第312話

 ほう、といった表情を浮かべると、矛を握りしめて二騎が接近する。すれ違いざまに一手、弧を描いて近づくとまた一手。馬を止めて次々と繰り出すが、防ぎ防がれ、突いてはかわすを繰り返した。凄まじい応酬に見ている奴らが口をあけて見詰めている。


「なるほど、言われるだけあるな趙雲!」


「まさかこれほどの手練れが居るとは!」


 戦士は戦士を知るというが、打ち合った二人も互いを知っただろうな。なんの恨みもないのに戦争だからと殺し合う、そういう場所にいるんだよ。輪の中でガンガンと武器をぶつけ合う、見ていて飽きないがとあることに気づいた。


「おいおいそいつはないぞ。俺の矛を持ってこい、馬もだ。下へ行くぞ」


「島将軍お待ちを。どうなされたのでありましょうか」


 田豊にストップをかけられてしまう、そりゃそうだよな。ところが一大事なんだよ、違和感の正体が何か解った。


「将来の危機がな。孫策が危ない、命までは取らないかも知れんが、若いのに任せるにはちと荷が重い顔が見えたんだよ。ついてこい」


 なにせ行くのは決定事項だ、田豊は仕方なく歩いていく。郭嘉もよくわからずとも、こんな場所に居ても仕方ないので一緒にきた。輪の直ぐ後ろにまで進んだが、見間違いではなかったのを確信した。向こう側からギザギザに波打った矛を手にしたひげ面が進んできた。


「おい子竜、お前だけ遊んでるんじゃねぇぞ! 俺にもやらせろ!」


 飛び入りしてきたひげ面が孫策に襲い掛かった。相変わらずだよな張飛の奴は。


「どこの雑兵だ、名乗れ!」


「るせぇ! 俺は劉備の配下で張飛ってんだ、これでもくらえ!」


 蛇矛を振り回して孫策に接近すると、一度、二度と攻撃した。それを見事に防ぐ孫策も凄いが、趙雲も手を緩めるつもりはない。防戦一方になり極めて旗色が悪い。そりゃそうだろ、趙雲と張飛だぞ! あいつが居るということは……劉備と関羽もだな。


 輪の向こう側に居るな、呆れている。孫策をここに配置していなければきっと丘の上まで登って来てたぞこれは。馬を輪の中に入れると注目を集めた。


「おい張飛、あまりうちの若いのをいじめてくれるな」


 打ち合っていた奴らの手が止まる、目標の総大将がどうして目の前に居るのかってやつだ。阿吽像のしかめっ面のような張飛が素っ頓狂な声を出した。


「だ、旦那!」


 趙雲がじっと見つめて来るな、悪いが今は先にやるべきことがあるんだ。


「劉備殿!」


 大声を出して居場所へ手を振ってやる、居るのが分かっていると気づいたようで、騎乗した劉備と関羽が進み出て来た。白馬義従をこいつらに預けたってことなのか、だとしたら最強だな。


「お久しぶりに御座います、島介殿」


 拱手して冷静に挨拶をする、そこに感情は感じられん。曹操か袁紹のところで離さないかと思っていたが、こうも早くに公孫賛のところに来ていたとはね。趙雲との出会いの場だからいつかはやって来るのは解っていたが、うーん。


「無事で何より。経緯をとやかくはいわんが、一つだけ確認したい。劉備殿は公孫賛殿のやりように賛成するのでそこに在る、ということで良いんだな?」


 騙されているとか、無理矢理にとか、まあ色々と考えられなくもないが、そこに意志が在るなら俺はそれでいいと思っている。劉備は両目を閉じて少し考えた後に「相違ございません」全てを認めた。


「そうか。俺も大筋では公孫賛殿と同じ考えではあるが、冀州を侵略してよい道理はない。ゆえに、韓馥殿の要請を受け、冀州を守護している。退いてくれたらそれで平和が戻って来る、それはわかってくれるか」


 目を閉じたまま、何とも反応をしない、あるいは出来ない劉備。隣で騎乗している関羽が主人の心を推しはかり前に出る。


「兄者は漢室の凋落を支え、国家を正されるおつもりだ。その為に冀州に参じておられる! 韓馥殿では冀州を平和に導けたとしても、国家を支えることは出来ん。それが答えだ」


 なるほど、確かにその通りだよ。そんなことは俺だけでなく、本人だって知っているさ。劉備からは言えないよな、認めるわけには行かないんだよ。


「冀州を治めるのは皇帝陛下の代理人である冀州牧である。国家の正道を正すと言いながら、道を外れる行為をするべきではないぞ。とはいえ、いずれ目指す先は同じ。陛下よりお預かりしている兵を失うことはない、そうだな陽が落ちるまでに俺を倒せたら潁川に引き下がってやる、どうだ」


 すると劉備は閉じていた目をゆっくりと開いた。どこか愁いを帯びたような悲しい瞳だ、知っていても想いが強すぎてどうにもならないんだな。


「では、ならずば我等が引き下がりましょう」


「結構。聞いたか、これは島介と劉備の約定だ!」


 後ろで田豊と郭嘉が顔を蒼くして困惑しているな、全てをぶち壊すかのようなやり取りだからな。ん? 牽招が駆け寄って来て間に立つ。


「島将軍! 玄徳兄! どうして同じ目的を持つ者同士で殺し合わねばならないのですか!」


「子経か。これも天が定めたことなのだ、許せとは言わぬ、この不甲斐ない兄をいくらでも責めよ」


 ピンと来ないが牽招と劉備は刎頸の交わりとでもいうような、まさに義兄弟だったらしいからな。胸が締め付けられる想いだろうさ、張飛ですら気まずい顔をしているよ。


「牽招、これは互いの志のぶつけ合いだ。私闘でもなければ、殺し合いでもない。そういうものだ」


 あまりにも重い空気、娯楽であったはずの一騎打ちなのに兵らも気落ちしてしまう。理由もなくば退くに退けなかろう、やってやるさ。


「俺は何があっても負けることを許されない身でな。さあ掛かってこい」


 白馬を前に出して趙雲が進み出て来た。ふむ、こいつが相手かいずれは大身になるんだが、若いころの方が武勇は鋭かったんだろうな。


「趙子竜と申します。島将軍におかれてはお初にお目にかかります」


「礼儀正しいな。ここで戦うのも役目だろう、何も気にすることはないぞ。趙雲が常に正面のみを見て堂々と生きているのは知っている」


 どうしてという言葉には返答しかねるよ。武人に言葉は不要だ、刃を合わせれば語らずとも分かり合えるさ。


「将軍の胸をお借り致す!」


 馬を走らせ向かってきた、その突きは鋭く眼前ギリギリでようやく避けることが出来るほどだ。ところがここまで引き付けてからかわしたほうが、その後が上手く動けるものなんだな。こちらも矛を合わせて応じるが、俺が驚くほどに綺麗にさばける。


「島の旦那、悪いが俺は兄者だけを信じていく!」


「おう、そうしろ張飛。お前にはそれが似合ってるぞ!」


 趙雲と張飛による連続攻撃、集中力を保って精神を研ぎ澄ませると、何とか捌くことが出来た。おおマジか俺! こいつら相手にこうも戦えるなど聞いてないぞ。だがやってやれんことはないか。背中にすら目があるかのような動き、空気の揺れや吐息まで感じられ相対する。


「ま、まさかこれほどのお手前とは!」


「くそっ、呂布の時より動きが鋭くなってるじゃねぇか!」


 あまり褒めるなよ、限界一杯で防いでるだけなんだからな。軽口を叩いている余裕すらないが、そこへもう一人割り込んで来る。勘弁してくれ!


「関雲長もお相手致す!」


 騎乗すると有効スペースが狭いせいで、三騎の同時攻撃は出来ない。出来て前後で二人、だからこそ三人相手になっても守っていられるが、どの二人が攻撃して来るかが不明なのは圧倒的に難しいぞ! あの呂布ですら関羽、張飛、劉備相手になれば逃げ出していったんだからな。一太刀でも貰えば終いだ、汗が目の中に入ろうとも瞬きすらしない。


「誰が来ようとも、俺は劉協を救う為にこんなところで負けている暇はないんだ!」


 両手で矛を握り小刻みに呼吸を行う。闘気がにじみ出るかのような雰囲気に、攻撃の手が止まる。怖じ気付いているわけではない、一目置いているとかそういうだけだろう。


「一対三など誇れたものでは無かろう、孫伯符も混ぜて貰うぞ!」


 こちらは目を見開きどこか恍惚の表情すら浮かべている、気にあてられたか。まあいいさ。


「よし孫策、背中は任せた」

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