第311話

「孫策殿は騎兵二千を率い、本陣の東、つまりは丘の裏側に位置して頂きその動きを悟られないよう待機。公孫賛の本陣が乱れたらそれを狙い迂回して突き進むよう頼みます」


「北側から回り込み、見事首級を挙げてみせましょう!」


 それならそれで構わんぞ俺は。残るは歩兵一万か、信都の南西と北東に五千ずつで左翼右翼として機動させるような形だろうな。


「張合殿は歩兵一万で、湖西から信都へ向けて攻撃を仕掛けて頂きます。必ずしも城を落とす必要はありません、公孫賛を入城させないようにして頂ければそれで結構」


「入城を阻害するでありますか。承知致しました」


「趙厳殿と奉孝はこれを補佐するように。牽招殿は兵千で此度本陣の護衛部隊を指揮して頂きます。沮授殿、審配殿、審栄殿はそれぞれ兵三千を率い本陣前衛を務めて頂きますよう」


 ふむ、すると俺の本隊は一万か。総予備でもある、出せる指揮官は典韋しか居ないがこれだけ近くに大勢いるんだ、充分活用できるな。


「公孫賛側の想定される配置はどうだ」


「白馬義従千は本陣で直卒、騎兵二千は公孫範が恐らくは待機。本陣二万で城の東部に出陣、王門、厳綱、単経、田予、田偕らが残りの歩兵を分割して指揮し、城の南部から東部、北東部へ展開するでしょう」


 果たしてそうだろうか、もしそれだけならば大きな心配は無くて済むが、違和感がある。


「趙雲はどこだ」


「それでしたら公孫範の麾下でありましょう」


 それはどうだ。公孫賛の性格は自分が優位になるような関係性を部下に強要する、先に功績をあげた趙雲を厚遇してやらなければならない部分もある、そのままだろうか? どうあっても自分が一番でありたい、それならば趙雲が活躍しても自分の功績になるようにするはずだ。


「白馬義従とかいう騎兵を指揮させる、という可能性があるように思えるぞ。そいつらが真っ先に正面から突撃、そうなれば簡単には防げんな」


 荀攸がその時にはどうなるかを想像する、歩兵が広がっている戦線など突き破って来る。直ぐにこちらの本陣にまで刺さって来て、護衛と交戦することになるだろうなと。そうすれば本陣で止めることはできる、大いに公孫賛軍の士気があがって白馬義従の名声が轟くだろう。


「将軍は公孫賛が、趙雲という部将をそこまで重用すると仰るのでありますね」


「重用とはまた違う感じだ。死ぬならそれはそれで良いと、故意に危険に晒し見せ場を作る、趙雲がそれを実力で乗り越える。そんな気がしただけだ、なんの根拠もないぞ」


 沮授や田豊ら知恵袋が確率が極めて低い想定に対してどうしたものかと沈黙する。無駄な戦力をそこに割り当てるだけの余裕はこちらにない、互角とは言えども兵の練度はあちらが上だからな。


「正面からその攻撃を受け止めるには、一隊を阻止にあてる必要がありますが、どなたを用いるおつもりで?」


 うーん、趙雲にぶつけて平気な奴か。張合か孫策だけなんだよな、典韋はきっと違う。張合をあちらの部隊から引き抜くわけにはいかんからな、ならば孫策だ。


「孫策だ。騎兵は黄蓋が統率し、役目を終えたら孫策をそちらに振り向ける。直ぐに騎兵の出番は訪れんからな、少し忙しくなるがどうだ孫策。趙雲は猛将で恐らく公孫賛軍で一番強い」


「相手にとって不足なし! どうぞこの孫伯符にやれとお命じを!」


 どうだ、と荀攸に目配せをする。何もこなければそのまま騎兵に戻せばよいだけ、この位ならば俺のわがままを飲んでも問題はない。そんなことを思ったかは別として「承知致しました、ではそのように配置を。黄蓋殿、不測の事態が起こった際には本陣へ即時合流するように」万が一の懸念に備える。


「従事中郎殿のご命令確かに」


 それでもまだ違和感はあるが、原因まではわからん。まあいいさ、この先はどうとでもする、いざ勝負だ!


 丘の西側斜面、そこに幕を張って床几に腰かけ遠くを見渡す。まずは荀攸が言った通りの布陣になっているな、城の守備兵は二千くらいか? 北部は林があるから騎兵がどのくらい伏せているか全く見えん。左手、南の湖付近、弩の部隊が極めて邪魔になっているな。


 右手側、河を渡って本陣に攻め込んでくるような形しか見えん。そうなれば側面をこちらの騎兵に刺される、嫌らしい配置になっているぞ。浅く狭い河だ、少し慎重に時間をかければ徒歩で渡れる、というのが罠なんだよな。行ったはいいが戻ることは困難、そんな話だよ。


 遠く南西方面から張合の部隊が城に向かって行く、それを阻害しようと城外の歩兵が二つ向かって行ったな。適当に兵力を引き付けてくれたらそれでいい、城を落とすつもりはないからな。


「さて公孫賛、どうする」


 時間の流れはどちらにとっても良くも悪くもない、糧食は不足していないし、今のところはここに直接割り込んで来る勢力も居ない。逆に言えばどこからも助けが来ないことを意味している。自力で勝たねばならんぞ。


「前衛が進んできます」


 側近が見たら分かることを声にする、そういう役割の奴が居るんだよ。歩兵が五千程で真っすぐ河を渡って進んで来ようとする、それを阻害することもなくだな。沮授と審配の部隊が正面だ、渡り切って逃げられなくなったあたりでようやく戦闘になった。


 互角に戦っているのは、双方が様子見だからか。後続が別の場所から河を渡り始める、そちらには審栄の隊が向かった。ふむ、何も起こらないのがおかしい。三つの前衛が戦闘状態になったのを確認すると、公孫賛の本陣から白い馬体の騎兵が進んで来る。白馬義従が動いた。


 歩兵らが戦闘をしている間をすいすいと進んで、本陣めがけて突き進んで来る。伝令が引っ切り無しに出入りし、情報を吐き出しては出て行く。


「申し上げます! 白い騎兵団に『趙』の軍旗があります!」


 荀攸と目線をかわすと一礼される。予想は的中だな「孫策に迎撃に出るように命じろ」本陣から兵三千を率いて盾になるような位置取りをさせる、あちらはそんなの無視して真っすぐにやって来た。


 騎兵と歩兵がぶつかればどうなるか、あっという間に騎兵が戦列に突き刺さり破壊して行く。ところがある位置になるとそれがストップして、小さな輪が出来た。孫策が趙雲と遭遇したか、胸がアツいシーンだな。足元でのことだ、目を細めれば姿が見える。だが折角だ、もう少し近くで見たいな。


「丘の中腹まで降りて観戦するぞ」


 だれの了解を得るわけでもなくそう言うとすっと立ち上がり勝手に歩いていく。直ぐ後ろに典韋が付いてきて、護衛隊が周囲を囲う。荀攸は仕方なくその場に残り「奉孝、お傍に」郭嘉についていくように言う。本営機能を放置するわけには行かない立場だからな、田豊はというとこちらに付き添うことにしたようだ。荀攸だけいれば充分だっていうのは同意だよ。


 下って行くと顔がはっきりと見える位のところで止まる、声だって聞こえてくるぞ。歩兵だけでなく、騎兵も足を止めて部将の対峙を見守る。戦争中の娯楽の一つでもあるからなこいつは。


「某は常山の趙子竜なり! そこな若い部将よ、死にたくなくば道をあけよ!」


「お前が将軍が言っていた趙雲という部将か。俺は孫堅が長子、名を策、字を伯符という、覚えておくんだな」


 おお、ファン垂涎のマッチだな。二十歳そこそこの二人、孫策は美丈夫で趙雲はキリっとした男前。どちらも死んでくれるなというのが気持ちだろうよ。


「将軍がとは?」


「我等が島将軍は仰った、公孫賛軍で一番腕が立つのが趙雲だとな。ゆえに、貴公を倒せば俺に敵うやつは誰も居ないことになる。御託はいらん、戦えばわかるだろう?」


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