第309話

 そうなると公孫越に負担がのしかかるな、後方に戦力を引き戻すように求める位はありそうだ。信都を失うわけには行かないので、公孫賛はここに滞在する側近もだ。では誰が向かうかというと、歩兵の一団だろう。その指揮官は武官であり一族の公孫越よりも下位、王門やら厳綱といった失点組がなるんだろ。


「機動力はあっても数は少ない、孫策のことは注意しておいてくれ。もしもの時は救援に出るぞ」


「承知致しました」


「公孫範の騎兵だが、正味のところどのくらい被害を与えたんだ?」


 戦場掃除は村の者らに任せたが、詳しいところをまだ聞いていない。武装は回収したし、生きてる馬も全てこちらに輸送させた。死体の処理をする代わりに、死んでいる馬を分けてやる条件でだ。村でも肉が手に入ると大喜びで人手を出してくれたがね。


「騎兵が千人ほど、負傷していないものは皆無ではないでしょうか。無傷の軍馬も五百は手に入りました、残りは死んだか逃げたかです」


 騎兵は簡単になれるものではない、それを千も削ったのだから大勝利だな。混乱に乗じて軍から離脱するやつだってそれなりに居るはずだ、直ぐに使える騎兵は五百以下というのが妥当な線だぞ。


「そうか。程喚の功績だ、韓馥殿に上申しておいてやれ」


 部下の功績は速やかに認めてやる、そうすることでやる気も出てくるだろ。俺を追い越してどこまでも活躍してくれたって全く構わん、それで全て上手く行くなら庶民になって畑でも耕して過ごしてもいいとすら思っているからな。飽きて狩りに出かけそうだが、そういうのを許してはくれ無さそうだ。


「功あがれば常に奪うのが習わしとすら言えるこの乱れた世で、そのような言を耳に出来ることに感謝を」


 力こそすべて、ずる賢さだって力の一種だからな。今はそんな荒れた世界に存在している、よくもまあ五体満足でいられたものだ。普通にしていて賞賛されるとは、とんだ地獄だよ。


「努力は報われ、希望は叶う。明日は今日よりもより良く、人々は皆が笑っている。理想が当たり前になれば、次はなにを目指すんだろうな」


「是非とも確かめてみたいものです」


 それから数日が経つと、伝令が駆け込んできた。良くも悪くも速報だ、直ぐに目の前にやって来るようにさせると、険しい表情。


「申し上げます、趙厳様が河間国の成平城を奪いました!」


 直ぐに地図を拡げさせて、視覚的に確認する。東光から北にいくと南皮、北西にいくと成平か。そこを落とせたのは意外だが、単純に攻めたわけでもあるまい。


「何があったのでしょうか」


 俺の代わりに荀攸殿が伝令に問いかける、この城にいたら分からない要因があったのは明白だ。そして趙厳が速やかにその変化に乗った結果なのだろう。


「公孫越軍団が急に乱れ、前線の城から引き下がり河間国の都、楽成へ引いたので機を逃さずに前進しました!」


 荀攸と目を合わせる、小城を捨てて重要拠点に引き下がった。それはいい、戦線を整理するのは普通の事だ。だが牽制攻撃程度しかしていなかったのに、急に何故。それをここで伝令に問いかけてもどうしようもないので、労いの言葉をかけて休ませてやる。


「どういう風の吹き回しだと思う」


「冀州内で我等ではなく、別の何かに警戒をしているということでありましょう」


 それが何かはいまのところ不明、賊というわけではないだろうが何だろうな。暗闇を進むわけには行かない「韓馥殿のところに情報が入っているかも知れん、確認させよう」荀攸も頷くと補佐を呼び出して走るようにと命令をした。


 高邑から補佐が戻るより前に、答えを携えた伝令が郭嘉のところからやって来る方が早かった。さっそくどうなっているかと促した。


「河間国の束州城に烏桓が現れ城を占拠し、公孫賛の支配地域を攻撃しております!」


 異民族の登場か、恨みを買っているはずだからな、丁度良いと手を出してきたか。それだもの散っている拠点を捨てて動脈を守ろうとするはずだ。


「二正面どころか三正面の勢いだな」


 何か考えを巡らせているようで、荀攸が目を細めて動きを止めた。おっと邪魔をしたら悪い、少し待つとするか。


「烏桓の首魁はわかりますか?」


「はい、大人の騰頓と名乗っている遼西の部族とのこと」


 あん? どこかで聞いたことがあったな。いや、気のせいだったか?


「他に何か詳しくは」


「いえ……あ、姿を遠目に見た者が居て、何でも虎の毛皮をまとった若い男のようです」


「ああ」ついつい声が出てしまうと、荀攸に視線を投げかけられる。まあ、そうだよな。「騰頓な騰頓、その毛皮は俺が渡したやつだ。あれだぞ、荀彧に手土産を持って行けと言われてのことだからな。でも丘力居ってのにやったはずだが」


「丘力居が死去し、配下の部族が分裂したと聞き及んでおりましたが、どうやら騰頓が取りまとめた様子」


「なら統率に苦労してるだろ、大人しく国に居ればいいものをどうしてまた」


 落ち付いてから行動するにはやはり数年は支配を固めるのが筋だろ。そうでなくても部族が分裂するような状態だったんだ、他所に侵略している場合ではないだろうに。


「大人としての力を部族に見せつける必要があったのでしょう。統率者である実力を」


 なるほど、そいつは手っ取り早い。いわれてみれば納得だよ、では次の疑問はどうして幽州ではなく冀州にまで出張してきているかだな。地元支配でいいじゃないか。


「なぜ公孫賛を狙っている」


「それに関しましては、幽州牧を攻めることは御座いませんので、牧と反目している者を襲ったのでしょう」


「牧というと確か……」


「劉虞殿下で御座います。異民族に敬愛されておりますれば、烏桓からの信頼も厚いと聞き及んでおります。また公孫賛と敵対し、直接刃を交えたことも御座いますので」


 劉虞ってのは袁紹にも担ぎ出されようとしていたな、それを蹴って異民族に好かれてか。かなりの好人物なのは間違いないが、それほどの奴が辺境の、ド辺境で勤務とは、朝廷での争いに嫌気がさしたんだろうな。


「郭嘉だけでなく、全軍に騰頓の支配する烏桓にこちらから攻撃を仕掛けるなと通知を出しておけ。自衛は許可する」


 荀攸が拱手して姿勢を正す、どうしたんだ?


「島将軍、烏桓の騰頓に使者を出し、味方に引き込むことを提案いたします」


 戦略提言か。そりゃ味方は多いに越したことはないし、敵対者の敵対者と結ぶのは正解だ。ここでそうするのが己の利得なのは解るが、うーむ。


「詳細な目的は」


「現在の遼西烏桓は未だ不安定ゆえに行動を起こしております。もし勢いを失えば四散し、公孫賛の反撃でその多くを失うでしょう。それは冀州の不安が増大することをそのまま示します。もしここで公孫賛が規模を縮小し、烏桓が支配を固めたならば、幽州、冀州ともに安定し、民も休まることになります」

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