第326話

 募兵か、歩兵が集まっても質が落ちるだけだからな。だが数が少ないと戦いを出来んことも考えられる、バランスがあるが不足してから集めても間に合わんしな。


「お言葉に甘えて募集させて頂きます。荀彧、手配を」


「畏まりました」


 長吏が政務の決裁を求めて来たらしく、一先ずはこれで話を終わらせることにした。速やかに高札を立て、近隣にも早馬を仕立てて募兵の手筈を整えることにしたようで、今日は身を休めることになった。翌日、昼間に広場に出てみると募兵に応じたものが二千人も集まっていて驚く。


「おい荀彧、何か混ざってるが」


「そのようですね。相が現役兵の志願を装備付きで認めるとのお触れを出しましたので」


 しれっとそんなことを言っているが、正規兵が千人ほどいるぞ。大丈夫か人数を抜いても、何とか治安を維持しているって感じのいい方だったよな。


「引き抜いて済南が苦労をするなら取りやめても構わんぞ」


「ご心配には及びません、どうぞご査収のほどを」


 こいつがそういうならそうなんだろう。ゆっくりもしてられん、さっさと出るとしよう。


「ならそれで良い。準備を整えろ、出立するぞ」


 新しい面々が馴染む時間も与えずに、城を出ると、南の泰山と小山の間を通る細い道を進んだ。陽が暮れて少しで郷についたのでそこで一泊し、また一日行軍すると於陵県にやって来た。


「昌国県まであと一日といったところであります。今宵は偵察を四方に出していますので、明日の昼頃には戻る見込みで」


「そうか。張遼の報はそろそろ接触しているだろうか」


「恐らくは。仮に遅れていたとしても明日には目途がつくかと」


 まあ、そんな感じだろうな。あいつが下手をうつとは思えん、こんな状況でならばな。俺はこちらのことを考えるとするか。やるべきことは流民の安定化だ、それをどうやって成し遂げるかだな。


「黄巾賊らは俺の話を聞く耳を持つだろうか?」


 実はかなりの疑問だ、何せ話してわかるならば最初から暴力に訴えないだろうからな。いろいろな経緯はあるにせよ、一筋縄ではいかんだろう。


「その所在は散っており、把握しきれておりませんが、黄巾党の指導者らもどこかに落ち着かねばならないゆえ、話を聞き入れる可能性は充分に御座います。ですが」


「なんだ」


「話をするために、こちらの力をみせて納得させる必要がありましょう。望もうと望むまいと、民の命を奪うことは避けられません」


 悪党ならば気にすることはないが、食い詰めた普通の農民が殆どだっていうなら、いたたまれないな。仕方がないと一緒くたにするのは違うだろうが、大事をなすために通らねばならん道ならば、俺は目を背けたりはせんぞ。


「初戦で圧倒的な差を見せつける、最初から全力だ。それでいいな」


 拱手すると無言で見詰めて来る、なんであれ従うというわけか。こういう戦いは記憶にないな、どうしたものやら。外では訓練をする声が聞こえてくる、趙厳らが積極的に指導をしているので、兵士の数に比して部将が多目だ。典韋も参加しているしな。


「少し先のことを話そう。応劭はどうやら健在で泰山太守として継続するだろうが、任城の方はどうだ」


「鄭遂殿はひっ迫していると伝え聞いております。県城も陥落し、良民が肩を落としていると」


「こうなると解っていたが、いざ劣勢を耳にすると申し訳ない気持ちがあるな」


 今さらだ、能力が低いものを助けても解決しない、太守が交代すれば機会もあるがどうにも出来ん。そういう役目は朝廷の仕事だからな、機能不全になって久しいぞ。


「それだけではなく、州府がある昌邑付近でも劉刺史が兵を率いて戦闘中の様子」


「ほう、そいつは勇ましいことだ。任城と目と鼻の先、三日の距離だからな、戦わざるを得ないわけだ」


 だとしても城に籠もり、部下に向かわせるという手もある。そもそも刺史は政務官だ、身の安全は自分のことだけで充分な責任範囲だからな。というか董卓の時は前に出なかったよな?


「漏れ聞くところでは、昌邑にて療養中の鮑信殿が出兵を諫めたとか。それを振り切っての出陣とのこと」


 ふーむ、荀彧はどうにも情報通だな、俺なぞ全く知らんことばかりだ。そういえば全てに費用が掛かっているはずだ、甘えてばかりはいられんな。


「荀彧、物事には結果があれば経緯がある。黙っていて情報が集まるわけではない、その全ての責任を俺が持つ」


「荀氏は、潁川を取り戻せたことで既にありあまるほどの報酬を頂いております。ご懸念無く」


 潁川か、それはそうなのかも知れんが、やはり甘えは俺自身が許せん。別の形で返すとするか。


「恭荻将軍にも潁川太守にも、人材推挙をする権限と義務がある。荀彧の推薦を受ける、人選を進めておけ」


「御意」


 やり方は知らん、荀彧に任せる。にしても、南部では食い込まれているようだな、泰山を目指しているんじゃなかったのか。それとも劉刺史は民に好かれていないのか、近くに居ない奴のことは全然だな。


 翌日の昼下がり、予定通り偵察に出ていた奴らがポロポロと戻り始めた。帰って来る順に、次々と報告を受け取り情報整理を進めていく。一組だけ戻らなかったらしいが、概ね情報が揃ったので荀彧がやって来る。今日は甘寧も部屋に居る。


「ご報告にあがりました」


「うん、座れ。おい、茶を持ってこい」


 三人で対面するように座り、下僕が部屋を出たところで口を開く。防諜の意識は低い時代だが、家人が裏切ることもまた少ない、部屋の外で侍っている奴らに聞こえるのは仕方ないな。


「調べたところによれば、泰山北東部には青州黄巾党の勢力が二十万人ほど集まっております。単純計算で、半数が男手になり、そのうち六万人ほどが戦闘に加わる可能性があるでしょう」


 女は直接戦うことがない、子供や老人を外したらまあそんな感じか。大切なのは二十万人規模というあたりだろうな。


「ぐるりと山を囲んで、概算であちこちにどのくらいいるもんかね」


「およそ百万人かと」


「そんなに居やがるのかよ! すげぇな」


 蜀一国とほぼ同義の流民か、曹操はこういうのを捕まえてそれこそ自分の国を打ち立てたわけか。しかしどうしたものかな、力でねじ伏せるのは違うんだろうな。やはり指導者らとあってみない事には何の確信も持てん。


「そいつらは冬を越せると思うか?」


「半数は飢えに倒れるかと……」


 半数は死んで、半数は半死半生というわけか。飢餓は解決しない、常にだ。それは安定すると人口が増える為だ、次々にハードルが上がり続けるのが原因。終わりがないんだよ食糧問題には。しかし今はまだ伸びしろがある、あと二千年弱はな。


「収穫したものを端から食いつぶす、それは時代が乱れているからだ。一年、たったの一年だけ増やす為に全力を用いれば飢餓など起こらん。人はなぜ過ちを繰り返し続けるのか」


 目を閉じて解決可能な先行きを示し、自ら否定までする。答えはわかっているのにたどり着けないもどかしさ、全ては人間の欲望のせいだ。抑えようとしてもそうはいかないのが人間、だからこそ過ちを犯し発展することもある。枠に収まってしまうだけの集団は、緩やかに衰退するのみだ。


「そりゃ大将あれだろ、明日生きてるかもわからないのに、どうして来年のことなんて考えるんだってやつ」


「うむ!」


 そうか、そうかもしれんな。自信があるとか、保証があるとか、何かそういったものがなければいつ死んでもおかしくない時代だ。どこかで気まぐれに殺されることだって多々ある、来年のことなど言っても嘲笑されて終わりなわけか。


「悲しいかな、飢えで我が子を見捨てねばならぬことも度々耳にしますれば……」


な」

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