第336話

 負傷者が居ればそれを守ってやりながら退いていく、本陣の歩兵らからは大喝采で迎え入れられた。これでこちらが強いというのを感じてくれたら幸いだよ。


 馬から降りて床几に腰かけると出された茶をすする。さてだからと言って黄巾賊が消え去るわけじゃないんだよな、大挙して押し寄せてきてるぞ。あの様子では戦闘力はさほどではない、だが数は力だ。多少を散らして、山攻めのやつらを抜いたとしても二万や三万は居るんだからな。


「敵が来るぞ、盾構え! 矛を突き出せ! 投射準備!」


 千人長らにより各所で命令が出されると、兵士たちが防御態勢を取る。雑兵ではこれを抜くのも難しかろうよ、問題は耐えていても仕方ないことだ。機を見て出撃して頭目を倒すぞ。


「蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉!」


 お馴染みのスローガンは何年経っても有効か、まあ南無阿弥陀仏とかそういうのと同じなんだろう。人間同士が激しくぶつかり合う、無論こちらは線を保ってはいるが無傷というわけにもいかん。後方で足を止めている集団、あそこに居るんだろうな。



21

 その日は黙って守りに集中、日が落ちると戦いをやめて少し後ろに下がって見張りを残して休息に入った。こちらも兵を手当てして休ませる、あちらとちがうのは飯を充分食わせてやれることだけか。幕に主な奴らがやって来た。


「我が君、今日は危なげない推移でした。明日は朝より苛烈な攻撃にさらされるでしょう」


「兵らは充分戦っていてくれた、これも文聘と趙厳が日頃から訓練を行ってくれていた結果だな」


 若い二人を褒めてやる、何せ事実だからな。少し嬉しそうな表情を見せるところが素直で可愛い奴らだ。さて俺は打開策を述べなきゃいかんぞ。


「張遼殿のところは問題なく防衛をしているようです。黄巾賊は今やこの平地の中にその多くが身を晒している最中」


「こちらに軍兵が居れば包囲してやるんだが、生憎と無い袖はふれん。当初の目論見通り、頭目を倒すことで衆を散らすぞ」


 騎馬で突撃したら抜けることはわかっているが、それだけで出来るもんかね。しくじれば四散するのはこちらだ、勢いや能力的には可能だが、頭目が姿をくらませて時間稼ぎをされたら体力が持たん。


「将軍、元方先生ならばここで徳を示されるでしょう」


 趙厳の言葉をじっくりと咀嚼する。それは荀彧も同じようで何かを考えているな。舌戦ではないぞ、黄巾賊、いや黄巾党が怒りを収める何かを突き付けてやれってことだよな。農民に戻ってくれればそれでいいんだ、それが出来ないこの状況を変えてやれれば。


「うん、何だ?」


 静かだった外が騒がしくなり近侍が「伝令騎兵が参りました」すぐに通させると、見掛けない武装の若者が息も絶え絶えでやって来た。あちこちに矢傷刀傷があり、顔色は悪く真っ青。


「お名乗りを」


「恭荻将軍に拝謁致します! 某、冤州刺史劉岱様の配下であります。今より二日前、冤州様は東平国は成県で黄巾賊と交戦中に討ち死になさいました! 官軍は敗走し、大混乱を起こしております!」


 それがどこかが俄かに出てこなかったので「ここと済北国の間で御座います」荀彧を見ると簡単な説明をしてくれた。なるほど、あの小山の先にも黄巾賊が居るわけだな。こいつは参ったぞ。いうだけ言うと伝令がその場に倒れてしまう。


「手当てをして眠らせてやるんだ」


 側近の兵が数人がかりで医者の所へ連れて行った、見事役目を完遂した伝令に敬意を。


「我が君、ここが正念場の様子」


「ああ。俺と合わない奴らが消えた、ここで大きく勝ち抜けば冤州は治まる。だが逆に今が一番厳しい」


 これこそ大一番だの天王山だのいったところだな。だが国家で発言力を得ようというならば、この位の窮地は抜け出せんで上手く行くわけがないぞ!


「一旦距離を取り、兵力を糾合して後に再度向かっても失敗ではありません」


「それはわかっているさ。だが荀彧、聞いて欲しい。俺は回り道をしている暇なんてないんだ、今もあいつは悪意と敵意にさいなまれて生きている。少しでも早くに解放するためには、こんなところで退いてなどいられん。我がままで済まんが付き合ってもらいたい」


「ああ、私が間違っておりました。我が君の心の痛みを見て取れぬとは……冤州刺史をお名乗り下さい。これも乱世の習わし、席次が空いたならばそれを利用すべきです」


「刺史を? 劉岱の幕僚の誰かが継いだりしてるんじゃないのか?」


 孫堅の甥っ子が引き継いだように、印綬持ってる奴に優先権があるんだろ。そういうルールについて詳しいことは何十年経っても解らんままだ、学が無いんだよどこまでいっても。


「冤州府には当然でありますが冤州殿以上の官は存在しません。翻って冤州で鎮賊勅令軍を率いる我が君は、現在州の広域で活動をしておられます。ましてや黄巾賊と激しく争っている最中、その上で孫羽将軍の影響力が薄れる前にと動いた次第。ここでこの宣言を越えられる者は冤州には御座いません」


 はったりを貫き通すわけか。今何処かの誰かに遠慮したってどうしよもないからな、確かにふかしを入れる位は手の内か。そんな肩書を名乗ったところで特に有利にもならんだろうに。


「わかった、では俺は今から冤州刺史を兼務する。それでいいな」


「御意に。すぐさま冤州各地に早馬を出します、任城を発信元にし鄭遂殿の憤死も共に報せ、兵を引き継ぐ旨も」


「なるほど、まずは目の前の兵力を糾合するか。だとしたら任城の伝令は麾下の一般部将とはいかんな」


 この一大事、はったりをきかせて兵も統率してか、そんなことが出来る奴を俺は一人しか知らん。


「荀文若にお命じください。必ずや黄巾賊の側背を衝き、隙を作ってご覧に入れます」


 目を閉じて大きく息を吸い込む。わかっているさ、お前に頼るべきだって。出来るかできないかじゃない、やるんだ!


「荀彧に命じる、任城県へ赴き各地に冤州刺史の継承を発信しろ。その後は城兵をまとめ敵を衝け」


「ご命令確かに賜りました」


「将が必要になる、文聘を連れていけ」


 言われて文聘が一礼する。荀彧も畏まりそれを認めたな。となれば俺がやるべきは一つだ。


「こちらは俺と趙厳の二人で仕切るぞ、いいな」


「はい、島将軍!」


 こいつなら充分可能だ、丸々一日は完全に守り一辺倒になる。ここでどれだけ損失を抑えられるかがカギだぞ。


「時は一刻を争いますので、直ぐに出立致します」


「うむ。黒兵百を護衛に連れていけ」


 敵の多くは北側に居るので南側はほとんど姿が無い。公丘城との間に身を置いて挟みうちに合うのを警戒しているんだろうな、こんな数で全てとは思ってないんだろうさ。実際あちこちの城には兵が居るんだ、結構な数を残してきてるからな。


「遊んではいられんな。後方で待機していた騎兵らに招集をかけろ、土木工事をするぞ」


 荀彧らが出て行った後に黒兵を始めとして騎兵を全て集めた。歩兵らも何があったのかとこちらに興味を持っている。雑多な工作具はあちこちで仕入れてきてるから、そこそこの数があるんだよ。


「ここから数日は激しい防御戦闘が想定される。陣地構築を行うぞ!」


 なぜ歩兵ではなく騎兵を集めたのかと訝し気にこちらを見てる奴らも居れば、当然だとの顔の奴もいる。騎兵はいわば上級兵種だ、そんなことなど歩兵にさせれば良いとの意識を持っているのが多かったのは事実だぞ。


「貴様等、島長官の言葉が聞こえんかったのか!」


 数が少なくはなったが、それでもまだ百や二百はいる黒兵が同僚に迫った。命じられ嫌そうな顔をしたのを咎められ、どういう態度を取るべきか一瞬だけ迷ったが「も、申し訳ありません!」すぐに謝罪した。


「構わん、俺が気に入らなければいつでも挑戦して来い。だが、そうでなければ命令には従え、それだけだ」


「よ、喜んで従わせて頂きます!」


 挑んで来る気概がありそうなのは張遼と甘寧だけだからな、まあやって来るならそれはそれで歓迎するぞ。騎兵にスコップのようなものや、斧やのこぎりを持たせると外周の工事をせっせと始める、俺だってスコップで堀を作るのに必死だ。作業を始めて直ぐにだ、歩兵らが集まって来た。


「あの将軍、オレらは?」


「お前達は昼に戦いをしてるんだ、休んでおけ」


 ざわざわして左右をみている歩兵が、どうしたものかと困惑している。そのうち「将軍、それはやりますんで貸してください」あちこちで夜間作業をすると自発的に申し出て来た。すると趙厳が「将軍がおられると働きづらいのでは?」半笑いでそんなことを言ってくる。


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