第333話


 俺は炳原をたたせてやる。気難しいと思っていたが、そうでもないんだな。


「目の前の男はそんな立派な奴じゃない。思い込むのは自由だが、あまりお勧めはしないぞ」


 周りが見ているだろ、ザワついているぞ。こいつも気まずかろう、場所を替えるとするか。外へ行こうと言って宴会場を抜け出す。これが美女相手なら絵になるんだが、おっさん同士じゃな。内城の内庭にも兵士が居たが、そこに丁度良くあいつが居た。


「おい趙厳、こっちにこい」


「はっ! ……こ、これは根矩殿ご無沙汰しております!」


「伯然か、大きくなったものだな」


 再会するという場面はいつ見ても気持ちが良いものだな。こうなると俺は邪魔者だ、さっさと立ち去るとしよう。


「趙厳、自宅まで護衛をするんだ。どこかに黄巾賊が紛れ込んでいるとも限らん、今日の役目はこれで終いだ。明日は遅めの出仕で構わんからな。では失礼します」


 丁重に趙厳に押し付けた訳だが、つもる話もあるだろうし、顔見知り同士で良いようにやってくれ。荀彧も動いてくれてるはずだ、本日はこれで終了だな。与えられた部屋に一人居るような気分じゃない、そこらの酒樽を一つ担ぐと城内の片隅に場所を与えられている兵士たちのところに行く。


「おい、酒を持って来たぞ」


「おうそいつは良いなこっちに――ちょ、長官!」


「そう固くなるな、今はただの戦友だ。部屋に戻る気分じゃなくてな、お前ら一杯やろうじゃないか。柄杓をくれ、ほら飲め!」


 そう言いながら車座で焚き火を囲んでいる黒兵らの輪に割り込む。一杯ずつ柄杓で酒を回し飲みすると、残りは脇に置いて勝手に飲めと言っておく。


「お前らは元から小黄に住んでいたのか? それとも羽長官に従ってどこからか来たのか?」


 他愛のない雑談、それをしばらく続けるといい感じに眠気がやって来る。その場でゴロンと横になると空を見上げた。外套に包まって白い息を吐く。


「いいよな、五年、十年先に、こうやって一緒に寝転がったなって昔話をしたいものだ」


 手近なものを枕代わりにして、久しぶりに野宿のような真似をした。兵士がどういう扱いを受けているかを再確認して、朝を迎えるのであった。ふと目覚めると空が明るい、むくりと起き上がると傍にいた兵士が碗を差し出して来る。


「長官、白湯ですがどうぞ」


「おう、すまんな」


 ゆっくりと温めの湯を飲む。腹の中から暖まるような感じが広がり落ち着いた。熱量というのをばかにしてはいかんぞ、これで体力が回復するからな。


「恒だったな、悪いが部屋に行って荀彧あたりが俺を探していないか見てきてくれ。聞かれたらここにいると言って来てほしい」


「はい、お任せください!」


 若い兵士が喜び勇んでかけて行った、朝っぱらから元気なものだ。しかしあれだな、この時期だ外はかなり冷える、当たり前だがそれでも我慢をしろと俺は兵に言っていたわけだ。もう少し防寒装備を整えるとしよう。こんな状態なんだから、それにやはり食う位はさせたやるべきだな。


 朝飯は暖かい飯に、塩焼きの肉、汁物、干した果物だった。これだけと思えるだろうが、兵士たちにしてみれば豪華で満足いくもので、飢饉が頻発している中でこれは確かに良い部類だろう。同じ鍋をつついていると、荀彧がやって来るのが見えた。


「朝飯は食ったか」


「頂きましたので、どうぞお食事を続けて下さいませ」


「そうするか。で、どうだった」


 地べたに座り一緒に飯を食いながら、かなり大雑把に訊ねた。そういう風にいっておけばあっちで適当に伝えたいことを並べるだろ。


「左殿、劉殿でありますが、さしたる役目も与えられず、助言も聞き入れられずで意気消沈している様子」


 あいつらか、確かにそんな感じがしたからな。長くはないんだろうな、俺がどうこうするべきことじゃないがね。ガツガツと飯をかき込むと一息つく。


「それでも真っ当な統治をしようとしているなら、あいつらもそのままなんだろ?」


「さていかがでありましょう。孫邵殿でありますが、遠謀を抱く人物かと」


「あいつはきっと、規模が大きい程に力を発揮するような奴だよ。郡一つや、州一つの器ではないぞ」


 こういうズルが出来るのが俺の一つのアドバンテージだ、詳しい内容は知らんが大枠なら色々と言えるんだよ。だからとそれを利用できるかは別の話だがね。


「左様に御座いますか」


「もっとも、荀彧ならば規模も関係なく常に最善の良手を選ぶんだろうと俺は思ってるがな」


 ほんとだぞ。にこやかに礼をして、軽く流しては来るが、黒兵らの興味は尽きない。軍の最高会議のようなことを、外の焚き火の前でやってるんだからそうなるよな。


「北海黄巾党が勢力を強めた理由でありますが、やはり北海軍を統率する大将が力不足ではないかとの見立てでありました。純粋な軍事能力に限れば太史慈殿が有力と孫邵殿は見ておるようですが、官職についておらず信任が得られていないので任せるわけにもゆかず、といった話の要です」


「くだらんな。本当に困ってからでは将だけでなく、民も迷惑を被る。本来役目というのは能力がある奴を見つけ出して与えるものだ。上官の人事権などというのは、とどのつまりそれを適切に分配するのが至上目的だぞ」


 頂点というのは正直なところ無能で良い。権限を振うものが有能であれば、それで充分なんだ。血筋で頂点を繋ぐ場合は、どれだけ愚鈍な者が産まれてこようとも、システムとしての人事権があれば国家は運営可能になる。


「漢という国家の伝統でもありますので」


「そのせいで国を失おうという時に何を言っている。というのをお前に言っても仕方ないか。それで太史慈は」


「母親の面倒を見てくれていた孔融殿に忠義を示しているようで、これといった不満はないようです」


 趙雲のような感じなのかも知れんな。やればできるんだろうが、その意思がない。だからこそ使いやすいように雑用の延長のような扱われ方をする。手駒が少なくなった時に、ようやく役目が回って来て想定外に上手くやるパターンだ。


「そうか。昼前にはここを出るぞ、動いていた方が身体が温まるからな」


「孔融殿が引き留められるかと思われますが」


 そうするのが礼儀だとか慣習らしい、名残惜しさを全面に出す。そうなれば言われた側もそれを大らかに受け入れるのが常のようだ。


「生憎俺はそんな悠長なことをしてられる余裕がないんだよ。丁重にお断りして進軍する、やり取りはお前に任せるぞ」


「御意」


 結論だけを示して全てを預けてしまう。荀彧ならばきっと上手な断り方を考えて、あちらの面子に傷がつかないようにするだろ、それが何かは一々確認するつもりはない。雪がちらつくなか、部隊は山の切れ目を右手に見て南へと動く。


 平寿県、常陵県を通過して兵員や物資を少量ずつ増やし、安丘県を抜けると北海国から瑯耶国へと移り変わる。そういえば孔明先生はこの瑯耶国で暮らしていたんだってな、地名まで覚えていないが郡都の近くだったらしい。


「なんだ、少し騒がしいな。趙厳、見て来い」


「お待ちを!」


 身の周りの雑用を任せているうちに何と無く手放しがたくなってきた、まあまだ二十歳そこそこなんだ一人で何かをさせなくてもいいだろ。そうなると孫策はやはりすごいな、歴史の偉人にもなるわけだ。

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