第328話
「は、はい! 竹酢に米のりを混ぜると、耐久性があがり腐食を防ぎます。不要になったら燃やして畑に混ぜれば土が良くなるんです」
ほう、色々と効果ありで、土壌改良にもなるのか。むしろそちらの効果が魅力的だな、竹ならいくらでも用意出来るからな。
「そいつは一般的な知識なのか?」
「どうでしょう、うちの郷では良くやってましたが、あまり知られていないかなって」
「わかった、これを返す。名前は」
「英です将軍!」
背筋を伸ばして精一杯頑張って返事をする若者か、微笑ましい限りだよ。
「よし英、冤州に戻ったら俺の幕に来い。畑仕事を進めるに際して、お前の郷の知恵を借りたい」
「お、俺がですか! わ、わかりました!」
「そう固くなるな、良い仕事をしている奴を優遇するだけの話だ。同郷の兵が居たら一緒に連れて来いよ」
軽く肩を叩いてやり笑顔を向けてやる。後ろでは兵らが英のことを称えて盛り上がっている。内容が何であれ嬉しいものだろうな、俺が新兵だったときは将軍なんぞ存在しているかすら想像できなかったが。
訓練をしている募集兵らのところも視察に行った、正規兵組はむしろ教える側についていて、一人が二人に指導をしている感じだ。これならば細かいところまで訓練できる、普段は十人や二十人に教官一人だからな。
「島将軍、定刻が近づいてきました」
「そうか、では戻るとしよう。なあ趙厳、敵が十倍居たらお前ならどうする?」
大雑把で特に答えなどない質問を投げかけてみる。別にどんな反応でも良かった、詳細を設定しろといっても、全員打ち倒すでも、逃げて様子を窺うでも。その人となりを知れればいいなと考えただけさ。
「勢力が劣っているのであれば減じないように保持に努め、援軍を得られるよう努力します」
「なるほどな」
戦力拮抗するように設定を作るのが趙厳の答えか。相手を減らすでも、自身を増やすでもなく、味方を作るなり呼ぶ。視野を広く持ち、危険を回避する能力を持っていたらしい。
昌国県に兵を進めると、あちこちに黄色い布をどこかにつけた奴らが見られるようになった。言わずと知れた黄巾賊のチームカーラーのような扱いで、集団を識別する目印だ。
こちらから仕掛けるなという命令はきっちりと順守されているようで何よりだ。ところが仕掛けられないと指導者とか言う奴らも出ては来ない、発信して待つとするか。
「荀彧、黄巾賊の指導者に、俺が会いたがっているという噂の流布を行え」
「畏まりました」
申し込んで拒否されたら後々にやりづらいからな、それともう一つもやっておかんとな。
「甘寧、來蕪に斥候を出しておけよ。張遼の所在確認もしておけ」
「あいよ大将!」
黙っていても陣地構築を始めたな、城に拠っても構わんが敵味方が分かりづらい、野戦陣の方がその点は安心なんだよな。それにしても、ここでも訓練を始めたか、趙厳のやつは真面目だな。
暫くすると荀彧がやって来た。手配の報告にしては早すぎるし、これといって問題も起きていないがどうしたんだ?
「我が君、情報が御座いました、洛陽についてです」
「うん、朱儁将軍か。どうした」
もし俺がこちらを選んでいなければ、その渦中にあっただろう内容だけに気になってしまった。
「徐州殿の後援を皮切りに、汝南、北海、そして泰山の太守等の支援を取り付け兵力を増強させていると聞きました」
「おいおい、北海に泰山だって?」
両方とも近隣の渦中だぞ、この大変な時に他所を援けるだなんて余程の理想主義者か、それとも国家の忠臣かだな。汝南の件も鑑みれば後者なのかもしれん。
「はい、それと太学の者らの支持も。高名な学者が朱儁将軍が正しい行為をしていると認めております」
それについては俺もそうだろうと思ってるよ。だが直接的な助けをするには至っていない、ここで全てをかけるには早すぎると割り切ってのことだからな。
「董卓も放置はしないだろう」
「洛陽へ李鶴軍団と郭?軍団を増強したとのことです。もっとも大軍を置く状況ではないので、河の南北で別々に駐屯させているとか」
また司令官を割って来たか。良いことの方が少ないのにそうするのは、大元である董卓の傍での権力争いやバランス調整が難しいってことなんだろうな。どちらかだけに成功、あるいは失敗させると全体が乱れるというやつだ。
「朱儁将軍だけでは押し出せないだろうな、春には援護してやりたいが、それまでにこちらが終わる確信がない」
手探りなんだよ俺も。合同出来ればどれだけ良いかとも思うが、そうすればしたで別の問題が出てくるんだよな。
「でしたら、その意志だけでもお伝えしてはいかがでしょうか?」
「というと」
「我が君が、朱儁将軍と志を同じくし、皇帝陛下を支えるべく動き、いずれは轡を並べると。気持ちを知るだけでも変化があるのではないでしょうか」
うーむ……敵味方が分かるだけでも警戒心を別に向けることはできるな。確かにそれはやってみる価値がある。
「わかった、そうしよう。使者の選定をしてそう伝えてやるんだ。人もモノも出せる状態ではないがな」
にこやかに退出していくのを見送り腕組をする。公孫賛と袁紹、曹操に劉虞、袁術や劉焉、あちこちで皆が個別に行動をしている。そりゃ荒れもするよ、人のことは言えないが恐ろしい時代だ。
この場に在って訓練を続けること三日、見事に応劭、張遼らと連絡が取れた。それぞれが無事に拠点を確保しているらしい、差し迫った危険も今のところはない。黄巾賊が多数集まりこちらを監視しているが、攻撃をしてきたことはまだない。
だが昨日が平和だから今日も平和とはいかんだろうな。ピリピリとした緊張感があり、幕の周りでも話し声が大きい。始まるか、兵力を集めていたのかもしれん。ということはだ、確実に指導者にこちらの存在が知れ渡ったということだ。
「我が君、民衆が武器を手に迫って来てございます」
「そうか。ではこちらも応じるとしよう。武装待機命令だ、弓に弦を張り総員厳戒態勢に移行させろ」
俺も防刃効果がある皮の外套をつけ、鉄兜を身に着ける。この革装備だが、正直結構頑張っても切ることが出来ない、突けば抜けるがかなりの防御力を発揮する。その分手間暇かかっているし、原材料も必要とするが良品だよ。
幕を出て外を一瞥する。陣取っているのは丘だ、木柵を外に巡らせ、板を繋いで縄張りをつくっている。土壁も利用しているので燃やすことは出来ない。その外周に人の山、女子供も見え隠れしているので、民衆が寄り添っているのがわかる。
「大将、これはクるぜ」
「ああ、そうだろうな」
蠢く民衆、それらが足を進め始めた。その歩みは遅く、じりじりと近づいて来るような形。どこからか石が投げられると、あちこちから空が暗くなるような感覚が起こるまで投げられ始める。
「盾をかざし守れ!」
部隊長らが声を張って竹盾を使用するように命じる、壁に隠れることが出来る奴らはそうした。竹にぶつかる軽い音が何度も何度も響き、陣の中に石が大量に転がる。不運にも直撃を貰って死傷するやつだっていた。
手持ちの石が無くなったんだろうか、もう全然飛んでこなくなったあたりで、こんどはこん棒を持った者達が肉薄してきた。
「弓矢は温存するんだ、転がっている石を利用して反撃しろ!」
ふむ、そうだそれでいい。後列で待機している兵が石を拾っては適当に外に放っている、それで充分に打撃になっていた。スリングを使わせるまでもないか。痛い思いをすると離脱して行く、怪我をしたらそのまま病気になり死んでしまう時代だ、あれが致命傷になっている可能性だってある。
揉み合いを続けること数時間、太陽が傾いてきた。篝火が立てられて光源を得ると、前衛が交代して守りが続く。疲れ切る前にローテーションをしているな、甘寧の指揮は充分発揮されているな。暗くなっても飽きることなく押し寄せては来るものの、全く危なげなく全てを撃退する。
そのうち日付を越えるあたりで「交代で寝るんだ、四時間で起こすぞ!」仮眠をとらせるために無理矢理に眠らせ始めた。皆で起きている必要はないからな、この騒ぎで安眠できるかは別だが。幕で横になると大騒ぎも何のその、適当に眠りに落ちた。
目が覚めるのはいつでも変わらず、顔を布で拭いて外に出ると相変わらずの光景が続いていた。姿を認めて荀彧がやって来る。
「お目覚めですか」
「ああ、勢いはまだ変わらんようだな」
「数が多いので。ですが防衛になんら不安は御座いません」
器械的な作業のようになっているな、一晩集中力を保てというのは無理な話だから仕方ないか。石ころは山のようにあるな、どれ。つかつかと歩いていくと石を一つ拾って遠くを見る。兵士が何をしているのかと注目した。
「……あの黄色い旗があるのが黄巾賊の指揮官がいるところか、どれ。おいお前、あの旗までの距離はどのくらいだ?」
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