第323話

 拱手して鍾揺へ「ご手配有り難く。決して無駄には致しません」全員が感謝を示す。ここで文句を言うような奴は俺が一発殴ってやるさ。


「お邪魔になってはいけません、私は都へ戻ります」


 恥じ入り、畏まり、何かしらの感情を胸にして鍾揺は馬車に乗って陣営を離れて行った。何をどうしようと時間は巻き戻らん、ここから急ぐだけだ。


「島将軍、移動準備が整いました」


「よし、趙厳、進発させろ。奇襲への警戒も怠るなよ」


 それから三日、穀城のあたりに黒い人だかりが出来ているのを視認した。あれは流民やら賊徒だな、城は門を閉ざしているか。こちらをみてざわついているようだ。


「文聘、軍旗を掲げろ!」


「はい、将軍。軍旗隊、存在を示せ!」


「決して隊列を乱すな、ついて来い!」


 黒兵を近くに置き、先頭を行く。矛を片手に胸を張り真っすぐに穀城へと近づくと、人だかりが左右に分かれてこちらを睨み付けて来る。一触即発ではあるが、こちらに敵意が無いのは理解しているようだな。


「俺は恭荻将軍島介だ、県令は居るか!」


 呼びかけると城壁の上の兵士が驚いてどこかに伝えにいく。ややすると文官服の中年が城壁の上に出てきてこちらを見下ろしている。


「私が県令の王梁です。将軍が軍を率い何事でありましょうか」


「俺は勅令を履き漢東部を宣撫しにやってきている。ここに群がってるは漢の大切な臣民だ、賊を討伐すべく遣わされているが王県令に一つだけ問う。民を蔑ろにしている者は何処に居るか!」


 流民であってもそれを目の前で捨て置く、国家の為になるとでも思っているのか。負担がかかるのはわかるが、これを放置するつもりはない。


「むむむ……ですが、これほどの者を養えるほど穀城県は余裕もなく」


「なにがむむむだ! ここだけで無理ならば太守に、刺史にと連絡をしろ。目の前のことを放っておくなど責任の放棄と変わらぬぞ!」


 まあ済北相がここの地には居ないのは承知での言葉なんだがな。この位で戦闘をしていたらいつまで経っても辿り着けん、やり取りをして済むならそうすべきだろ。


「で、でした冤州刺史にお伺いをたてさせて頂きます。ですが結果は保証しかねます」


「職責の範囲で構わん。もし不調の際は、陳留羽長官の後継者、島介がその全てを引き受ける! 皆も良く聞け、ここで無理を感じたら陳留へ行け! 当座の食糧に荷馬車十台を置いていく、代表は居るか」


 今回のお題目だよ、俺が何なのかを示し、決して裏切らない。軍糧を失うことに批判はあるだろうが、こういうことは早めにすべきだ。十人程の流民が進み出て来る、恐らくは元は地位があった奴らなんだろうさ。


「我等が一応集団を取りまとめております」


「国家を支え、国家を頼るならば俺は庇護を与える。だが、一度でも裏切るならば敵とみなして処断する。よく覚えておけ」


「もう冬を越すことが出来ないかと思っていましたが、これならば生き抜くことが出来そうです。我等は国家の為に」


 代表らが平伏して荷馬車が与えられ『島』の軍旗一流と、印鑑が捺された布切れを渡してやる。


「小黄県に入れ、そこで暮らすならば助けもあるはずだ」


 恭しく布切れを受け取ると、涙してありがたがる。こうしてはいられんな、さっさと盧に行くとしよう。そうこうしていると甘寧のところから情報が入って来た、盧は群衆に包囲されているそうだ。


 急ぎはしたがそれでも五日かけてようやくだった。なるほど、こちらは戦いの最中といえるな。さっき溢れる賊が城を囲んで罵声を浴びせかけたりで対峙している。三方向が山、西だけ僅かな盆地がある盧城、その盆地の更に西から見ていると甘寧が戻って来る。


「大将、ありゃもう引き下がれん状態だぞ。賊ってーか、やつらは一万ちょいくらいだな」


「食い詰めて仕方なく刃向かったとしてもそれは賊だ。半端な態度は部下の命を失うことになるぞ」


「そ、そうだな。圧力で城が落ちる寸前だ、城内に家族親戚が多く居るんだろうなありゃ」


 そうなれば賊を殲滅するとよくない、追い払うか。逃げ道を残すべきだな、すると迂回して南東から攻撃の要がある。


「甘寧、このあたりの道の調査は」


「城の周辺の山なら大体把握した。潁川の平地で育った歩兵が行けるかはまた別だぞ」


 その部分があったか。黒兵は問題ない、ならば兵力不足は気にしなくてもいいな。張遼に千を預けたせいでこちらの騎兵は七百弱か、充分だ。


「荀彧、山岳を行軍させる。可能な兵を二千選抜だ、黒兵とで迂回させて南東から賊に攻撃を仕掛けさせる。甘寧が指揮しろ」


 それぞれが承諾する、こちらは出るタイミングを見計らう必要があるな。


「で、甘寧、どのくらい時間が必要だ?」


 じっと瞳を覗き込む、今は午後三時くらいか、まだ太陽は充分に高い。ここで寝ぼけた返事をするようならばこいつはここまでだぞ。


「あいつらを追い出すんなら、太陽がある時だな。明日の日の出から朝飯の間には仕掛ける」


「結構だ。ではそれまではここで待機するとしよう。好きな装備を持っていけ」


 飛び道具でも食糧でもな。見つかるわけにはいかんので、大きな音をたてたり炊飯の煙は散らして消すように指示させた。翌朝、宣言通り明るくなってから直ぐに山奥の方から攻撃が仕掛けられた。賊が慌てたところでこちらも姿を現し、太鼓を鳴らしてゆっくりと圧をかけるようにして前進をすると、大慌てで散り散りになって消えてしまった。


「まあただの賊だからな、ここで踏みとどまり理由がない」


 盧県城に軍を寄せると、こちらの旗印を見てか城門を開いて県令らしき奴が出て来た。ふむ。


「盧県令の班嬰で御座います。恭荻将軍の来援、心より感謝申し上げます」


「盧県令、恭荻長吏の荀文若と申します。我が君は勅令により当該地の治安をもたらすとお知らせいたします。どうぞご協力の程を」


「ちょ、勅令でありますれば、何なりと!」


 畏まってしまい動かなくなる。やり取りを荀彧に任せてまずは軍勢を入城させることにした。ここが郡都、まあ王が配されているから国都というわけか。取り敢えず小さいな、規模としては一万から二万戸くらいだけの感じか。済北国自体が僅かだからこんなものなんだろうな。


 県令の椅子に座って荀彧ら参謀団が現状を把握する姿を眺めていた。もうすぐ十一月、いくら暖かい地域とは言え山岳では雪が降るだろう、ここは寒いぞ。物資の堆積場所としては最適だ、ここに運び込ませるとして西部からの河が使えれば楽だな。


「我が君、どうやら先ほどの集団が暫く包囲をしていたらしく、盧の備蓄は底をつくまで僅かとのこと」


「軍の物資を分けてやるんだ。その上で尋ねる、春まで持つのか?」


「三月までは心配御座いません」


 三月が来るまでは、と正確に言いなおされた。逆にいえば四か月分しか持っていないわけだな、それでいて民が寄ってきたらあっという間に不足する。わかっていたが戦闘をするのが目的ではない、潁川に負担をかけるのも心苦しいせいで春の収穫待ちになってしまう。


 山狩りをして肉を手に入れて消費をしたとしても、五月末の麦の収穫までは持ちそうにないな。わかってはいたが、どこからか都合をつける必要がある。それ以前にすべきことをしてからにするか。


「そうか。泰山郡の賊を追いやってから改めて考えるとしよう。張遼らを呼び戻すんだ」


「御意。泰山へ偵察を出しておきます」


 十一月の半ばになり、気温はぐっとさがり、屋根が無い場所での生活が困難になったあたりで偵察情報が揃った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る