第300話


 地域柄何かの齟齬があってはいかんと問いかける、弩の五千をここに固定するのは少々勿体ない気もするが、韓馥殿が危険に晒されれば全てが終わる。そんな玉を厚く守らんでどうするってことだな。ん、沮授か。


「それでありますが、補給拠点は高邑の直ぐ南東にある鋸鹿郡都の衛陶にしてはいかがでしょうか。理由はいくつか、補給部隊の出入りに混じり不逞の輩が城内紛れるのを防ぎます。某ならば暗殺も含めて冀州殿に近づく策を弄しますので」


「確かに出入りが多ければ検査も漏れることがあるな、他には」


 暗殺か、それまではこちらでは防げないが、面子の問題もあってかあまりそういうのは行われないようだ。上が下の者を消すのは別だぞ、逆でやると高位になった際に名声が不足すると上手く行かず結局損をするとかそういうやつだからな。


「衛陶が交通の十字路になっており、高邑がそれに繋がっている道路の利が御座います。また相互防衛の見地からも、近隣の都市にも兵を置くのが有利かと」


「兵が寝泊まりするのも、暗夜奇襲に抜け出すのも、複数あった方が有利なのも確かだ。他にも理由があるのか?」


 俺が感じられたのはこの二つだけだな、もっと別の見地があるならば聞いてよかったということになるが。


「ございます。西にそびえる難山に山賊が巣くっておりますので、補給部隊を目にすれば襲い掛かる可能性があります。ゆえに、より南東部で警戒線の内側を行動する方が警備もしやすく余計な被害を減らす結果に繋がりましょう」


「なるほど、それは盲点だった。沮授殿の言葉はもっともだ、韓馥殿には高邑に君臨してもらうのみにし、補給拠点は衛陶に変える。鋸鹿太守は?」


「李邵殿でありますれば、彼の御仁はより強きになびくかのような性格もあります。州治府が近隣にあり、多数の精強な兵を目にすれば世迷いごとも姿を隠すでしょう」


 そいつも気弱ということか、ならばまとめて守ってやった方がお互いの為だな。信治を体現しているというならば文句は無いぞ。


「そうか。州東部だが、渤海郡までこちらで直接指揮しようとすると藪蛇になる恐れがある。そこは袁紹殿と争うつもりがあるなら公孫賛も手を出すが、そうでなければ避けて通ると思うがどうだろうか」


 なおそこが荒れても俺的には後回しで構わないとすら思っているぞ。優柔不断な袁紹も、家族を害されるかもと思えば救援に駆け付けるだろう。そうなればこちらと敵対する機会も減って有耶無耶になる部分も出るが、何でもかんでもはっきりとさせる必要もないからな。


「事実、現在も南西部に進むような姿勢では御座いますね。いかがでありましょうか田豊殿の見解は」


 沮授が黙ってしまったので荀攸殿がそう話を振っているが、どうしたものかな。何かしら思いがあるような顔つきをしているが、まずは田豊の話から聞くとするか。


「本来であるならば、渤海太守が任地の防備を行うのが筋であります。ですが国家の為と任地を離れているならば、これも仕方なきこと。冀州としては太守の家族を保護すべく行動すべきではと愚考致します」


 命題が飛び出してきたな。好意でそうしてみたとしても、袁紹からしたら人質をとった敵に見えるだろう。荀攸殿と目を合わせても渋い顔をしている、だがこれをただ却下するだけというのはもったいない気がする。俺には正解が見えんが、真っすぐ突き進む以外に解決策があるだろうな。


「沮授殿はどうだろうか」


 あるんだろ何かが、しかも言い出すと波乱が起こるような手が。恐らくそれは清流派と呼ばれているような奴らが毛嫌いするような手垢まみれの何かだ。


「公孫賛が南東へ進んでいるのは、冀州を奪うためでありましょう。中央を占める、それは結構。ではなぜ今手薄になっている東部の渤海を攻めないのか。将軍が仰るように袁紹殿との軋轢を避けるためでありましょう。ならばそこに付け入る隙が御座います」


「続けろ」


 聞いたら最後で反発が起こるのは必至、というわけか。いいさ、汚名なんてのは全て俺が被れば丸く収まるんだろ。


「袁紹殿に任地に戻るようにと使者を送ります、冀州で家族を保護することも検討しているともここで伝えます。どちらも是とはしにくい内容ゆえ、あの袁紹殿ならば検討をすると即断はできないと見ております。公孫賛は恐らく渤海に直接手出しをしません、ですので偽旗作戦を敢行いたします」


 偽旗、つまりは公孫賛だとこちらが偽り渤海を攻めるわけか。裏切りのだまし討ちとは違うが、汚い手段ではある。名士であろうとするならば確かに拒否する案件だな。目を細めてこれをいかに正義の行いにするかの変換作業を大急ぎで行うぞ。


「偽旗の詳細を」


「公孫賛軍の旗をいずれかにより入手し、一軍をもって渤海郡の城市を攻撃しこれを公孫賛の行動だと喧伝いたします。それを以て袁紹殿との離間策を促進し、双方を敵対させることで渤海へ帰還させる流れをつくるものであります」


 わかっていても対処のしようがない、これぞ策略という奴だな。そして荀攸殿も田豊も不満そうな顔つき、ついでに言えば幕のやつらも乗り気ではないが反対もしないか。捨てるに忍びないがこのまま使うほど俺は浅くもないぞ。


「そのまま行えば恐らくは沮授殿の想定通りになるだろうな」


「では――」


「だが! それは簡単な道でしかない。俺は楽をするためにここに居るつもりはない。答えろ、渤海の諸城から冀州軍が公孫賛の東部、並びに北部へ度々攻撃をしに出撃し、反撃を受けると直ぐに渤海に撤退するのを繰り返し挑発を行う。公孫賛はこの馬鹿にするかのような攻撃を黙って受け流して、首魁としての面目が立つだろうか?」


 こちらの玉である韓馥殿は決して不意打ちで倒せない、そこで逆転を狙ってしくじれば公孫賛軍は即瓦解する、ならば選択肢から外すしかない。次点である俺を撃破しに出てくるならば望むところだ、相手になってやる。イライラが募って来る軍からの突き上げ、それをどう解消するかだ。


「黙っているわけにはいかないでしょう。ですがそれならば陽動攻撃軍にかなりの動きを要求することになりますが」


「張合! 趙厳と牽招の軍、補佐に郭嘉をつける。攻めては退き、退いては攻める舵取りが難しい軍運用、しかも渤海太守による目に見えない妨害が飛んでくる可能性すら含んでいる状況、これを完遂出来るか」


「出来なければこの首を差し出しましょう!」


 張合だけでなく、趙厳と牽招も揃ってその場でやると意志を示す。若さが溢れるな、これを失うつもりはこれっぽっちもないぞ!


「郭嘉、微細な戦況予測に無色透明な阻害、求められる内容は膨大だ、さばき切れるか」


「そのくらい出来ずに主を支えるなど口に出来るでしょうか。どうぞやれとご命令下さい」


「よし、主将張合に兵一万五千、趙厳、牽招を預ける。郭嘉の助言で判断し見事公孫賛軍の渤海攻撃を引き出せ」


 これで公孫賛はどこかで一度、不安定でも攻勢に出なければならない瞬間がやって来る。俺はその時、必ず戦いに勝利すべき義務がある。やってやるさ、いくらでもな。あとは弩兵五千に歩兵か。どこかで動員兵を一時的に利用することになるが、うっかり城を失陥というのは絶対に避けるべきだな。


「残るは兵二万五千と弩兵五千でありますが、清河国は東武城県と鋸鹿郡の南蛮県、この二カ所が重要かと存じます」

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