第307話

「天の下にあって、そのような考えよりもより高尚な目的を達するべきであろう」


「答えを期待はしていないよ。俺は乞われて冀州に居て、望んでこの場に在る。そして統治における一つの道行きをこの目で見た。立ち去れ公孫賛、冀州は貴官らの軍を求めてはいない」


 中華がどうではなく、この場である冀州についてならば、双方の意見がぶつかる。見ている部分、嫌いではないがすべてを認めるわけにはいかんからな。睨んでやると、隣にいる騎兵が矛を掲げて前へ出てくる。


「公孫将軍、ここは私にお任せを。己の格というのを思い知らせてやりましょうぞ。俺は厳綱だ、ごたくはいらん勝負だ!」

 ふむ、わかりやすくて非常に結構だ。双方とも軍がざわつく、公孫賛も止めないということは一騎打ちを認めている証拠だな。典韋がなにかもの言いたげだが、敢えて気づかんふりをしておくとしよう。


「良いだろう、恭荻将軍島介が訓練をつけてやろう。なに、手加減はしてやるよ」


 余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべて馬を前に出す。後方から武具をガンガン叩きつけて「おうおうおう!」という気合いの声を出しているのが聞こえてくる。勇気を称賛してくれているんだな、娯楽の一つだと思って少し引き付けてやるとしよう。


「舐めおって、その首もらいうける!」


 真っすぐにこちらに向かってくる、こちらも軽く馬の腹を蹴ってやり左手に厳綱を見るように動いた。大上段から矛を振り下ろして来るのを、軽く斜めにいなしてやる。真横に振って来るのを上に弾いてやり、石突きで脇腹を叩いてやった。


「動きが荒い、それでは直ぐに致命傷だぞ」


 馬が過ぎ去っていき馬首を返して距離をとると、厳綱がこちらを睨んで来る。強面ではあるんだが、腕前は文聘以下だな。あの強気は見るべきところがあるが、実力は武官向きとは言えない気がするぞ。


「ふざけるな、直ぐに目にもの見せてやる!」


 今度は矛をついてくるので上体を捻って避けると、太ももを強か打ち付けてやった。引き戻す矛の突起に引っ掛けられないように注意して、振り回して来る矛に反対から両手で思い切り打ち付けてやる。すると余りの衝撃に矛を取り落としてしまった。


「戦場で武器を手放すとは、降伏でもしたかったのか?」


「ぬぅ! 手が滑っただけだ!」


 突き刺さっている矛を引っこ抜くと、両手で握りしめる。唸っているだけのところに、後方からもう一騎やって来ると目の前に並んだ、さてこいつは誰だ?


「公孫賛が部将の王門だ、この攻撃を受けきれるか!」


 ああ、逃げ出したあいつか。軍指揮はだめでも、もしかして個人戦闘はいけるクチか? 矛を鋭く突き出して来る、それを横へ弾くと、真横から凪いできた。それを伏せてやり過ごすと、軽く突いてやる。するとかわそうとしてふらついて態勢を崩した。


「ぬぅん!」


 追撃をしようか迷っていると反対から厳綱が攻めかかって来るので矛を交差させて防ぐ。うーん、何故だろうな妙に動きが遅い奴らな気がする、こんなものか? ほんと、蜀はハードモードだったんだな。適当に受けては石突きで手足や胴を叩いてやると、顔をしかめた公孫賛が近づいて来る。


「どけ! 俺が相手だ!」


「ようやく大将のお出ましか、良いだろう一手つけてやるぞ」


 こいつの能力は未知数だ、少なくともこいつらよりははるかに強いだろうな。後方の兵士らの掛け声がより大きくなる、あいつらも興奮してるだろうか。馬を走らせ厳しい表情で一撃で決めに来るのが感じられた。こちらも真面目に切っ先を向けると、突起部分で受け止める。


 馬足を止めて攻防戦を繰り広げる、対処できない攻撃は一つもないな。それでも文聘ならば防戦一方といったところだろうか。張遼や甘寧ならば公孫賛に勝てる気がするぞ。


「公孫賛様、加勢致します!」


 二人も加わり三対一になる、僅かに距離をあけて馬を歩かせてこちらの隙を伺っているようだ。


「ふん、三人居れば勝てるとでも思ったか?」


 両足で馬の腹をきっちりと絞めて、両手で矛を握って後ろにも目があるかのように警戒をする。正面は常に公孫賛を見るようにしてだ。目くばせをした公孫賛が動くと、三人が同時に接近してきた。真っ先に厳綱の奴の肩を狙って矛を突き出してやると、驚いて背中から落馬した。


 公孫賛の振り下ろしを矛の突起を突き出し、速度が乗る前に受け止めると、後ろから突いてくる王門の攻撃を、ぐっと身を右に傾けてかわす。石突きを地面に突き刺し、両腕と腹筋に力を込めて上体を起こすと天に向けて矛を伸ばす、公孫賛が矛を引いたので後ろをチラッとみて王門の腹を石突きで直撃してやった。


「その程度でこの島介をやれると思うな! 命だけは助けてやる、馬と矛は置いて去れ!」


 王門と厳綱は口をパクパクとさせてから公孫賛を見て、そそくさと駆けだして陣営へと逃げて行った。後ろから「うぉぉ!」勝利への雄たけびが発せられる。目的は果たしたな。


「公孫賛、お互い将軍であるならば軍指揮で勝負だ」


 引っ込んで北方で異民族相手に治安維持を続けるならばそれの方が嬉しいんだよな、こいつを殺す必要など何もない。かといって黙っていては戦うしかなくなる、こちらから挑んでやれば退く言い分も出来るだろ。


「良いだろう、直ぐに壊滅まで追い込んでくれるわ!」


 典韋が残された馬を二頭とも曳いて一緒に橋の先へと戻ると兵らに大歓迎を受けた。突然やって来た上官がどういうやつかを知ってくれたら幸いだよ。木柵のところにまで来ると荀攸殿が近づいてきて一礼する。


「島将軍お見事で御座いました。誠に武人の誉れを体現したかのような振る舞いに、公達は畏敬の念隠し切れません」


「なに、あんなのは匹夫の勇というやつだ、褒められるようなものじゃないさ」


 肩をすくめて苦笑いすると下馬して矛を従卒に手渡す。そう見詰めるなよ、そこまで凄い男じゃないんだぞ。地鳴りのような音を響かせて大軍が攻め寄せて来る、まあそうしないわけには行かないよな。


「おい典韋、橋の防衛に混ざってこい。気が済んだら戻って来るんだ」


 いつまでも武装を解かないでいる典韋を見て、そのまま待機も詰まらんだろうと気を回してやる。別に護衛に張り付いていなくても昼間なら問題ないぞ。暗殺って感じでもなさそうだしな、まあ油断は出来んが。


「ちょっくら行って来ます!」


 いけいけと手のひらを振ってやり見送る。さて、正面は簡単に河を渡ることなど出来んし、橋を通れるのも僅かだ。これに押し切られることはまずない。そんなへまをしても居られんしな。


「後方でありますが、程喚殿が仕掛けましたところ、公孫範は少数の兵で血路を切り開き脱出したようです」


「ほう、良くぞ逃げられたものだな。囲まれて狙い撃ちされては手も足も出ないと思っていたが」


 そのくらい待ち伏せというのは厄介だ、敵に存在を気づかれないのは過去でも未来でもとてつもなく大きなアドバンテージになるからな。


「それが封鎖していた場所を、若武者の一隊が突破し、公孫範を逃がしたようで」


「あちらにも将来有望な奴が居たか。名前はわかるのか?」


 上位の部将らは揃いも揃って雑魚な気もしたが、年齢が邪魔をするのならば出自が低いということになるな。程喚の能力の程もあるだろうが、それなりに使える奴だという評価だったのは見誤ったか?


「兵の話では趙子竜と名乗っていたそうで」


「うむ、趙雲のやつか!」


 それならば納得だ、程喚には悪いが相手があいつでは仕方ない。一つ間違えばあべこべにやられていただろうさ、公孫範という足手まといを逃がすために尽力してくれたおかげで追い払うことが出来た、そう思うとしよう。


「その者をご存知で?」


「張遼や甘寧くらいの大駒になる才能を持っているはずだ。だが配下には出来んだろうな」


「公孫賛に忠誠を誓っていると?」


 うーん、どうやって説明したものか。どこで劉備に惹かれたのかは実は詳しくは聞いたことが無いんだよな、多分方向性とかそういう部分なんだろうが。というか劉備の奴の魅力というのはクソ真面目以外ないだろう、戦えば負けるし、政治ではわがままを言うし、働くのは本人ではなく部下ばかりだからな。褒め上手ではあるのか。


「いや、そうではないが、胸に決めた主が居るんだよあいつには。だが味方にはなりうる、そういう存在だと覚えておくんだ」


「御意」


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