第335話

「親分、任城の軍は使えないのか?」


 んー、どうなんだろうな。太守が敗北して散っているだろうし、逃げ込んだ奴らを引っ張り出してもどこまで戦えるのか。あやふやなことはやめておこう。


「自衛で精一杯だろうな。残念だが大坪郷では難しいか、ここは大事をとって公丘に居座ることにしておこう」


 この県城なら力技では押せんからな、山から十五キロないし二十キロとやや離れてしまうが失敗するよりはいいか。相手を見てから動いても間に合うから良しとするか。


「それが宜しいかと。沛国相は具恭殿です、増援を依頼するのも良いでしょう」


「そいつを全く知らんが、どうなんだ?」


「陳国出身の道理を弁えた方ゆえ、勅令軍への提供ならば飲まれるものだと確信しております」


 潁川の隣だから知っていたんだよな? そうしろと勧めているんだから目があるんだろきっと。


「では協力を要請するんだ。公丘では距離がある、甘寧が孤立するとこちらも困る、四千に増員して最悪でも一か月は陣取れ」


「籠もるだけならメシさえあればいくらでも。でもそれじゃ解決しねぇんだよな」


 そうだな、いつかは正面衝突する必要があるんだよ、春が来る前にそうしたいものだがね。どれだけ遅くとも麦の収穫前に終わらせないと大混乱をおこすな。


「島将軍、その沛国への使者、私をご指名ください」


 暫く何かを考えていた文聘が名乗りでる。誰かを派遣しなければならんが、下っ端というわけにもいかんからな、文聘が行くならそれはそれで助かるが。どうだと荀彧に視線を送ると、小さく目で頷いている。


「そうか、では文聘に任せる。作法様式については荀彧に聞いて行動しろ」


 俺はそういうことは一切知らんぞ、何せ大体の勘でやってきてるんだからな。それにしても兵力不足を起こすとは情けない、あれか、目的を達する為には容赦なく地方から兵士を徴用してくるのが流れだったのか? 俺はそれを好まない、結果こうなったのは飲むしかないんだよな。


「なるようになるさ、大将が何でもかんでも一人でやらなきゃいけないわけでもないだろ」


 そんなことを言ってくれるな、強く言い返せないのがやれやれといったところだ。甘寧の部隊を見送ると平地に監視の小部隊を散らして公丘城で時間が流れるのを待つことにした。二十日ほども過ぎた頃だ、ついに大きな動きがみられた、黄巾賊が甘寧の山塞に攻撃を始めた。


「留まっているのにも限界が来たのでありましょう」


「緩い監視と半包囲ではあっても不安はあるからな。それに食糧の消費は向こうが激しい、このままというわけにはいかんだろうさ」


 だからこそこうやって待機しているたんだ。それにしても具恭太守、僅か二千の兵士か送って来ないとな。他人をたよりにするのが間違っているのを痛感したよ。頭目らの居場所だけは常々監視させていたが、そいつらはまだ動いてないそうだからこちらも待機だ。


 競り合いが続き三日、北の小山から一団が公丘城の方へと進んできたと報告が上がる。ついに来るべき時が来たってとこか。


「総員に下命、武装待機だ」


 俺自身も鎧を装備すると城の広場へと出る、そこには多数の軍兵が不安そうにこちらを見上げていた。正規兵の半数は平然としているが、後は顔色が悪いな。赤兎馬を曳かせると、矛を手にして飛び乗る。


「聞け! 我等勅令軍は漢を侵食している黄巾賊を打ちのめす為、これより出撃する。食い詰めた農民が、雑多な道具を手にして群れているだけだ。だが、乱を起こすならば全て敵とみなし斬る! 目標は黄巾賊の頭目らだ、俺について来い。ゆくぞ!」


「島将軍! 島将軍! 島将軍!」


 黒兵らが率先して士気を上げて連呼する、強壮な姿をみて他の兵らも頷くと声を出す。徴発したものもあったので武具は充足している、徴兵された奴らにも行き届くほどに。城門を開かせ、城を県の守備兵に託すとだだっ広い平地に八千の兵力で飛び出す。


「まずはこちらが強いということを知らしめる。文聘、騎兵を引き連れ賊の先頭集団に並走し射撃戦を行ってこい」


「承知! 騎兵隊は射撃戦用意、私に続け!」


 適当な場所まで歩兵を連れて来ると中央が前に出る傘のような陣形を組む。荒れ地や小山が僅かにある、一方だけが通行不能になるように小川も利用してだ。騎馬の足は速い、直ぐに賊と近接した。


「賊を左方向に捉え並走、騎射を開始!」


 数百の騎兵が思い思いに馬上から射撃を行う、実はかなり難しい行為なので狙うのは相当な熟練者でなければ定まらない。今回に限ればある程度の範囲内に向けて射るだけなのでそこまででもないが。


 一方的に撃たれ続けるので一部の歩みが極端に遅くなる、そんなのを無視して平地を縦横無尽に駆け巡り射撃を繰り返す文聘ら。そのうち陣に戻って来る。


「矢が切れたので戻りました!」


「補充して馬を休ませもう一度出ろ」


 まだまだ距離はある、歩けば四時間や五時間はかかるところが馬なら三十分で充分。ということは相手次第であと二度は襲撃可能だ。兵士にも水を飲ませてやるが、怪我をした者は一人もいなかった。わずか十分の休憩で再度騎兵が出撃するときには、歩兵らから歓声があがった。


「いけー、頑張れ!」

「一人も脱落するなよ!」

「応援しか出来んが、戻ったら感謝させてくれよな!」


 激励を受け取ると騎馬を進ませ、突出している部隊を狙いって矢の雨を降らせてやる。時折石や槍が飛んできたが、いくらでもかわす広さがあったので命中することはなかった。また矢が無くなるまで撃ち続けてから帰還。今度は行けば帰りはここが接敵状態になるだろうな。


「よし、文聘はここで歩兵の指揮を行え。騎兵は俺と出るぞ、接近戦用意! 趙厳、ついて来い」


「はい、将軍!」


「親分、俺も!」


 背に大きな『島』の軍旗を括りつけ、護衛小隊を伴った典韋も騎乗して続く。歩兵らの熱い歓声を受け、三度目の出撃。もうあちこち姿がはっきりと見える位に近づいてきている。


「趙厳、先方の部隊指揮官の居場所はどこだ」


 目が良い奴らを数名連れて先頭に躍り出ると距離を進む、人間の集まり具合を見定めて、誰かを守るかのような動きをしている箇所を見抜く。


「将軍、あの一団に指揮官が居ます!」


 指さす先には他より僅かに厚めの層で動いている集団があるように見えた。なるほどな、あいつか。矛を掲げると「あいつの首を狩って戻るぞ、続け!」大声を出すと馬を走らせる。真っすぐに指揮官へ向けてかけると、間に割り込んで来る部隊が出て来た。


「邪魔だ!」


 矛を振り回して真っ正面粉砕してやると、黒兵らが左右から進み出て道を確保した。雑兵、それも農民兵などなんの障害にもならんぞ! 趙厳が進み出て突破口を開くと、そこへ後続が突っ込んでいき更に奥深くへと食い込んでいく。


「何をしている、食いとめろ!」


 あちこちに命令を下している男を見つけると、俺も赤兎馬を進めた。近づいて来る奴らを一突きで距離を詰めるとそいつと目が合う。怖じ気付いたか。矛を大振りして三人の賊を跳ね飛ばすと、出来た隙間に強引に馬体を喰い込ませた。


「覚悟しろ賊徒共が!」


 近寄る全てを切り倒し、指揮官に接近すると一合とせずに一瞬で胴体と首を切り離した。賊らがザワっとするのを見逃さず「賊徒の指揮官を島介が討ち取ったぞ!」そういうと騎兵も大声をあげた。賊らは動揺して四方に散って逃げていく。


「追うな! 趙厳、隣の集団に突っ込むぞ」


「御意! 行くぞ!」


 この場で戦力から外れた奴ら等放っておけ、敵意があるのだけを相手にするんだ。馬首を右に翻して、飛び出している黄巾賊部隊に横から突っ込んだ。抵抗はあったが陣形も何もない、ただ力と力がぶつかり合うだけ。騎乗している身なりが他とは違う奴を見付けると、一直線そこに食い掛って行く。


「反乱軍は島介が撃滅してくれるわ!」


 バンバン切り倒していくと、背を向けて逃げ出した指揮官に追いつき、後ろから一刀のもとに切り捨てる。


「部下を置いて逃げる卑怯者が! 島介に挑戦するやつは前に出ろ!」


 矛を突き付けて睨んでやると、前衛の賊らが逃げ出していった。話にならんな、だが騎兵らに疲労がたまっているか、一度休ませてやるとしよう。


「よし、戻るぞ。速やかに撤収だ!」

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