第337話

「うーむ、ならば仕方ないな。お前達、全て終われば大宴会をするから全員参加しろよ。これは命令だからな!」


 変な命令を出されてしまい、歩兵らが笑いながら承諾を返事した。騎兵らも一緒になって陣地構築を進めている、これで大分強化されるだろう。戦なんてのは下準備で右にも左にも流れていくもんだからな。陽が登ると黄巾賊がまた押し寄せて来た、交代で寝てはいるが若干の寝不足、それでも敵は待ってくれない。


 攻撃の圧力は数だけ、連携は取れていない。足場を高くして、外堀は掘り下げられ、見張りの櫓は数を増やし射撃の足場にもなっていた。なにより、寄せ集めだった兵らが連帯感を産み出したのが大きいな。


「趙厳、二時の方向……あちらだが、敵の部隊の間に溝があるのが見えるか」


 じっと指さす側を見詰めて「動きに差異があります」ようやくその狭間を見つけ出したように小さく頷いている。それがどうしたというのかまで考えが及び、その上でどうするかまで出てきて一流だぞ。お前にはこれから三年やる、李項のように育て。


「そこが集団の境界線だ、間はどちらに優先権があるかは知らんが対応が遅れる。その先にある集団、恐らく周辺の部隊へ指示を出す司令部のようなところだ」


 いわば旅団司令部のようなところだな、見えるどころか手が届く場所にあるのは時代が距離を克服していないからだ。視界に入る範囲しかまだ指揮出来ないんだろうな。


「もしかして一定範囲ごとに残してある小道は」


 陣地を作る際に、ある程度の距離ごとに堀を作らずに真っすぐ道を残した。防御の穴になるので、一つ曲がり道を作っていたりはするが、その利用方法に気づいたらしい、合格だ。


「逆撃路という。そこから攻撃隊を繰り出し、収容する。戻る時には多少の敵を引き入れて全滅させてもいいぞ」


「私に騎兵をお貸しください、あの司令部に一撃入れてみせます!」


「お前ならそう言ってくれると思てったよ。いいさ、行ってこい。ただし必ず戻れよ、これは命令だ」


「御意!」


 笑顔を残して趙厳は鎧をガチャガチャ言わせて幕を出ていく。じゃあ俺も出迎えの準備をしておくとするか。出撃の報告を耳にしてから徐に幕を出た。


「弩兵をこっちに寄せて置けよ、趙厳が戻るとこのあたりに賊が入って来る、歩兵も準備だ。負傷者の移送準備と医者の待機もだ、ほれ動け動け!」


 部将がするような仕事を自分でやってしまい、櫓に登る。といってもさして高い物ではない、一応そのあたりを一望できる程度の簡単なものだ。騎兵が司令部に突っ込んでいくのが丁度見えた。上手い事やったな、賊が混乱をしているぞ。


「なんだ?」


 乱れた黄巾賊に対して逆撃路から兵士を率いて反撃に出る部隊があった。そんな命令は出していないし、なんなら千人長らしい奴が報告を受けて慌ててるな。ところが反撃に出た歩兵は面白いように敵を駆逐している。


「おい、出撃の銅鑼をならせ! あの歩兵の援護だ!」


 櫓を降りると一足先に追っかけ出撃した歩兵隊の後ろに入り、防御陣地の外に待機する。張り付いている隣地区の賊にも側面攻撃を仕掛けて、大いに敵を撃破すると隊が戻って来る。千人長が「も、申しわけございません、勝手な真似を」真っ青になって謝罪して来た。


「歩兵隊長はどいつだ」


 騎乗したまま兵らを見ていると、アラサーの胸板が厚い男が進み出て来た。面構えが立派だな、こんな奴いたか?


「お前は」


「俺は瑯耶国茜県で徴兵に応じた徐文嚮」


 ふむ、道々徴兵した中の一人か、瑯耶ってことはまだ日が浅いな。それも官軍からの引き抜きではない、本気の農民からか。それにしては体格面で優れている。


「なぜ陣を離れた」


「北東で騎兵団が出撃し、暫くして敵の動きがおかしくなった。目の前の奴らが動揺しているので、部隊を率いて反撃に出ただけだ」


「こらお前、将軍になんて口のきき方をするんだ!」


 千人長がつばを吐きかけんばかりにしているが、それを片手で制する。


「文嚮とやら、お前はこれからも軍に居るつもりはあるか」


「俺には親も居なければ子もいない。瑯耶を離れて江南に行こうと思ったが、仕事につけるならそれでもいい」


「よかろう。功績には報いる、今からお前は仮司馬だ、幕に来い」


 そういうと陣へ引き返した。ふむ、徐文嚮では誰かわからんが、使えそうなやつではあるな。戦えるなら素性は問わん、趙厳の方も上手く出来たようでなによりだ。何とか一日、二日と攻撃をしのぎ切った。兵らにも疲れが見えてきているが、崩壊はまだ先だな。


「将軍、増援です!」


 櫓に登っていた兵士が遠くを睨んでそう叫んだのは三日目の朝だった。外に出て北西方面をじっと目を細めてみると『任城』という軍旗が微かに見えたような気がした。荀彧のやつ、上手くやってくれたんだな。ここが勝機だ!


「総員に告ぐ、これより攻撃に転じるぞ!」


 負傷者と陣を守るために僅か五百だけの兵を残し、全てを率いて陣を出る。この時の為に常に居場所を監視し続けた頭目らのところへ一直線進む。二カ所から攻撃を受けて黄巾賊は乱れる、反撃はしてくるが動きは統率されていない。守り一辺倒の集団が一カ所に出来た、頭目らが寄り添って防備を厚くしたんだ。


 これぞ望んでいた瞬間だ、四人を一カ所に集めて一気に粉砕する。防御陣形を取ろうとしているが荒い。斜めに騎兵を突き刺すと、そこから中央へと広げていき、歩兵を招く。五度それを繰り返すと、いよいよ頭目らの居場所がチラチラ見えるようになる。


「押せ、押すんだ!」


 声をからして叱咤する、兵らも必死に頑張った、疲れた体に鞭打って進みに進むと夕方になりかけた時にようやくたどり着く。間に合った、夜になれば逃げられてしまうところだったぞ。


「俺は冤州刺史恭荻将軍の島介だ、賊共の頭目は居るか!」


 名乗ってしまったよ、冤州刺史ってな。いいさ、もう後戻りはできない。ざわつく賊共から四人の大きな男達が進み出る、周りは下っ端ばかりだ。


「俺達に用事か、将軍ってのは随分と暇なんだな」


 孫観、呉敦、尹礼、孫康という名前だけ聞いているが、それがどれかはわからん。まあいいさ、首だけになれば関係ないからな。


「ふん、大仕事をする前の片手間の用事だ。あれこれ言う前に一つだけ尋ねる。お前達は漢の良民であろうとはせんのか」


 ただの盗賊じゃないんだ、こういう問いかけは必要だろ。無視はできないし、主張をすべきだからな。目線を合わせた頭目らの一人が代表して答える。


「そうさせなかったのはお前達、漢の方だ。民衆をゴミクズかのように扱い、財貨を集めては酒食を貪る堕落した奴らじゃねぇか!」


 俺自身に覚えはないが、そういうやからは山のようにいるからな。そういった被害者が集まっているのは理解出来る、だがそれを認めても仕方ない。


「更生の余地ありならば此度の乱行を大目に見てやらんこともないが」


「うるせぇ、そうやってまた騙す気なんだろ。構うことはねぇ、やっちまえ!」


 聞く耳もたんか、これも全て積み重ねだ残念でたまらんよ。攻撃を命じようとすると伝令がかけて来る。


「報告致します。北の山地から黄巾賊の大軍が現れこちらに向かっております!」


 くそ、東平にいたやつらだな、わざわざ山越えとはご苦労なことだ。北の空を見ると確かに土煙が上がっている、この時間を逃しては形勢逆転するな!


「目の前の頭目らを何としてでも捕らえよ!」


 死んでいても構わんが、冷静に話し合う余地は残したい。僅かな距離だが増援の報はあちらにも届いているようで、ガッチリと固まって進めなくなってしまった。西では任城の軍が攻撃をして数を引き付けてくれているが、あれをアテには出来んな。山塞の甘寧も守るので精一杯だろう、無理なら雛県へ逃げるだろうからそちらはいいか。


 俺が先頭に出たとしてもあそこまでは届くか疑問だ、確信が持てる距離まではわずか百メートルほどだというのにそれが届かんとはな。陽が傾いてきた、あと一時間は戦えるだろうが、間に合うか?


「おお応援が到着したぞ!」


 くそっ、早いな! 敵の後ろ、北側に最早やって来たらしい。黄巾賊が湧きたつ声が聞こえてくる、ダメだこれで合流されたら手が届かなくなる、やるなら今しかない!


「行くぞ、続け!」


 矛を握りしめて敵へ突っ込む。馬体で兵を跳ね飛ばし、矛で突いては身体ごと振り回してそこらへ飛ばしてしまう。端っこを握り大振りすると何人もまとめて張り倒して、グイグイと進むと四人の頭目の前二十歩ほどにまでやって来る。体力はあるがスタミナが限界に近いな、汗がしたたり落ちるのを無視して睨み付ける。


 手に手に武器を取ると、四人が身体をこわばらせてにじり寄って来る。俺も矛を両手で握ると内またに力を込めて馬上で構えた。


「俺は漢を諦めない! こんなところでしくじってなどいられんのだ!」


 まさに切り掛かろうといったところで、敵の兵が割れて二人の男が進み出て来る。四十路の二人組だ、そいつらが頭目らの間を通って目の前に来る。


「大頭目!」


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