第314話

 荀攸がやって来る、確かに少数で囮になるのは避けられた。本陣が囲まれている位はどうということはないな。


「そのようだな。後は俺が丘を下って公孫賛に一撃入れればいいってことか」


 黙っていたらこちらが攻め落とされるわけだからな、逃げるなら北東方面とも言えるか。いずれそのつもりはないならば、相手がいるうちにキメにいく。


「一両日程お待ちを、今一度変化がございますので」


「ふむ。任せると言ったんだ、そうするとしよう」


 従卒らを下がらせて身体から力を抜いてしまう。防衛するだけなら別に指揮も不要、仮司馬らが上手い事やるだろう、楽しみに待つとしよう。


「詳細をお聞きになられないのですか?」


「必要なら黙っていても教えるだろ、荀攸殿が言わないならば俺が知らなくても構わんということだ。わざわざ聞かなくても問題はないさ」


 本当だぞ。聞いて欲しいならそう言ってくれれば聞くが、変な顔をせずにそう言えよな。


「信頼頂き有り難く」


 小さく唸って去って行った。荀彧もそうだが、あの頭脳明晰な奴らがしくじるというのが考えづらい、もしそうならば想定外のアクシデントが絡んでいるはずだ、ならばそちらの報告が上がった時に初めて考えたらいい。そういうことだぞ。


 どこまで待っていれば良いのかわからないので、取り敢えずは幕で横になってしまう。寝ないにしても目を閉じているだけで身体は休まるから。太陽が傾いてきた頃に報告が入って来た。


「湖北の程喚殿が河沿いに野戦陣を構築しました!」


 ふむ、南北を変えて居場所を求めたか。だがもう誰もそこを渡河しようとは思わんだろうに。だがもし渡るならば北側からの攻撃で陣を乱す援護はある、それを防ぐためのものか? 公孫賛らしか渡っていないなら、それが戻れないようにするための位置取りだな。


 だが公孫賛は東も南もがら空きだ、孫策の騎兵団が奇襲をかけることはできるが、それだけでは兵力も戦力も不足する。逃げる必要が無い奴の逃げ道に備える、その意味は何だ? それからまた一時間ほども経つと、ようやく答えが見えて来た。


「申し上げます! 広川方面より一軍がこちらに向かって来ております!」


「どこの軍だ」


「それが、屠各種攣盤部? と」


 読みがあやふやで意味不明の文字の羅列ではあるが、それが何を指しているのかは今ならわかるぞ。


「ふむ、於夫羅の奴か。勝手に動くはずがないからな、これが荀攸の策というわけか。よし、本陣全部隊に武装待機を発令しろ!」


 於夫羅が挟撃の位置につく、東からは孫策の騎兵団、西に逃げようとしても弩兵が待ち構えていて渡河は不能か。決戦をするにはこちらが有利な戦況を作り上げたものだな! 荀攸がやって来ると「準備整いました」何事も無かったかのように告げて来た。


「よくやった、後は俺の腕前次第だな」


「ならば盤石というもの。張合殿らも、程喚殿の付近まで行き合流する指示を出しております」


 弩兵が攻撃を集中されたら踏み抜かれかねないからな、城を攻撃する必要はないし、防衛部隊を倒すこともない。意地悪く公孫賛が戦っている間、足止めが出来ればそれだけでいいんだ。一度接近したら軍は中々戦闘から離脱できるものではないからな。


「敵を甘く見るな、慢心は禁物だ。本営を任せるぞ」


「御意に」


 騎乗すると矛を受け取り丘の南斜面を下って行く。牽招の護衛部隊だけでなく、本陣の半数が攻撃に参加する。左手、東の方からは孫策の騎馬隊が現れて敵の側面に攻撃を仕掛けている。於夫羅も前進を再開し、公孫賛の後ろから横に陣を拡げて進んだ。


 二面から攻撃を受けて陣形が大いに崩れると、正面攻撃をしてきているこちらも乱れる。中央の本陣でしきりに収拾をつけようと必死に指揮をとっている姿が上から見えた。


「俺は公孫賛に対してなんの恨みもない。だが、冀州を守るために、国家の正道を守るために、今この場に在る。戦に勝って各々の功を誇れ! 俺に続け!」


 大声を張り上げると兵らが丘を下り始める。先頭を行こうとすると目の前に兵士の壁が出来て、そこに牽招が陣取った。


「島将軍の手足となり、公孫賛軍を打ち破るぞ。進め!」


 ふむ、牽招のやつも自発的に動く気になったか、ならば任せるとするか。本部護衛隊に囲まれてゆっくりと丘を下って行く、先頭が防御線のところまで来ると味方の脇をすり抜けて敵に食い込んでいく。防備が甘いというよりは、混乱のせいで緩いな。


 一カ所を食い破ると進み、その道を拡げていく。左右と連絡が取れなくなった敵は、後ろに下がるか脇に避けて固まるかしかない。公孫賛の本陣があるあたりは下がれずに、仕方なく踏みとどまろうとするも押しつぶされていく。


「我は前督の王門なり!」


 またあいつか、働きたがりの無能ほど困るものは無いぞ。部将を見付けると、少数の供と一緒に牽招が進み出る。お、やるのか!


「俺は恭荻将軍刺姦督の牽子経だ! 王門覚悟!」


 雑兵を張り倒して一直線に詰め寄ると、王門と激しい打ち合いを始めた。予測してはいたが一方的で牽招が押し続ける。周囲の兵らが割り込んでは王門を逃がそうとして矛を突き上げた。兵が助けようとするということは、それなりに良い上司ではあるんだろうな。地方の警備隊くらいなら役目を果たせそうだ。


 あちらはあちらとして、部隊の指揮をしつつ全体を観察する。於夫羅の軍は随分と激しい攻撃をしているな、恨みが大きいのかね。孫策もあちこちに突き刺さっていっては遠くで反転し、また突撃を繰り返しているな。


 統率を保っている集団がこちらに近づいて来る。王門を相手にしていた牽招だが、様子を見てそれを捨て置いて戻って来て防御を固め始めた。ほう、見えているな。冷静ならば俺が言うことはない。


「島将軍、個人の武勇だけでなく、こうも見事にやってのけるとはな」


 公孫賛、俺をみて何を言うかと思えばな。うん、傍に居るのは関靖だな、あいつのいけすかない顔は忘れられんぞ。


「俺じゃなく荀攸殿を褒めてやってくれ。一応聞いておくが、ここで降伏するつもりはあるか? はるか先で見ている景色はさほど変わらないのは解っているんだ、ここで矛を収めるならば別の結果もある」


 騎馬したまま幕僚らを軽く見渡してから、空を眺める。思うところは様々あるだろうさ、降伏できないことなど百も承知だよ。


「そういうわけにはいかんよ。命を落としていった奴らの意味というものがある、今さら方向を変えるつもりはない。それに島将軍も俺が変わるだろうと声を掛けているわけではないだろう」



 まあな。答えは解っているのに、お互い難儀なことだよ。頂点というのは孤独だ、真っすぐに進むことが出来たらどれだけ気が楽だろうな。今日の礎を築くために失ってきた諸々を想うと、踏み出してはいけない先があるのは俺もよく理解出来る。


「ならばここで壊滅するまで戦うつもりか」


「それならそれでも良いのだが、俺もここで終わるわけにはいかんのでな。態勢を立て直すことにする」


 この大混乱からどうやって逃げ出すつもりやら、決定打が無いのは知っているが、包囲をしている側としては疑問は残る。打ちのめされて士気が下がっていく公孫賛軍をじっと見ていると、急に東の端が湧きたつ。


「敵の増援だ!」


 視線をやってじっと遠くを睨むと、白い馬体の騎馬軍が見えた。劉備たちは離脱したんじゃなかったのか。約束を破るような奴じゃないが、どういうことだ。

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