第320話
どうなっているんだ、偶然で人名は一致しないぞ。というか向校尉のことは実は名前以外は殆ど詳しく知らん、漢中に従軍させたときには筆頭そ側近みたいになっていたが、常識人っぽかったな程度で。何だか作られた機会のようで気持ちが悪い。
「典韋、帰るぞ」
「へい、親分」
質問には一切答えずに、銭だけを置いて歩いて丘から降りていく。こちらを見てはいるがついてくる気はなさそうだ、徐福か……縁があればまたそのうち顔をあわせることもあるだろう。城主の間に入ると、久々に甘寧と再会する。
「ようしっかりとやっているようだな、水軍の訓練を見させてもらった。遠くからだがね」
「なんでぇ、近くでみりゃいいだろ」
日焼けして肌が焼けている、筋肉もついているし、ワイルドで男前だな。ところがモテるのかと言われたら何とも言えん、怖いんだよ雰囲気が。
「細かいことはいいんだよ、甘寧が分かっていたらな。ところで大型船は必要か?」
わからないなりにそういう質問をして、返って来た答えで判断するさ。目を細めてじっくりと吟味をすると、頭を左右に振る。
「いや、あっても活用できそうにない。大型船を無力化出来るように、松脂なんかがあればそれで対抗するぐらいだな」
「そうか。実を言うとだな、近いうちに冤州にいくつもりだ」
どうやらあの男はしっかりと見る目があるらしい、水軍適正か、ふむ。というか荀彧らもそういうのは見たらわかるものなのかね、今度聞いてみよう。
「またか、潁川ほっぽりだしてなにをしてるんだよ。で、何しに行くんだ今度は」
「それについては俺もそう思う。まああれだ、冤州を支配しにだな」
太守は本来、任地を守るのが仕事だぞ。まったくかみ合っていない称号になっているが、あまり言ってくれるな。
「なんだって。なあ、今度は俺を連れてってくれるんだよな?」
「行きたいのか?」
まだ何も決めていないんだが、今度は司令官の一人や二人は居ないと俺が苦しい。
「ったりめぇだろ、大人しくしてろっていうのかよ」
「言わんさ、その気があるなら連れて行くぞ。そのためにここに聞きに来たんだろ」
と言っておくことにしよう、別にそういう考えはなかったぞ。期待しているようだしそれでいいさ、勘の良い台詞はどこかにしまっていてくれ。
「さすが大将だな! よし、いつでも出られるように準備させとくからな」
「ああそうしてくれ。ところで甘寧、昨日潁陰で乱取りをしたんだが、お前もするか?」
「ん、そうだな、挑戦するか! 俺にやられても気落ちしなくても良いぜ」
それからきっかり一時間後に、汗だくで地面に転がる甘寧を見下ろしていたのは言うまでも無かった。名だたる豪傑相手に何故俺はこうもあっさりと勝っているんだろうか?
◇
数日の暇つぶし、満足をして城で待っていると荀彧が顔を出してきた。さていよいよ始まるわけか。
「我が君、冤州の情報をまとめましたのでご報告にあがりました」
「待っていたぞ。まあこっちに座れ」
朝晩は肌寒い、昼間はそれでも暖かいが秋が深まってきているのを感じるよ。茶を持ってこさせると、一服してから話を始めさせた。
「腹の内から暖まりますな。さてお待たせしてしまいましたが、冤州の概要からお伝えさせて頂きます」
一呼吸置いてから続けようとしているので、俺も湯呑を離して真っすぐに前を向いて耳を傾けることにする。
「まずは刺史でありますが、ご存知での劉岱殿が継続してその任にあたっております」
「反董卓連合軍の集まりで顔をあわせていたあいつだな、これといった功績は覚えていない」
「悪名でしたら、当時の東郡太守橋瑁殿を殺害したというのが」
「そういえばあったな!」何でまたそんなことをしたのかと、疑問を持ったことがあった。詳しく調べたわけでもないので、ずっとそのままだったな「どうして殺害を?」
「皇族であるのですが、中央より離れ下向した冤州で不仲な相手を除いて、従順な者を太守に据えたのではないか、との憶測が御座いますが、はっきりとはしておりません」
なんだ皇族だったのか、そんな話は全く聞かんかったぞ。ということは人物として劉虞とやらに比べると大分劣るんだな、顔をみてもこれといった衝撃も無かったからな。
「まあいい、特に掘り下げるのはやめる」
「御意。東西にのびた手のひらのような形の冤州でありますが、西部は黒山賊、東部は黄巾賊に侵されております。唯一陳留郡のあたりのみがこれといった盗賊被害にあっていません」
それはまた羽長官の威光なのかね、それとも張貌の手腕か? 各地のカラーギャング、いくらでも湧いて出るものだな。
「そういえば曹操のやつが戦っていたのは確か」
「はい、東郡に出没している黒山賊でございます。冀州殿よりの支援もあり、その一部を追い払い、朝廷より東郡の太守に任命されたとのこと」
「ほう、そいつはめでたいな。曹操ならばそれだけでおさまっているとは思えんが、まずはひとところの民の為に努力したのが認められたか」
最初の方の経歴は全く覚えてないんだよ。青州黄巾党とかいうのを受け入れて大きく化けたのと、北の方で袁紹とバチバチやってたなくらいだ。袁紹は渤海郡で、途中白馬を抜けて来たわけだから、あの辺り東郡から北に行った時にでも大勢力になったんだろ。
「一方で東、済北国、泰山郡、任城国は黄巾賊が蔓延り治安が悪化しております」
「太守は何をしているんだ」
「済北国相は鮑信殿、先の戦で弟は戦死、鮑信殿も重傷を負われて療養中でございます。相は剥奪されておらぬゆえ、在任のままの加療ということに」
董卓軍相手に戦い負傷で離脱、そのままか。朝廷から誰か送り込まれても不思議ではないが、逆に放置している方が混乱を助長するという考え方も出来るな。一通り聞いてからにするか。
「泰山郡の応劭太守は、自身が軍を率いて目下のところ戦闘中であります。任城相国の鄭遂殿もまた同じく兵と共に」
地図を拡げさせると、北東が泰山、南東が任城だからまずは納得だ。最前線にあたる太守らはやる気十分だな。また越境するのは基本宜しくないから、太守が独力で事に当たるのは普通の事だ。俺が非常識なだけだぞ。
「地方軍だけで対応出来るならば苦労はないだろうな」
小規模な盗賊程度なら良いだろうが、国家を揺るがす大集団が無秩序に襲い掛かってきたら。こういう時は州牧がいたら統率をとるんだろうが、居なければ中央から将軍が派遣されるのが常だぞ。そしてそれが出来ない今、自分勝手に動こうとする輩が出てくる。例えば俺のようにだ。
「周辺の郡も自衛で手一杯、どこにも余裕は御座いません」
それはそうだ、過剰に戦力を蓄えるのは反乱を疑われるんだからな。その大前提として、こんな規模の賊が発生はしないという想定でなりたっているんだからお粗末だよ。だがこれで数百年上手く行っていたんだから文句も言えん、今が異常なんだよ。
「俺が戦うのは構わんのだが、どういった名目でことを興して、その上で支配権を得るつもりだ」
「先の冀州と同じように、恭荻将軍として軍権を行使致します。朝廷へ上奏を起こし、賊徒の討滅を行うとすればよろしいかと」
「自発的に治安維持をすると申し出れば認めるわけか。まあ董卓も荒れ果てた国を手中にしても仕方ない、統治が行き届いてこその権力だものな」
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