第313話
互いに騎乗して右後ろに位置し、妻手を守る。背後から攻められないだけでかなり具合が違ってくる、文句は言わせんぞ。そこから三人が必死になり俺を狙うが、度々孫策に邪魔をされて決定打が産まれない。そのうち陽が落ちてしまいついに暗くなる。
「そこまでだ!」
劉備が声を上げて進み出て来る。暗くて表情は見えないが、声の程から色々と伝わって来る。松明を傍に寄せさせると双方僅かに距離をあけた。
「島介殿の志を打ち破ることが出来なかったのを、劉玄徳が認めさせていただきます」
拱手して一礼、何とかなったようだな。汗だくで疲労困憊だよ、従卒が水を持ってきたので一口飲んだ。
「なに、引き分けたということはそちらも正しいということだろう。とはいえ俺を倒せなかったのも事実だ、今回は退いてくれるだろうか?」
「謹んで約定を守らせて頂きます」
こいつはそう言う奴だよな、知ってはいたがお互い苦労するよ。ああそうだ、牽招の奴はどうだ。
「牽招、行きたければ劉備殿について行って構わんぞ、いずれ交わることもあるだろう」
「子経、私も構わない、いつでも受け入れるぞ」
急に名前を出されて注目を受けてしまって言葉に詰まるが、進み出ると両膝をついた。劉備へ体を向けると「玄徳兄、俺は俺のやり方で恥じることなく再会したいと思っています」丁重にお断りをした。
「うん、それでこそ子経だ。島介殿、我が弟をよろしく頼みます」
「俺を頼る奴を無下にはせんよ。もし退いたせいで公孫賛から遠ざけられるようならば、こちらで何とかするが」
「そのような迷惑をかけはしません。雲長、翼徳、子竜、行こう」
馬首を返して西へと戻って行こうとすると趙雲が兜を脱ぐ。乱れた髪で汗だくなのに、何とも輝いているなこいつも。
「趙子竜が島将軍に最大の賛辞を送らせて頂きます! あなたのような方が居るのを知れて嬉しく思います!」
「その言葉はありがたく受け取っておこう。そのうち酒でも飲もう、張飛のやつを誘うのを忘れるなよ、ふてくされるからな」
冗談を言うような元気も多少は戻って来た、趙雲も笑みを浮かべて去って行った。さて、何故か疲れ果てている田豊と郭嘉が居るが、孫策はご機嫌だな。
「休んだら黄蓋のところへ向かえよ、こちらでの孫策の役目は無事終了だ」
「最高のお役目を頂き感謝の念に堪えません! こうも強い者があたら存在するとは、直ぐにでも父上に報告したいものです!」
若いな、あんな元気がまだあるのか。俺はさっさと飯食って横になりたいぞ、飯はなくとも飲むのは外せんな。やれやれと「田豊殿、顔色が悪いがどうかしたか?」知っていて声をかけてやる。
「もしお倒れになられたら全てが水の泡でしたぞ。まったく、心臓を握られる思いでした」
大きなため息をついて肩を落とす。まあ考えられないような行動だよな、実際そんなことせずにも良いのにどうして、と思うのが普通だろう。郭嘉もそうだ。
「島将軍、文若殿がこのようなことを知ると何と仰るでしょう」
「ん、荀彧がか。うーん、そうだな……またですか、とかか?」
信じられないような顔で口を半開きにするなよ、実はこういうのは初めてじゃないんだよ。時々の恒例行事のようなものだ、さすがに相手が悪かったがな。しかし数分だけとは言え、よくもまあ関羽と張飛に趙雲に攻撃されて生きて居られたな。
まるで他人事かのような感想を胸に、本陣がある丘の上にまで戻ると何事も無かったかのように水浴びをして酒を持ってこさせた。全て見聞きしていただろう荀攸は、最早何も言わずに休めと寝所に向かわせてくるくらいだぞ。その日、物凄くぐっすりと眠ることが出来た。
翌朝、日の出から直ぐに目が覚めた。軽く朝食をとっていると荀攸がやって来る。目線を投げかけて一言。
「大問題は無事に引き下がって行ったよ」
「それは大変結構でございますな。戦況報告をしてもよろしいでしょうか」
「ああ、是非そうしてくれ」
豚の汁物を飲み干すと、麦飯片手に城の方角に視線をやる。城外の防衛部隊は健在で、張合の部隊も少し離れて存在しているな。
「本陣前衛では双方の歩兵隊が押し合いを継続、本日もまた互角の戦闘を繰り広げるでしょう」
単純な指揮能力で行けばこちらのほうが上だろうが、何もない場所で殴り合うのに指揮も何もあったもんじゃないからな。暫くは体力の減らし合いのようなものか。
「負傷者を下げて交代させておけ」
「そのように。湖傍の弩隊には敵が近寄らず、終日待機でした。こちらの左側面を攻撃されないようするだけならば半数も居れば充分かと」
程喚に何かさせるか? 敵兵力を減らすために動かすのは手だが、そこに付け込まれたらあいつだけで捌けるのか判然としないな。
「今はそのままでいい。次」
「張合隊は敵の二部隊と競り合いをしております。優勢ではあってもこれを撃退するほどの打撃は御座いません」
歩兵というのは奇襲をするような兵科ではないからな、基本は防衛だぞ。無視できないような圧力をかけられればそれでいいさ。
「扶卿の駐屯軍は城に拘束されており、動くのは難しい状況。公孫範の騎馬隊は、相変わらず北部に伏せているとのことです」
「ほぼ変化なしというわけだな。あの豪傑たちが戦線を離脱してくれたくらいか。曹操や袁紹はどうだ」
もし本陣に突っ込まれていたら、まあ大変な目に遭っているぞ。俺と典韋で二人押さえても、一人は野放しだからな。そんな個人の武勇が映える時代でもあるわけだ。
「曹操殿は東郡で賊の掃討中とのこと、その苛烈さで恐怖を呼んでいる模様です」
「賊相手に手心を加える必要なんてない、大いに結構だ」
迷惑をかけるだけかける賊など、まとめて地獄行きにしてしまえばいい。元は農民と言われれば多少は酌量の余地もありそうだが、その場合は降伏勧告で下ったら何かしら考えてやる位だ。
「袁紹殿でありますが、陳留太守張貌殿の支援を受け糧食を補給。軍兵を集めて待機し、様子を窺っているようです」
こちらが負ければ進出してくるつもりだな、そうでなければどうとでも言い訳はできる。渤海に戻るためにとでも言えば全て収まるしな。それにしても各所できな臭さが目立つ、冀州を狙うハイエナの多いこと。今回追い払ってもいずれ食いつかれるんだろうな、そこまでは面倒を見切れんぞ。
「今動かないならそれでいいさ。こちらがどうやって公孫賛と戦うか、そこに集中しよう」
真っすぐ前に出ても公孫賛は戦いを受けることはないだろうな、籠城していないだけありがたい。要は公孫賛が前に出たいと思えるような状況になればいいんだろ。
「こちらが圧倒し、包囲殲滅をするのはかなり困難かと」
じっと荀攸を見詰める、それができないなら反対の方法があるだろ。言い出そうとしないのは、危険があまりにも大きいからだな。
「もっと俺を使うような策をたてても良いんだぞ」
囮として少数で追い込まれるようなのをな! 昔からそうなんだ、エサとしてはかなり優秀なんだからな。もうあちこちで釣りに勤しんできたくらいだ。
「安易な道を行こうとするのは甘えですので。そのような危ない橋を渡らずとも、この公達がおびき出してご覧に見せましょう」
おっと、そういわれたら突っ掛かるわけにはいかんな。こちらとしても手があるならそれにこしたことはないんだよ。
「わかった、荀攸殿に任せる。自由に采配をふるってくれ、全ての責任は俺が取る」
「必ずやお望みの結果を」
残った麦飯を平らげると腕を組んで大人しく座って待つことにした。荀攸はどこかに消えてしまう、どんな一手を打ってくることやら、楽しみだな。黙って座って待つだけの日々を数日過ごすと、ついに戦況が動く、というよりは動かした。
張合が二つの防衛部隊と競りながら、北西部へと戦場を移動させていき拓けた南部に向かい、程喚の弩兵が前進を始めた。南西部から城を攻める姿勢を見せた、これに公孫賛がどう対応したかだが。
「公孫賛の本陣が、湖東を渡り、こちらの左翼に回り込みます!」
城を無視して攻勢に出ることにしたらしい。邪魔な弩兵が居なくなったのが好機とばかりに、側面を衝く動きだ。荀攸のやつめ、誘ったな。ガッチリ丘の下あたりに広がると、こちらの本陣を攻め立てて来る。同時に、弩兵が河の北側に急いで戻ろうとしているな。
「島将軍、公孫賛をおびき寄せました」
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