第332話
劉義遜とやらが目を閉じて黙ったか、つまり聞く耳もたんってところか。するとあの目の会話は、いうだけ言ってみろといったところなんだろうな。ご苦労なことだ、それで包囲されていたら何もならんだろうに。
「貴殿はどうかな」
大男をじっと見て意見を訊ねてみた。孔融は若干面白くなさそうな顔をしたが「申してみよ」意見することを許した。
「それがし北海出身の孫邵と申します。青州にあっては近隣の太守等と共謀し、連合して事にあたり、軍をまとめて運用することで安定を求めるべきと愚考致します」
ふむこいつとは仲が良くなさそうだな、太守とは話合えってのを繰り返したが、孔融がその気がないというのがはっきりした。ところで、こいつの名前は聞き覚えがある。三十路に入る手前位だろうか、ということは転生前なら六十歳あたりか、計算は合うな。
「あの、何か?」
「いやすまん、ちょっと貴殿が知り合いに似ていたものでな。連合してもしなくても、お互いの考えを知る意味で連絡を取った方が有利になるのは事実だろう。よりよい方法も幾らでもあるだろうが」
俺ならどうするか、今までのことを思い出したら解る、一人で無理矢理に解決しに命を張るだ。脳筋認定される馬鹿さ加減なんだが、どういうわけか概ね成功してきたんだよ。絶対に他者には勧められんがね。孔融の機嫌がみるみる悪くなっていくな、何で俺がそんな心配をしなきゃならないんだよ。
「陛下が――」そう口にすると、皆の表情がすっと消えて引き締まる「董卓の暴政を見て心を痛めていると勅使が嘆いていた。打倒しようにも賊に脅かされているようではどうにもできん。俺は広域の治安を正すべく動き、漢を助けたいと考えている。孔融殿、何とかここ青州を支えて欲しいと願う」
これについては本心だ、徳が高いと言われているような人物が居るならばそいつが治めて欲しい。冀州のようにまわりに支えられるような政治をだぞ。多少気分屋でもいいさ、民には関係ないからな。
「国家を、民を慮る姿勢に感銘を受けました。微力ながら尽くさせて頂くと誓います」
宴会の準備が出来たと報告が来たので、場所を移して飲むことにした。廊下を歩いている最中に「我が君、孫邵殿になにかおありでしょうか?」俺が気にかけているのに感付いたらしく聞いてきた。
「何と無くだが、あいつが一番の大物になるような予感がってな」
そう、例えば呉という国の丞相を務める位に大物にな! 他所で同じ名前を聞いたこともないが、同姓同名はそこそこいるからな。年代があっていても別人の可能性は否定できん、だが才能まで似通ることはないだろう。正道を行くような思考と、上位者に憚らない性格がのぞく部分は大きいぞ。
「左様で御座いましたか。人物の鑑定眼に自信がおありで?」
「どうかな、若かりし日にお前に声をかけた程度でしかないぞ」
おどけて笑ってやると荀彧も微笑んだ。なんて好い顔をするんだよ、世の女子らに向けてやれその笑顔は。内城の護衛兵はそれなりの練度をしているのがわかる、ということは司令官が今一つということになるか。
「北海には鄭益殿という大将がおいでのようです」
「さっき並んでいたか?」
「武官列の最前列におられた様子」
それなのに呼ばれなかったということは、ここでは武官の立場は低いわけか。そのうえこの結果では、さしたる能力もあるまい。太史慈は個人の武勇だけでなく、指揮力があったとしても位階不足で任用されていないってことだな。
「あの三人、いや四人とは話をしておけよ。雑談で構わん」
「承知致しました。我が君、孔融殿は儒学の界ではかなりの影響力を持っておいでです」
足を止めて荀彧を振り返る。
「だからなんだ」
「朝廷においても彼の人物を認める者が多く御座います。どうかお見知りおき頂きたく」
「俺にはお前や荀攸殿の方が遥かに立派に思えている。敢えて近づいてまで何かをしようという気が起きん。だが、そこまで言うのだから遠ざけることもせん。上手くやっておけ」
小さくため息をついて一人で歩いていく。ああいつ手合いは好きじゃないんだよ、こちらから喧嘩を吹っ掛けるのはしないが、ご機嫌を取るのはなしだ。一日だけの辛抱だ、その位は出来るさ。途中で四十路の髭男に話しかけられる。
「もし、潁川殿であらせられるか」
「ふむ、未だに解任されていないのでそうだが」
恭荻将軍として入城しているんだ、それを敢えて潁川で呼ぶからには理由があるんだろ。みたところは学者のような雰囲気で、気難しそうだ。一応話位は聞いておくとしよう。
「それがし炳原と申す。今は相の計佐としてここに居ります」
計佐なんてきいたことがないが、帳簿管理の補佐のようなものか。名目だけで手元に置くだけの人事かも知れんな。
「その炳原殿が俺にどのような用事だ。愚痴なら別の奴に言った方が良い、酒の誘いならばこれから行くので一緒にどうだ」
距離感が掴めないが、宴会場に行く前に待っていたということは、公なことじゃないんだろうさ。
「かつて潁川に遊学し、陳寔殿に教えを乞うたことがあります」
「陳寔殿?」
「陳紀殿の父御殿であります、陳元方殿とは兄弟弟子のような間柄に。といってもそれがしが弟でして」
「ほう、陳紀殿のか。江南で一年一緒に過ごし、潁川でも共にあった。陳葦の義兄弟のような趙厳が軍に同道しているぞ」
あの爺さんの親父に師事していたってことは、見た目より年配なのかも知れん。さっきの四人よりもよっぽど近い関係に思えるな。
「それはそれは、後ほど声をかけさせていただきましょう。潁川殿のことは元方殿を通して聞いておりますぞ、なんとも信頼出来る存在であると。あの元方殿がそのように評価した人物など片手で充分ですので、是非話をしてみたくて。このような不躾な行為をお許しください」
「炳原殿、実はどうにも気分が晴れずにいてな。是非一杯やりながら話の続きを」
連れだって宴会場に入ると皆から一礼を受ける。最初だけ皆に意識を配ってはみるものの、直ぐに端の席で差し向かいになり炳原と酌み交わす。席の後ろには黒兵が一人護衛についた。
「して、話しかけて来た真意は? 牽制ではなく、用事は先に済ませた方が楽だからだ」
「はは、なるほど解りが良いですな。黄巾賊ですが、何度力でねじ伏せても無意味でありましょう」
「というと」
まあそれについては俺もそう思っている。不満を押さえつけたって、一時的に収まったようにみえて、何一つ解決していないんだからな。
「民の幸せは特別ではありません。平凡な暮らしをし、特色のない人生を終え、普通に子を残せればよい。多くのものは小さな望みしかもっておらぬのです。それが悪いなどとは考えておりません、それでよいのです。その僅かな要求を満たせるような世にと願うのみ。潁川殿はいかようにお考えでしょうか」
「まあ、俺も概ねそれに同意だ」
「ではその違いとは?」
4
ふむ。目を閉じてどう表現したら良いかを少し整理する、繋がりもない相手にいったところで伝わらんだろうしな。
「目指す未来があり、その手を伸ばせば届くかもしれないならば、何故願うだけで終わろうとする。俺ならば一歩を踏み出し実現するよう努力する」
「益無くして大事を為すなど、極めて困難で険しい道では?」
「俺は友人が笑って暮らせるようにしたいんだ、利益などどうでもいい。簡単な道を行くつもりもない。たとえ一人になっても信念を曲げはしない。物好きが手助けをしてくれるんだがな、あいつらこそ何が良くてそうしてるんだか」
劉協は今この瞬間も、辛い時間を過ごしているんだ。ただ長安へ行くだけならばいつでも挑戦するが、あいつを守りながら遠くへ行くには全てが足りん。それに、離れた後に安全を保つのはまた別の何かが必要だぞ。
「徳は孤ならずして、径によらずですか。なるほど元方殿が気に入るはずです」
「なんだそれは?」
「真に徳がある者は決して孤立せず、必ず誰かが手助けをしてくれる。大きな目標を持っている者は、決して道を誤らず王道を歩むという意味です」
「徳なんてのを積んだことなど無いぞ、ただ無骨物が戦場で僅かな功績を重ねただけだ」
炳原は座から外れると床に両膝をついて拱手した。最上の礼を取った、それは俺にも理解出来るぞ。
「かつて我が師が仰られました、『報酬など求めず、志を貫くものだ』と。今まさに貴君は同じことを仰られました。人は真に他者を尊敬する時には、自然と頭が垂れるものです。その心持ちがようやく理解出来た気がしております」
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