第331話


「止まれ! 我等は恭荻将軍の軍だ、貴殿は何者か!」


 前衛の騎兵が矛を構えてたった一人の若武者を警戒する、それが仕事だからな。


「我が名は東莱の太史子義なり! 北海が黄巾賊に襲われている、救援を求める伝令として志願した。貴軍が官軍であるならば助けていただきたい!」


 堂々と助けを乞う姿は一切卑屈なところが無い。


「あいつが太史慈か!」


「我が君は彼の者をご存知で?」


 この時代ではまだ有名ではないんだな、もしかしてこの脱出で名をあげるのか? だとしたら仕方ないな。馬を進めると太史慈の目の前に出た。


「俺が島介、恭荻将軍だ。敵将管亥の居場所はわかるか」


「将軍! あの大木の傍に主陣があります!」


 あちこちに賊が散らばっている、気を抜いていたせいか陣が薄い。豪傑だって言うんだ、自信があり過ぎて慢心するのは良くないぞ。まあ俺も人のことは言えんがな。



「甘寧、歩兵は任せる。太史慈、先導しろ!」


「承知した!」


 弓を鞍にさしてしまうと、関羽が使うような円月刀を手にして馬首を返す。急に任せると言われても慌てずにいる甘寧をチラッとだけ見ると、典韋、趙厳を連れて騎兵七百だけで黄巾賊らが群れているところへ飛び込んだ。


 先導する太史慈の強いこと、それについていく俺達もそれなりだぞ。黒兵が後ろについて来るが、危なげない動きなのでニヤリとする。さてあの慌ただしくしている場所が本営なんだろう。筋肉なのか贅肉なのかは知らんが、線が太い男を囲んでこちらを見ている奴らがいるぞ。


「管亥と見た、いざ勝負!」


 太史慈が単騎で突っ込む、護衛を全て切り伏せてついに管亥に刃を向けた。はは、いいぞこいつは、さすが名だたる猛将だな。


「どこの雑魚かは知らんが、俺が北海黄巾党の頭目管亥様だ。命がいらんらしいな、かかってこい!」


 武器を大振りするので周囲が距離をとってこちらに向かってくる、それらは全て黒兵に任せてしまい、俺は一騎打ちをじっくりと観戦させて貰うとしようか。体格は互角、俺よりも当然背丈は低いが筋力はありそうだ。何度も何度も打ち合っては離れ、またぶつかり合う。


 なんだ、あの太史慈と並ぶ腕前ってことは結構凄い奴だったんだな。頭目っていうくらいだからただのやられキャラかと思っていたが、こいつは想定外だ。打ち合う回数が三十を超えたあたりで周りに黄巾賊の歩兵が迫って来た、いつまでも遊んではいられんな。


「太史慈、俺に代われ!」


「むむむ……危険があらば助太刀させて頂く所存」


 ふっと笑うと代わりに進み出てやる。管亥がこちらの装いを見て、さすがに雑魚とはみなさなかったようだ。


「選手交代だ。ちょいと訓練をつけてはくれんか」


「ふざけた野郎だ、お代はお前の命で払いやがれ!」


 矛をしごいてグイっと寄せて来る、それはまるでこちらが反撃をしないことを前提としているようだった。真っすぐの突きを軽くいなしてやり、今度は上から叩き落としてやる。ふむ、思ったほど鋭くもないな。


「手加減をしてくれる必要はないぞ?」


 あの太史慈と接戦をしていたんだ、こんなものじゃないだろう。前傾姿勢になり腹に力を籠める。


「舐めるなよ、俺は黄巾党の大帥管亥だぞ!」


 斜めに矛を振り下ろしてくるのを、身体を斜めにしてやり過ごし、矛の下部でするりと切っ先を流してやる。頭が重い矛を引き寄せようとして重心が僅かに後ろにそれた時だ。


「うおぉぉ!」


 敢えて受けることが出来るように、みぞおちあたりを狙って上から矛を叩きつける。両手で持って受けようとしてきたので、こちらも体重を乗せて振り抜こうとする。激しい衝突音を立てて、管亥は矛を持ったまま馬から叩き落とされた。しりもちをついて体を起こそうとするのを待っているほど甘くはないぞ!


「喰らえ!」


 矛で突きをすると慌てて打ち合わせて弾こうとしてきたが、腰をついている奴と馬上で突き下ろしているのとでは力が違う。一撃で矛を弾き飛ばして、次で喉を貫いた。口ほどにないな!


「黄巾賊の大将管亥を、恭荻将軍島介が討ち取ったぞ! 勝鬨をあげろ!」


 黒兵が大声で喚いて矛を天に突き上げる。それを見た黄巾賊は、大将が討たれたと知り戦場から四方に逃げ出していった。


「おお、何たる腕前!」


「ふん、世には俺などより手練れが山ほど居る。これで驚くようならば精進が足らん証拠だぞ!」


 太史慈は顔を赤くして肩をすぼめると「劇城へどうぞ。孔融様をご紹介します」仕方なく寄るだけのはずだった城に、賓客として案内されることになった。ちなみにだ、荀彧はいつものすまし顔で「またですか」と言わんばかりの視線を送って来た。すまんな、そういう性分なんだよ。


 城へ上がると謁見の間には多数の文官武官が揃っていた、中でも文官列の中ほどに立っている大柄な男が目をひく。何であれでそっちの列に居るんだよ、呂布みたいな感じか? 読み書きが出来たせいでそちらに任用されているって言う。


「よくぞ黄巾賊を撃退してくれた、礼を言わせて頂く。北海相の孔文挙と申します」


 拱手して迎え入れてくれた、丁寧ではあるがどこかお高く留まっているような感じがするな、気のせいか?


「恭荻将軍島介です。偶然見かけたので追い払っただけ、礼には及びません」


「勅令軍と聞いておりますれば、これを歓待しないのは不徳を晒すと同義。どうかご滞在の程を」


 兵を休ませる必要がある、一日休養にあてるとしよう。物資もここで補充できそうだな。


「では明日の午後に出立するまではご厄介に。なにぶんやらなければならいことがあるので」


「快諾頂き感謝いたしますぞ。これ、宴会の準備をいたせ。ささ将軍はこちらでお待ちを」


 隣の部屋にある椅子を勧められたので素直に席についた。こちらの部屋についてきた側近は四人か、あの大男もいるな。太史慈は流れ的に当然として、その他の二人も皆が若いな。頭の回転でその地位にありそうなやつらばかりだよ。こちらは荀彧だけを連れて、残りは兵の面倒を見させている。


「随分と黄巾賊の数が多かったように見受けられるが」


 酒が入った小さな器をかるくあおる、茶でも何でもいいが最初位はだされたものを飲むべきだよな。この程度で酔っぱらうこともないが、たくさん飲むつもりはないぞ。


「左丞祖よ、どうか」


 後ろの男の一人に問いかける、知恵袋的な奴なのかもしれんな。


「北海は収穫も豊かで賊も集まりやすかったのでありましょう、他の地域よりも数が多いのは事実で御座いましょう」


「農作物が豊穣であり、隣郡よりも魅力的に見えていたやも知れませんな。この地に赴任して四年、民が豊かになったのは我が喜びでもあります」


 その間に治安維持の術を進めなかったのもセットだろうに、あの大男は若干不満そうな顔を見せたぞ。自分ならもっと上手くやれたという自信家なのか、それともこいつとソリが合わないだけか。


「賊は散ってもまた集まるだろう、次の頭目を定めたら今と同じようになる可能性が高そうだ。対策はありますか?」


「劉義遜の考えを」


 これまた後ろに控えている男に尋ねる、目線で左丞祖とやらと会話をしたな、一体なんだろう。他の奴らとはこれと言って何も無し、あの二人が特別な距離感だぞ。


「近隣の太守等と合議し、黄巾賊らの話を聞き、地元の民らの願いを叶え、軍を厳しく訓練することでしょう」


 道理だな。太守ってのはその為に存在しているんだ、まともに統治をしていたら治まるだろ。


「応劭太守は特には言っていなかったな」


「泰山郡とは州が違いますので。それに賊らと話し合うことはございません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る