第324話

「調べによりますれば太守の応劭は兵一万を率い、郡の北東部來蕪県に出向いて黄巾賊と交戦中のようです。周辺から越境してきている賊の数は、十万とも二十万ともいわれております」


「そんなにか! 済北でゆっくりしているつもりはないが、速やかに増援に出る必要があるな」


 諦めずに職務を全うすべく戦っているとは、応劭やるじゃないか! しかし二十万とは、兵ではなく民衆ではあるがこれだけの数が田畑を離れているのは国家の大損失だな。


「島殿、雑魚がいくらいようと我等の敵ではない。だが、元はと言えば農民なのだ、何とかしてやりたいものだ」


「そうだな張遼」


 うーむ、済北は人口が少ない、これらが居つけば発展するぞ。にしてもやはり材料が全く足らんな。


「島将軍、戦いに関しましては門外漢ですので直ぐにはお役に立てません。ですが、この推移では恐らく兵糧があっというまに枯渇するでしょう。私が冀州殿に供与を要請する使者に立つご許可を」


 荀攸か、確かに今ならば抜けられても問題ない。荀彧もいるし、ただぶつかるだけならそれこそ俺さえいれば充分。先の件もあり、荀攸相手ならば韓馥も嫌とは言わんだろう。


「わかった、荀攸殿に頼む。五万石もあれば大盤振る舞いしても、収穫までは持つはずだ」


「畏まりました。速やかに出立致します」


 荀彧らとニ、三、言葉を交わして荀攸は部屋を出て行ったしまった。こちらは勝ち残ることだけを考えるべきだな。


「お待たせいたしました。黄巾賊でありますが、その多くが青州からなので青州賊とも青州党とも、青州黄巾党とも呼ばれております。特色としましては、これといった頭目がなく、多数の指導者が並列して思い思いに活動をしているとのこと」


「となれば司令部の襲撃で大混乱、とはいかんわけか」


 案外そういう相手も面倒なんだな、半面で有機的な動きはほとんどできない。じわじわとシミが広がって来るだけ、そんな動きに、時折数万単位で寄り添うような協同が起こるのか。うねりが起きた際は撤退してしまうのが良さそうだ。


「青州刺史焦和没後、臧洪が刺史を自称しております。どうにも袁紹殿が指名したようで」


 あいつにそんな権限は無いだろ、というか袁紹はどこでなにをしているんだか。


「袁紹はどうしているか聞いているか?」


「渤海に戻り太守の任を全うしているとか。陳留に滞在していた際に、太守張貌の弟、広陵太守張超の幕下であった臧洪を気に入りそうしたそうで。同時に公孫賛も刺史を指名したようですが、冀州で敗退しそれどころではなくなった様子」


 どいつもこいつも勝手に任官させだしたか、俺も他人のことはいえんがいよいよ国家が歪んで崩れて来た証拠だな。袁紹が力を持ち出したのは、こういう人事を手掛けていたのも理由か。


「なぜ青州から山のように賊が湧きだしているんだ」


「申し上げづらいことではありますが、焦和殿が反董卓連合に参加し、敗退して以来ずっと青州の統治で有効な手立てが出来ず、そのまま没したことで州が荒れ果てたことが直接的な原因かと」


 死者の責任と言われたらどうにも出来ん。太守だって別にいるんだから、そいつらの責任でもあるんだぞ。政策方針は刺史の権限といわれたらそれまでか。稟議もせずに上訴を放置されては動くに動けんだろうからな。


「わかった。統治をしくじるとこうなるというのがな。韓馥殿は理想的な人物だったわけだ」


 やはり腹を満たせば人は落ち着く、栄誉心を持たずとも、幸せを感じさせればな。孔明先生も良い統治者だった、だが誰しもがそうなれるわけではない。それだけだな。


「民からすれば統治者がそうであっても、孫羽将軍のように君臨しているだけでも、無事に暮らせることを望んでいるのでしょう」


 君臨か、そうだな、あの人にはその単語が似合っていた。俺程度がどこまで出来るかはわからんが、やらずに諦めるほど物分かりが良くないんだよ。


「……うむ。まずは応劭軍と接触を図る、合流する必要はない。手筈を」

「來蕪は泰山の北東際に御座います。隣接地は斉国南部、一日の距離に般陽、昌国、広、臨句が扇状に連なっております。一方で來蕪南西三日の距離に牟、南東に蓋と、遠隔地になっております」


 味方の支援は遠く、越境しなければ賊を遮ることも出来ないか。山地を真っすぐ越えるのは難しいだろうから、軍さえ保っていればそれなりの効果は出る。とはいえ焼け石に水なのかもしれん。


「ここから郡都へは?」


「南東へ進路をとり、四日です。そして來蕪へは四日から五日ほどかと」


 さして遠くはないが、山岳というのがネックだな。だからこそ甘寧の山岳兵が役に立つ。それにそこまでが泰山郡ならば、細くても道はあるはずだろ。


「まずは郡都奉高に入るぞ、そして今月中に応劭軍の支援位置を得て賊と交戦する」


「我が君、奉高から牟を経て向かうのは山岳地帯、黒騎兵と山岳に適した者だけで軍団を形成して、残りは泰山の北回りで平地を行かれては?」


「なに、詳細を」


 山って言うから全体がずっと連なっていると考えていたが、蜀のそれとは地形が違うんだな。手書きの地図ではフワっとしすぎていて正直さっぱりなんだよ。


「泰山はその殆どが泰山郡に収まっておりますが、北は済南、斉、北海、東は瑯耶、南は魯、西はここ済北にはみ出しております。逆に言うならばはみ出している程度のものでしかありません」


 一日距離程度のはみだしなら平地を歩いた方が良いな。わざわざ郡内だけを行動範囲に制限することはない、特に俺はな。というか解せん部分は一つだ、済北の北に済南があるんだな、まあいいが。斉南ならわかるが、響きさえよければ字面は気にしないのが中国だ。


 騎兵団は張遼に任せたい、だが山岳兵は甘寧だ。こいつらを一組にしたらどちらが上だと争う気がするんだよ、さてどうしたものかね。うーむ。


「俺が外回りで歩兵を指揮する。山は張遼が、騎兵と山岳兵を指揮しろ」


「わかった」


 もちろんのことで表情が渋くなる甘寧、どうして部下の機嫌を取りながら仕事をせねばならんのやら。


「張遼は済北の相に推挙する予定だ、それも踏まえて行動判断を行うんだ」


「おう!」


 喜色を浮かべて気合いを入れたな、あいつは栄達するのが男子の本懐みたいな部分があったからな。


「甘寧の山岳兵は張遼に預けて貰う。お前は本営で働け、事と次第では一万二万どころではない集団を統率することになる、その際は頼むぞ。このあたりの奴らは柄が悪い、そういうのを押さえるのは甘寧が得意だからな」


「仕方ねぇな、でも俺はその後どうなるんだ?」


 まあ官職についての要求位はしてくれるだろうさ。泰山の太守は優秀っぽいからな、それ以外になる。俺が確約できるものなんて僅かなんだよ。かといって甘えで浮つかれるのも良くない。


「不満か」


「いや、別にそういうわけじゃねぇけど」


「嫌なら潁川に戻っても好いんだぞ。俺はお前に頼むから冤州について来てくれとお願いでもしていたか?」


「それは……」


 場に緊張が走る、居ないと困るのは俺なのは確かだが、我がままをなんでも許していると後でお手上げになるからな。教育はしておかねばならん。

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