第325話
「お前が功績を上げれば良いようにしてやる、嘘は言わん。だがな、やる前からアレコレと漏らすような奴を俺は用いる気はない。どうだ甘寧!」
「それは、その、すまない大将。俺が浅かった」
満座での叱責、こいつのプライドを大きく傷つけている。このままでは良くないな、こちらが示す先はきっちりとしたんだ、もう許してやるとしよう。
「俺はどうでもいいやつなど相手にしない。これから大きくなることが分かっているからこそ厳しくいっているんだ。冤州を支配した後に水軍を立ち上げる、その都督は甘寧、お前だ。本営にあってより多くの部将や兵と接しておけ、それも仕事のうちだ」
「わかった、そうする!」
ああ、わかれば結構だ。黒兵は別として、歩兵を二千を向こうに回すとしたら、手持ちは八千だな。烏合の衆がいくらいようと敵ではないぞ。
「では我が君は祝阿、歴城をまわり昌国県を目指せばよろしいかと」
「斉国だが、相は誰だった?」
「曹成殿であります。郡都で籠もっているだけしか出来ぬ臆病な性格で、恐らくは戦力にはならないでしょう」
そうまで断言されているということは疑う余地なしか。動かぬならそれはそれで構わん、最初からいない者として扱えばいいだけのことだ。
「ならば無視する。県城に先触れは必要か」
「不要に御座います。我等、勅を得て皇軍となった今、賊滅をするまでは地方に気を揉むことはありません」
なるほどな、かといっていつまでも任務を終えられなければ無能を国中に晒すわけか。いいさ、やってやるよ。
「ではここで軍を割るぞ。張遼軍団には北瑠と牽招、そして郭嘉をつける。応劭と連絡を取り、これを援けろ」
三人が承知して序列を確かめた。北瑠が無位なので一番下にはなるが、黒兵を指揮しているので一番重要な人物ではある。そのあたりも含めて張遼にはしっかりと役目を全うしてもらうさ。
「残りは俺と北回りだ。事と次第によっては賊のど真ん中を突き抜けることになる、どちらも決して楽ではないぞ」
翌朝、北門と南門から出発しそれぞれの道を進むことになる。泰山のお陰であまり雪が無いというのは本当らしく、地元出身の兵らの話に耳を傾けながら祝阿に到着。一晩ここで休むと、翌朝すぐに歴城へと向かう、こちらには夕方にはたどり着いてしまった。
「どうする、先を急いだほうがいいものか?」
「いずれにせよ東平陵には二日かかりますので、ここは一晩屋根の下を選ぶのも宜しいでしょう」
歩兵の歩みは亀の歩みだ、たったの三十キロが二日の距離とはね。俺が走れば二時間で到着だよ、とグダついても仕方ない。
「ではここで待機だな。そうだ、職にあぶれている奴は兵として雇うとかどうだ」
「募兵でありますね、お任せください」
実は全然期待していなかったが、こちらが勅令を履いた軍であるのを知った者が居たのか、千人も増員することになってしまった。訓練もしていないのが随分と混ざってしまうが、分散すれば問題ないか。
「趙厳、未訓練の雑兵だ、注意して扱え。野営時分には集めて二時間は訓練をつけるんだ、不満が出ても構わん。そうすれば生き残りやすくなると言い聞かせろ」
「承知致しました!」
たかが二時間、されど二時間だ。極端な話、矛を手にして二列に並んで上から下へ振り下ろす。これだけを毎日やらせていれば、その動き位は出来るようになる。ならばそういう状況を作り出すのが俺の役目だ。
東平陵城に近づくと、城門付近に兵士が並び出迎えの態勢をとっているのが見えた。別に先触れなどは出していないぞ。
「どういう意図があると思う」
「歓迎の意を示しているのでしょう。行けばご納得いただけるかと」
妙に軽い返しだな、まあいいさ。警戒しながら駒を進めると、城壁に靡いている旗を見て荀彧に視線を向けると、微笑んでいた。そういうことか。城下では文官服をまとった老人が待っていたので、下馬する。
「済南相の荀紺と申します。恭荻将軍が通られると聞きまして、このように出迎えさせていただきました」
「恭荻将軍島介です。済南殿の出迎えに感謝いたします」
「父上、ご無沙汰しております」
なんだって! にこやかに拱手して名乗り出ると老人は嬉しそうに頷いた。
「暫く見ぬうちに立派になったものだ。恭荻殿、愚息がご迷惑をおかけしてはおりませぬか?」
「いや、これほど頭脳明晰で芯がある者も居ません。おい荀彧、父親だなんて聞いていないぞ」
その言っておりませんゆえ、みたいな顔はやめろ。そしてこの爺さんも、なんて綺麗に年取ってるんだよ。やっぱり血筋なんだな美男美女は。ん、ということは歴城で募兵が豊作だったのも、続柄を知っての事か。やれやれだ。丁寧な態度で城内に招かれると質素な部屋に通される。
嫌がらせや資金不足ではなく、華美なものを避けてのことだというのは感じられるよ。清潔で不用品がなく、整然としているな。着席を勧められたので大人しく座る。
「聞くところによりますれば勅令が下ったとのこと。皇帝陛下の御言葉、大切にして頂けているのを嬉しく思います」
ふむ、皇帝の発言権が失われているからな。こうやって実効性をもたせるのも、世の士人らの求めるところなわけか。土地の支配権を得る実利以上に願われているんだな。
「辛い想いをさせてしまっているので、一秒でも早く助け出せるよう努力するつもりです。このあたりの状況はいかがでしょうか」
「済南の地は黄巾党の流入が多く、田畑が荒れてしまっております。それでも各県では何とか治安を維持し、流民をださないよう努めているところ。とはいえこの波から逃れることは出来ないでしょう」
荀彧の親父で無理なら、そこらのやつらじゃ対抗する気にすらなっていないんだろうな。やはり黄巾賊をなんとかしないことには正常化は出来んか。
「流民が冤州方面へと大きく動いていることについてはいかがお考えでしょうか」
「北方へ行けば異民族からの危険にもさらされますので。それに冀州や冤州ならば、食糧に余裕があると思われていることも」
「ではなぜ冀州へはあまり向かわないのでしょう?」
青州の位置からならば、冀州も冤州も距離的にはさほど変わらんだろう。途中の地理的なことは知らんが、冀州の方が裕福な気がするぞ?
「これは悲しい現実でありますが、平地であれば身を隠すこともかなわず、吏員に拘束されることも御座いましょう。その点、泰山ならば官の目を盗むことも比すれば容易なことが一つの要因と思われます」
うむ、そうか。土地を離れた時点で違法だったな、農民は地に縛られている存在だから、見つかれば捕まってしまう。大勢が群れて居れば手を出さないこともあろうが、孤独なものだって多い。特に家族に迷惑をかけまいと、名を捨てたようなのも混ざっているはずだ。
「そういうことならば納得いきます」
「それともう一つ、冤州には孫将軍が居られました。規律には厳しいお方ではありましたが、その恩徳は多くの民が享受しており、冤州にゆけば何とかなるだろうと考えているものも多いでしょう」
死去の報が届かないことは当たり前にある、それにそのままの体制で継続してくれていたら、という希望にすがる想いだってあるだろう。あの爺さん、やはり御大層な存在だったんだな。
「……何であれ民がすがれる希望があるうちは、最悪になっていないということでしょう」
「?、私に手伝えることはあるかね」
問われなければ決して言葉を挟まなそうだからな、こうやって聞いてやるのも必要なことか。別に何も手助けなど求めずとも構わん、存在を知らなかったんだ頼るつもりはない。
「でしたら一つだけ父上にお願いしたきことが御座います。我が君の志を全うするまでは、長く家に戻ることも出来ません。万が一、この身に変事があれば、妻子のことをよろしく頼みたく」
「親不幸の最たるは先に逝くことだ、?がそのようなことをするはずがないと信じている。だが、世には人が抗えぬ天命がある。その時が来るようならば、心配せずとも良いようにしよう」
そんなこと言わずに帰ってやれよ、長期休暇くらいいつでも出してやるぞ。真面目過ぎるんだよ、それが悪いとは一切思っていないが、何ともいたたまれない気持ちになる。
「済南殿、むしろこちらが何か出来ることはありませんか」
「ふむ、でしたら速やかに世の乱れを正していただければと。ここで募兵をしてはいかがでしょうか、後援致しますぞ」
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