第330話
なにせ任城国がいまのままでは良くない、不適切な太守が退場してから助けに回るのが目標になっている。ということは負けが確定した任城に居る黄巾賊は、一番意気が上がっている状態になるわけだ。
「そうだな。取り敢えずは任城へ向かう道だがどうしたら良い」
ルートは大まかに分けて二つ、一つは泰山を真っすぐ突っ切る道。こちらは案内が必要なうえ、雪道で脱落する兵が出てくるだろう難所が幾つもありそうだ。一方で泰山がはみ出ている東回り、麓を行く道はそれこそ黄巾賊が居る中を進むことになるな。
「それでしたら、東回りはいかがでありましょうか。広、臨久、朱虚と進みます。その上道々で兵を集めて行けばよろしいかと」
「なるほどな、ここで鐘揺殿の行動が生きてくるわけか。県城に負担を強いるわけにはいかんが、今回は無理を押し付けることが出来る理由があるからな」
勅令を履いている以上は可能な限り協力を強要できる、とはいえ精々一割の兵力を差し出させるくらいまでだ。あまり多いと地方の治安維持が出来なくなってしまう、そうなれば敵を増やすのと同義だぞ。
「使者を出し、各地の太守等に協力を要請し、県に指示を出させておけば軋轢も減るかと」
県からは二百の正規兵を出させて、同じ数の徴兵をすれば一万人は何とかなるな。全て寄るかは別として、十幾つかの県城がある。食糧も提供させれば移動も早くなり不安は減る。
「戦闘するだけならどれだけ気楽かと思うよ。こちらの方面の黄巾賊は青州のとは違うんだろうか?」
境界線があるわけではないので、多数派がどうなのかという朧げな目安だぞ。どうにも降伏を受理していた時の感じだと、青州の奴らは何と無くだが一つのまとまりがあった。気のせいか?
「徐州方面からの民が多いように思われます。黄巾賊としての教義の大筋は同じくしていましても、指導者らの繋がりは薄いでしょう」
共謀して何かをしようとしているわけではないか、これはもしかすると混ぜるな危険かも知れんな。よくわからない時は案外直感が正しいもんなんだ。まあ徐州も青州も何ら関りが無かったから詳しくは知らん。
「その黄巾賊だが、何でまた十年近くも活動し続けているんだ」
始まりは百八十四年だったか、まだ何進大将軍が健在の頃に沸きに沸いた。有名人が出てきて天公とか地公とかしていたらしいじゃないか。そいつらも全て死んで、一度は消えてしまい各地のカラーギャングが雨後の筍のように乱立してるわけだろ。
「苛政が続き民が苦しみ反乱を起こす。それをこちらが黄巾と呼んでいるだけやも知れません。それが逆に浸透し、賊らもそのように称することで勢力を保っているのかと」
ふむ、呼びやすいように官の側で名前を与えたらそれを使っているか、あり得る話だ。お互い呼び名が無ければやりづらい、黄巾賊というかつての旗印を使えるならば便利なわけか。名前などどうでもいいが、行動の内容に影響があるならば独立した集団よりは厄介か?
「相手の考えを知る一助になるならば何でも構わん。取り敢えずは軍を進めるとするか、こういうのは遅くなることはあっても早くなることは少ないからな」
任城に辿り着くのに三十日はかかるだろうと見て動こう。大方の予測ではその頃にはもう鄭遂とやらは敗退している。助けに出たけど間に合わない、この形が重要なんだよ。
泰山を右袖に見て東へ進み、やがて南へと折れる。そのうち雪が降るようになりはじめ、積雪地帯に踏み込むことになる。兵たちは防寒が弱く顔を青白くして何とか耐えていた。
「荀彧、このあたりは」
「北海の朱虚県でございます。小さなあの山を越えれば県城があるはずにて」
小さいとはいえあの山を越えるのか、かなり厳しいぞそいつは。俺は平気だが、兵が辛そうだ。別に時間を急いでいるわけではない、平地を進んだ方がいいだろうな。
「山越えはやめておこう、迂回路を行くぞ」
「御意。それでしたらここから北、山の切れ目に劇城がありまして北海国の国都が見えてまいります。これを素通りするわけには参りませんでしょう」
「ふむ、北海の太守というと」
「孔北海相に御座います。孔子二十世の子孫であり、清廉で高名な儒学者。朝廷にお出ででありましたが、その言が相国の耳に合わずに地方へ転出されております」
孔子というとなんか昔の学者の頂点だったやつだよな、その子孫てことは文官タイプだろ。儒学者というのは苦手だ、だが董卓に物申して左遷となれば芯があるやつなんだろうな。
「そうか。急に現れては驚かせるか、趙厳!」
声を上げると後方から趙厳が馬を進めて寄せて来て「お呼びでありましょうか将軍!」馬上で拳礼をする。孫策も牽招も居なくなったからな、こいつだけだよ雑用を任せられるのは。
「劇城へ先触れに走れ、これより本隊が向かう。護衛を最低でも百は連れて行くんだ」
「拝命致します!」
騎兵を百引き連れて一足早くに北へと駆けていく、言われたら即行動だな。こちらは急ぐわけにはいかん、一日あれば辿り着くだろうさ。ゆっくりと隊列を整えたまま移動をする、無様な行軍など俺が許さんからな。陽が暮れて野営を設置し始めた頃に趙厳が戻って来た。
「報告します! 劇城は黄巾賊に包囲され、軍は士気が下がっております!」
ふむ、郡都が陥落の憂き目か、やはり文官なんだな。知らなければ放置していたが、知った以上はそのままには出来んぞ。距離は数時間、今動けば夜襲は出来そうだ。
「我が君、このあたりの黄巾賊は管亥という猛将が統括をしているはずです。聞き及ぶ限りでは数万の兵を従え、その武勇はかの項羽に勝るとも劣らないとか」
「趙厳、劇城は一晩持ちそうだったか」
「自分の見立てでは数日は問題ないように思えましたが、内乱であればわかりません」
荀彧の話では悪事を働くような奴ではないんだろ、ということはそうそう裏切りにも合わんだろう。焦ってはいかんぞ、今のこいつらは中県の親衛隊とは違うんだ。
「今夜は早めに休息し、明日は日の出とともに出発する。昼までには接触できるだろうさ」
「畏まりました。部将らに状況を説明しておきますゆえ、我が君はお休みを」
「その位は俺がするぞ、お前は色々忙しいだろ」
行軍手配だけでなく、張遼の側のことや流民の経過報告、各所との連絡は全てこいつがしているんだからな。
「私が行いたいのです、少しでもお役に立ちたいという我がままをお聞きいただければ幸甚でございます」
まったく、なにが我がままやら。右手をひらひらとさせて好きにしろと解放してやった。郡都すら自力で守れないとは、黄巾賊というのは随分と勢力が大きい。政治の跳ね返りだと思っていたが、真面目に統治していてもだめなものはダメなのかね。冀州は治まっていそうだが。
一切の口出しをせずに朝を迎える、見事に部隊は稼働状態になっていた。朝飯も余計に炊飯をして、昼は握り飯という感じの備えが行き渡っている。荀彧が傍に来ると「準備整って御座います」こともなげに告げた。
「そうか。では程なく出発するぞ」
食事をすると野営地を撤収、趙厳を先頭にして北へと進む。三時間くらいだろうか、稜線を越えたところで劇城が目に入る。こいつは派手に囲まれているな、だからと攻め込まれるわけじゃないのが城壁というやつだ。うん?
「あれは何だ」
城の門が開くと騎兵が単身現れて、跳ね橋の先で弓を手にして射る真似をしている。矢は手に持っていない、それを見ている黄巾賊らが特に反応をしていないのが奇妙だな。
「大柄で髭が見事な若武者でありますな」
見ても誰かがわからないのはこの時代の常だ。だがなぜ黄巾賊は攻撃をしないんだ? 騎兵は何度か弓を空うちするような仕草を繰り返すと、黄巾賊らが散らばっている地を平然と騎馬したまま通り抜けていく。ほう、度胸満点だな。ぼけっと見てばかりもいられないので軍を進めると、その騎兵が急に駆けだして包囲を抜ける。
「ほう、伝令が決死の脱出だったか。いいな。太鼓を打ち鳴らせ! 軍旗を掲げろ!」
丘を下りながら軍鼓を鳴らさせた、それは黄巾賊らの耳に届いた。漢の旗と島の旗が高らかに掲げられ、こちらが官軍であることを示してやる。騎兵は西向きに駆けていたが、こちらに気づいて南にと向きを変えた。直ぐに趙厳と接触する。
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