第301話

 東武城は周辺十県の中心で交通の要衝。そして南蛮県は高邑、信都、邯鄲、そして清河の郡都甘陵を窺う中間地点か。後者の聞こえはあまりに俺にしっくりと来る場所だな。


「沮授殿、審配、審栄を配し、兵一万と弩兵三千を預ける。東武城に入り周辺県の維持と、万が一の際には張合の援助を頼みたい」


「それでは本営の戦力が低くなりすぎて、島将軍が窮するのではありませぬか?」


 兵一万五千弩二千で公孫賛と正面でぶつかりつつ、もしもの際には魏国の方面にも増援を送る必要があるからな。このもしも、山賊だけではなく袁紹の事も含んでいるぞ。


「なに、その位俺の度量でどうとでもする。袁紹への工作はそちらに任せるがいいな」


「その位せねば某の在る意味がありませんな。どうぞご懸念なく」


「よし決まりだ。では荀攸殿、俺達は南蛮に入るぞ。程喚にも報せておくんだ」


 地域の城を護るだけならば充分なやつらは幾らでもいるらしいからな、あとはそれを利用して戦域全体をまとめる頭があれば充分戦える。これが出来ないようでは将軍を名乗っているのが恥ずかしいぞ。こう見てみると、やはり文聘達は有能だったんだなって再確認出来るよ。


 そこから十日とせずに俺は南蛮県に入城した。だだっ広い平地の真ん中にある平城で、まともな道も南北と南東方面に一本ずつしか伸びていない、守るには苦労しそうな土地だった。


「ふむ、荀攸殿、こいつはいちはやく南宮を奪った方がやりやすそうだな」


「確かにこれを運用すべく苦労をするよりは、居場所を変えた方が良さそうな気はします。来てみねばわからぬものではありますが、さすがにこれは厳しいかと」


 図上ではここが便利そうだったが、こいつは酷い。農村として見れば最高なんだが、軍事拠点としての適正地かというと疑問しかない。まあ知ることが出来たのをプラスだと考えようか。


「南宮への偵察を出しておくんだ。それと城外に簡易砦を設置させるとしよう、木柵や空堀で縄張りをつくる程度の奴をな。それだけでもかなり違ってくるはずだ」


 人は敵との物理的な隔たりがあるだけでも落ち着くものなんだよ。どこまで物理防御力があるかは問わん、布を垂らしてあるだけでも精神的に違うのは体感してのことだからな。


「畏まりました。それと堂陽の孫策殿からの報告でありますが、趙国南東部からの徴集兵が二千程送られてくるまでは防備に尽力するとのことです」


「それだが、移動中に蹴散らされてもつまらん。本部から部隊を出して護送するようにしておけ。荀攸殿の裁量で仮司馬を選任し、兵千を預けて先導させるんだ。武装も満足に与えるんだ」


「御意」


 装備の心配がないのは楽だな、食糧についてもそうだぞ。兵力はあちこちで動員も出来るし、正規軍も万単位で存在している。これだけの素地があっても運用することが出来ないと、宝の持ち腐れという奴になるんだな。あれば活用するという常識は良くない考えか。


「袁紹殿の状況で御座いますが、陳留は延津に駐留している様子」


「ほうあのあたりか、いよいよ洛陽を目指すつもりはないらしい」


 どこかといえば酸棗の傍だ。小黄からも目と鼻の先だ、こちらの情報網に引っ掛かるのも当然という場所だな。何せ下積みの年季が違う、羽長官様様だよ。


「そして於夫羅が麹義に破れましたが、その敗残軍が黎陽の張楊を破り捕え、拠点にしております。袁紹軍でも麹義ありと賞賛を集めている様子」


 おっと知らん名前が出て来たな、こいつは常識か? 常識なのか。放置は出来んな、無知を晒しておくとしよう。


「すまんが荀攸殿、於夫羅も張楊も良く知らん。何者だそいつらは」


「さようでございましたか。於夫羅は南匈奴の右賢王とも単于とも呼ばれている者です。白波賊と共に漢を荒しておりましたが、反董卓連合軍が立ってよりはその麾下にあり、東郡の西部に屯しておりました」


 なんと連合軍の部隊だったのか、それも異民族が。右賢王が何かは知らんが、単于とも言われてたってことは称号だろうな。


「ん? それなのに袁紹のところがどうして於夫羅を攻撃したんだ」


 だってそうだろ、話せばわかるやつだから麾下にいたんだ。それをわざわざ攻撃した意図がよくわからん、食糧なんで困っている袁紹がだぞ。


「反逆とのことでありますが、さて献帝陛下にでも董卓にでもない反逆とは、袁紹殿の行動に対することでありましょうか」


 それを反逆と呼ぶのはおかしいな、袁紹の行動に意を唱えたってことかも知れんな。早とちりは良くない、まずは聞くだけ聞いておこう。


「して張楊とは」


「元は何進大将軍の属でありまして、上党にいた白波賊を攻撃するも打ち破ること出来ず、軍勢を保持したまま連合軍に連なって、於夫羅と共に在ったものです。どうも於夫羅と意見は違えたが、これといって強く抗戦したわけでもなさそうです」


 何進のねぇ、見たことはないが異民族ではないんだな。袁紹のやり口に見切りをつけたが、於夫羅のように行動に起こしはしなかったが、於夫羅も張楊を殺すではなく捕えておくだけで悪い扱いはしていないか。こいつは悪材料か好材料かといわれれば、どちらにでも転ぶというやつだぞ。


 表面上袁紹と韓馥は友軍というか、官吏として同じ立場にある。そこでそんな奴らと友好を取り持てば袁紹が良い顔をしないので問題になる、とか言いはじめるだろうが潜在的な敵ならば別だな。


「於夫羅の目的は何だと思う?」


「少帝の即位後に単于継承の件で上訴をしに都に赴いておりますれば、董卓を打倒し献帝を助け、自らの単于を認めて貰い帰国するといったところではないでしょうか。袁紹殿が董卓へ向かうことをせず、劉虞殿を祭り上げようとし失敗し、今また冀州を狙おうとするのに反意を持ったのでしょう」


 なんだ詳しく知っているではないか、荀攸のやつもそういうのが嫌いらしいな。俺だってそういうのは好かんぞ。だがこれで於夫羅の大体の方針は見えて来た、自身の為に皇帝を助けるのを道筋にしているならば協力できないこともない。


 張楊もだろうな、現状それに協同して行くには抵抗があるが、批判をすることもなく大人しくしている。きっかけがあればまた共に歩むかもしれないならば、張楊を捕らえてもそっと軟禁する位におさめている。正義があれば恐らくはそいつらは靡く、その為には行動で示す必要がある。


「韓馥殿に連絡を入れるんだ、於夫羅に使者を出すようにとな。内容はそうだな、私利私欲のために冀州へ攻撃をしてきた公孫賛を迎え撃つ為に戦っているので、黎陽周辺の治安維持を州牧として要請する。そんな感じか」


「冀州殿の後援を与えるわけでございますか。ですがそれでは袁紹殿が面白くはないでしょう」


「その袁紹には沮授が既に工作を仕掛けている最中だ。任地に戻り公孫賛を攻撃するか、渤海の家族をこちらで保護するか、それに比べれば於夫羅など追い払った後に地方で治安警備をするなどどうでもよく思うはずだ。大事を控えて果断に振る舞うよりは、延々と優柔不断に悩み続けるだけだよ」


 あいつはそう言う奴なんだよ、本当に連合の本営ではイライラした。周りが半数以上行動してようやく追いかけるようならば、大将なぞするなってんだ。それに家族を異様に大切にしていると小耳に挟んだ、異民族の去就など後回しの末に放置だろ。


 二日の後に南宮城偵察の報告がもたらされた。これが早いと思うか遅いと思うかは人それぞれだな。簡単な絵図を目の前に出されたのでまずはそれを凝視した。


「盆地の城といったところか」

 

 四方が山に囲まれていて、東だけは僅か一キロほどで山が平地になり広がっているような地形。見通しが悪く四方のいずれかを奪われただけでも城内丸見えの、守るにはあまりに厳しい城だな。


「南宮城でございますが守備兵は三千、守将は王門という四十路の者で、北部出身の部将のようです。この王門、北方異民族との戦いでは連戦連敗で、公孫賛陣営では肩身が狭い思いをしているとのこと」


「ふむ、連戦連敗であっても常に生き残っているならば、経験値は高いんだろう。才能や努力の方向性が違っているんだよ」


 そいつが不遇だから頑張って守るつもりか、それともその逆かを見極めたいところだ。負けても負けても任用するということならば、前者だろうと考えるのは早計だぞ。


「此度もそそくさと逃げおおせてくれるのならば、ありがたいことではありますが。この南宮城、下手な動きをしてもすぐに露見するものではありますが、黙って籠城していれば簡単には落ちませぬ」


 そりゃそうだ、この時代の物理的な攻撃で落ちる城なんて皆無だよ。それなのにほいほいと陥落するのは、こらえ性が無いってことなんだろうな。これぞ面子文化だよ。



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