが、こちらは武力面ではなく内政面の時期に入ることになるな」
やりたいことが山ほどあるんだが、せっかく立ち上がっている奴が居るのに無視するのはどうなんだ? 俺ではだめでも朱儁将軍の言葉になら従う奴も多いだろうし、董卓を倒すためには良い駒なはずだが。
「済北は治まり、任城はこれから、陳留は流民でごった返しているはず。それよりも一つ急ぎの案件が御座います」
「なんだそれは」
「我が君の立場に御座います。潁川太守と冤州刺史は両立しないため、速やかに潁川太守の後任を据えるべきかと存じます」
おっとそう言えばそうだった、南蛮と長安を両方支配していたのは異例中の異例だものな。かといって誰を指名したらいいのやら、正直太守クラスの人材はいないんだよ。
「荀悦殿じゃダメか?」
「荀氏は須らく潁川に本貫がありますので認められません。一つ勝手ながら提案が御座います、お聞きいただけるでしょうか」
畏まってそんなことを言うってことは、はたから見ればあまり良くない内容なんだろうな。だが進言するということは、それが一番俺に都合がいいからだ。
「もちろんだ」
「ありがたく。済北相に推挙すべく配した張遼殿を潁川太守に据え、済北相には我が父、荀紺を据えられてはいかがでしょう。さすれば河内の朱儁将軍を援ける際も、近隣に張遼殿が居て宜しいかと」
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