第310話


 別に今回の戦いを有利に運ぼうって魂胆ではないわけか、目指す先が国家の安寧ならば俺が却下をするいわれはないな。


「わかった、荀攸殿の意見を採る。その為には何が必要だ」


 手ぶらというわけにもいくまい、かといって俺が出せるものなど知れている。


「一度の勝利と一通の書簡が」


「では仲良く分担するとしよう。俺は何処で誰に勝てばいい?」


 まさか逆ではあるまいからな、とんずらこいたが公孫賛に勝てってことだろうことは知ってるよ。にやりとして荀攸を見詰めると、あちらもまた笑みを浮かべた。


「無論、信都で公孫賛にで御座います」


 それはこの体制でというわけではないな、軍を集結させ決戦しろといっているわけだ。敵が応じてくれるかどうかがあるな、そのあたりの見通しを聞いてみるとするか。


「意地悪く籠もられたり、北へ逃げられたりする可能性はあるが」


「それは某が阻止いたしましょう。将軍はどうぞご心配なく」


「心強い一言だな。では戦うことが出来る前提で考えるとするぞ」


 両腕を組んで目を閉じる。現在の配置に今までの戦いを見る限りの訓練度を思い出す、敵軍の兵力に戦力、信都城の周辺の地理。忘れてはならないのは気候だ、このあたりの住民に空模様の推移を確かめねばならんな。半日を急いだところで大勢に影響はない、詳細情報が手に入るまで吟味するとしよう。


 初平二年、西暦だと百九十一年九月中旬、冀州軍はついに公孫賛と正面決戦を行う為に動いた。盗賊対策の為に郷土守備隊を残して、張合、孫策、沮授らの部隊も全て信都の近隣へ行軍させ、堂陽は扶卿の監視にあてて軍勢の拘束を行わせる。


 ここにきて信都東の小山に作った砦が大きな価値を発揮することになった。そこに本陣を置いて、主将らを集め軍議を開くことにする。標高が僅かでもあれば全軍を見ることができ、物資の堆積をする場所にもなったからだ。


 一か月ぶりに集まった面々、全員無事でなによりと思っていたが、やはり若者らの顔つきががらっと変わっていた。自由裁量で行動して、結果が出たのだから精悍にもなる。


「よし、始めるぞ。まずは沮授殿、広川とこの陣を含めた地歩の確保に感謝をする」


「冀州軍の実力を以てすれば、そう難しいことでもありません」


 自分の力ではないぞとの謙譲精神か、はたまた心底そう思っているのか。どちらでもいい、結果として満足しているからな。


「孫策、遊撃を行い部将の首をあげ、幾度も補給部隊を壊滅させた功績を称える」


「小物ばかりで褒められてはどうにも困惑すらします。もっと有名どころを狩った際にと願います」


 爽やかな笑みを浮かべてより高みを目指すと言い放つ、その言動にまったく嫌味が無いのがイケメンだな。さすが後の世に大ブームを起こすだけの主人公キャラだ。整い過ぎた顔に、筋肉がついた身体、そして機転が利く頭脳。もてはやされない方がおかしいぞ。


「そして張合、趙厳。後方攪乱だけに留まらず、見事城を奪うなどの武功をあげたこと、先達として誇りに思う」


 いや、ほんとだぞ。俺が二十歳そこそこの頃なんざ、大学でぼけっとすごしていただけだからな! 二人が並んで拳礼し視線を上げる。


「抜擢いただいた以上、命を賭して結果を捧げるのみ。島将軍の期待に応えられますよう努力致します!」


 張合の若かりし頃か、感慨深いよなあのじいさんとやりあった当人としては。血筋のせいで曹家や夏侯家の下に居たが、実力で行けばこいつのほうが上だというやつらが山ほど居たぞ。


「指揮権をお預け頂き身が引き締まる想いです。どのような困難でもご下命を!」


 趙厳も年上のあいつらと育ち、家柄では陳家に全く及ばずで、どこか控えめな部分があったからな。自由を与えられてのびのびとしている姿はこちらも気持ちよい。


「意気込むのも解るが、何せ生きて帰って来るのが最優先だぞ。勝敗は兵家の常だ、負けまいと視野を狭くし危険を抱え込むのは決して良い判断とは言えん。何度負けても構わん、最後の最後に勝てば勝者だ」


 というのは俺を息子同然だと思ってくれている某あのじい様の言葉だ。逆に勝ち続けていても、最後で一度負ければ敗者になる、項羽という覇者が最強のまま没したゆえんだな。荀攸に目線を投げかけて先に進めさせる。


「僭越ながら荀公達が進行をさせて頂きます。まずは概要を。公孫賛は南宮と広川を失い、信都と扶卿に軍を寄せております。公孫越に歩騎二万を預け楽成に駐屯させ、後方を確保させるも、遼西烏桓の騰頓が束州に現れ緊張状態、とても本軍を援護できる状況に御座いません」


 その報に触れていなかった部隊は無しか、それぞれの軍師がきっちりと情報をとってきている証拠だな。郭嘉が知っているのは荀攸が教えたからなのか? 沮授が半歩進み出て意見があると目線を配ると、荀攸が軽く頷く。


「烏桓がこちらの思惑通り公孫越を牽制しつづけるものでしょうか。いささか根拠に乏しいかと」


 田豊もそれに同意したな。郭嘉は動かずか、ここに情報格差が産まれたか、グループの違いがそういう結果になったのか、それとも敢えてのことか。


「それでしたらご心配なく。騰頓大人は幽州牧に恭順の意を示してございます。それに恭荻将軍にも好意を持っておられるとのこと」


 視線がこちらに集まるので「前に烏桓の大人と話をしたことがってな、その時の側近が騰頓なんだ。顔見知り程度でしかないぞ」何があったのかを明かしてやる。


「面識がおありでしたか。公孫賛は烏桓や匈奴と敵対しておりますゆえ、そこに大きな差が出ますな」


「沮授殿、それだけではありません。恭荻殿は、黎陽の於夫羅殿とも誼を通じ、捕虜であった張楊殿を解放させられました。かの孫羽将軍の後継者である存在、どうぞご留意の程を」


 残光は大いに役立っている、いつまでも甘えてはいられんが否定はしないさ。羽長官と俺は対等な関係だ、劉協のことを支えるという共通の目的がある、それは絶対だからな。沮授らも納得いったようで話を進めるようにと促した。


「東郡の賊もなりをひそめ、高邑の冀州殿も安全を確保されている今が、公孫賛との決戦を行う好機。信都からこれを排除することを提案させて頂きます」


 荀攸がこちらに向き直り拱手した。元からやる気だ、機会が巡って来たのも感じているぞ。


「よし、速やかにこれを撃破し、冀州に治安を取り戻すぞ! 周辺各城には最低限の守備兵のみを残し、全軍でことにあたる!」


「御意。公孫賛軍は歩兵四万、騎兵三千ほどかと。こちらは現在、歩兵三万、弩兵五千、騎兵二千」


「戦力は互角だ、だがこちらには極めて優秀な頭脳と、武威轟く若者らが多数いる。一人たりとも欠けることは許さんぞ! 荀攸、作戦を」


 地図を広げると、そこには近隣の詳細図が注釈入りで記されていた。高低差まで調べたか、地図を読めれば大いに想像できるほどの仕上がりだな。皆が食い入るように覗き込む、少し時間をとって隅々まで頭に入ったあたりで荀攸が口を開いた。


「信都は平城であり、その西に扶卿が御座います。この扶卿には趙浮殿の部隊が監視についており、遊撃に出るのは難しいようにしてあります」兵数も部将も共に納得いく説明に、皆がこくこくと頷く「信都東のこの丘に二万の兵力で本陣を置き、島将軍に詰めて頂きます」


 俺はそれを承知した。そうであれば公孫賛も主力をこちらに振り向けることになるな、なんとか側背を衝こうとするだろう。北部への道は退却路でもある、そこを確保しないはずがない。


「信都の南西から北東にかけて釜来河が走っております、更に南には衡水湖があるので、この湖の直ぐ東、河の南東沿いに弩五千を配し程喚殿に指揮して頂きます。川幅が短いので、場所によっては歩いても渡れるので敵が迂回して来ようとするのを阻止し、場合によっては前進して頂きます」


 射線も射程も確保出来る、急に攻められない上に側面防御の役にたつ。更には攻撃に転じる気になれば可能か、反対岸に居る敵としては厄介だが、弩を揃えられないと出来ないので居場所を押さえても意味がないか。

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