第299話

 智謀と統率は別物だ、とはいえ荀攸殿が文武の才があるというのだから、そこいらの奴よりは腕がある。だが俺は信用出来るやつしか用いることはしない。趙厳と孫策に部隊を預けるが、二人一組にしないとまだ経験がな。そうなると俺は一人なんだよ、典韋に部隊を任せるのは数が少ないなら良いが、万になるとどうにもな。


 うん、足音が聞こえてくるな。郭嘉のやつが戻って来たか。一人後ろに若いのを連れてきている、といってもやはり二十歳くらいか、友人でも引っ張って来たのかもな。目の前の奴らが左右に分かれて居場所を譲った。


「郭嘉が戻りました。お言葉の通りに、軍勢を指揮するに相応しい者を連れてまいりました。この者に半数を預けられますでしょうか」


 という物言いに、田豊も沮授も驚きを隠せないな。そりゃそうだろう若すぎる。というかこいつどこかで見たことがあるような気がするが。進み出ると拳礼をして声を張る。


「河間出身、冀州軍の司馬で張合、字を儁亥と申します!」


 なんと張合か! 言われてみればあの爺さんと同じ目をしているな、雰囲気が似ている。まあ、本人だものな。あれだけ何度もやりあったんだ、わかるさ。


「俺が督冀州恭荻将軍の島介だ。郭嘉の推挙だが、自分が何を求められてここに立っているかは理解しているな」


「某に大軍を指揮させて頂けると聞き、勇んで参りました!」


「いかがでしょう島介殿。この張合、極めて有能で軍を指揮すれば右に出るものは居りません。さあどうします」


 荀攸殿がまた頭痛を発症しているな。だが安心しろ、すぐに解決してやる。


「なるほど郭嘉は良い目をしているな。よし張合、お前は今から恭荻校尉だ、俺の軍勢の半数を指揮するんだ」


「な、なんと!」


 張合だけではない、郭嘉も含めてその場の皆が大いに驚いている。いいか、これは冗談じゃないぞ。


「俺も郭嘉に負けない位に人を見る目はあるつもりだ。張合ならば二度、三度大きな戦を経験すれば将軍になれるだけの器がある。大体郭嘉、お前がそうだと連れて来たのに何を驚いているんだ。それとも冗談で張合を引っ張って来たとでも言うなら、ここで貴様を叩き切るぞ! どうなんだ!」


 注目が郭嘉に集まる、荀攸殿がはらはらとしているな。だがここではっきりとさせなければならん、信用出来る奴かどうかをな。郭嘉は両膝をつき、拱手するとこちらを真っすぐに見る。


「潁川の郭奉孝、我が主君見付けたり! どうか数々の無礼、お許しください」


「そいつは構わんと言ったろう。立つんだ、お前の最初の功績はあまりに莫大だぞ」


 傍によって手を差し伸べてやり立たせる。こいつは確りと人を見ている、張合を連れて来たのがその証拠だ。一度信用すると決めたら、二度と変えはしない。


「張合、決して楽な道ではない。だがお前なら必ず出来る、だから俺も助力を惜しまんつもりだ。やるぞ、いいな」


「ははっ!」


 気合いがこもった返事、気持ちがいいな。おっと話の途中だったよ。


「沮授殿、どうやら軍同士での戦いでもこちらが優位に立てる見通しになった、詳細を詰めようではないか」


 余裕の笑みで話しかける俺を、小さくコクコクと何度も頷きながら見ていたのが印象的だ。地図を持ってこさせてそれを見ながら話を続ける。あちこちに部隊を表す駒を一緒に置いて、出来るだけ情報の齟齬が起こらないような配慮もした。


「さて、俺の本来の軍師としての役目は荀彧が担うが、現在はここに居ない。あいつの指名が荀攸殿なので参軍として働いてもらいたいが、どうだろうか」


「畏まりました」


「うむ。それと郭嘉、お前も参軍にする。幅広い助言に期待する」


「微力を尽くします」


 この際だから臨時で良いので全てに職を割り振ってみるとするか。だがこれは可能なんだろうか?


「早速だが、俺は雑号将軍の幕に疎い。そもそも席次はどうなっている?」


「されば公達がお答えいたします。万石の上級将軍ではなく、比二千石の将軍でありますれば、軍師を省かれ次席が長吏、三席が司馬となります。参軍の長である従事中郎が二名、参軍が二名、各部督が一名、主簿一名に曹が東西一名。本軍とは別に支軍を置くのであれば別部司馬を、定員外で仮司馬を増員することも御座います。また副将の軍勢を置くのであれば、恭荻校尉や恭荻中郎将などの呼称で属軍を置く事例も御座います」


 なんと軍師の席次は無かったのか、正直知らなかったぞ。うーん、昇進せんことにはダメか。というか参軍の上が従事中郎というんだな、しっくりこないがそれが適切なわけか。典韋の司馬はどうしたもんかな……だがあれは独立した司馬でもあるんだよな。馬日碇が置いてったのは光禄勲の何かだった。


「では改める。荀彧は長吏だ。荀攸殿は従事中郎、郭嘉は参軍とする。沮授殿、一時的に司馬を引き受けてもらえるだろうか」


「承知しました。これも冀州の為です」


 頷いて承認してくれたことに礼をする。孫策や趙厳は余った何かに嵌めればそれでいいよな。


「田豊殿、従事中郎をお受け願えるでしょうか」


「無論であります。どうぞ何なりとお申し付けを」


「孫策は別部司馬、黄蓋は仮司馬とする。趙厳は軍営督、牽招は刺姦督だ。典韋は帳下督として今は扱うことにする、認識の共有をしてくれ」


 軍営督は何のことはない、部隊長のようなものだ。刺姦督は部隊内警務、つまりは憲兵隊長か。帳下督とは宿営隊長、俺の護衛だな。今まで誤って呼称してきたが一度も問題になったことはないのは、簡単に言えばだからどうした、これに尽きる。曹操に五荀がどうのと言われたが、俺も贅沢な幕だと思うよ。


「まずは何であれ軍勢の把握を優先しなければならん。騎兵二千を速やかに孫策の元に集め、これを確立する。この部隊、主将は孫策、補佐に黄蓋を据えるが、冀州に詳しい田豊殿に助言を貰い判断を下せ」


「御意。従事中郎殿、若輩者でありますが、どうかご指南の程を」


「かの名将、孫堅殿の長子でありますな。私など愚物ではありますが、稀にお役に立つこともありましょう」


 打撃力も状況判断も心配ない、これをどうやって活躍させるかで戦況は大きく変わるな。にしても位置関係が宜しくない。


「沮授殿、信都の西にある高邑が本来の州都であるようだが、なにゆえ現状のようなことに?」


「ご下問にお答えいたします。反董卓連合軍の結成により、各地の軍勢が河南尹へと集結する動きがありました。その際に渤海郡の袁紹殿も留守にするので、冀州全土とより連絡が取りやすい中央付近へと治府を動かしました。また信都が奪われた際は、高邑よりも邯鄲の方が遠いため安全を担保する意味でこちらに滞在しております」


 護衛部隊の一存でってわけか、追い打ちをかけられて州都で籠城では連絡も出来ずに往生していた可能性がある。これは悪くない判断だったと受け取るとするか。


「では始めに韓馥殿には州都に治府を戻して貰うことから動くとしよう。両県の間に堂陽県があり、ここが最前線になっている。堂陽県の東、目と鼻の先に扶卿県があるのでこれの防備を固めるぞ。孫策は真っ先に増援として詰めるんだ、後続の歩兵が到着するまで決して陥落させるな」


「お任せ下さい島将軍! 黄蓋、一足先に騎兵の招集を行っておくんだ」


「承知」


 黄蓋が座を離れると皆に一礼をして消え去る。まず動く、その精神は好きだぞ。情報を出来るだけ携えて離れる必要があるので、会議は続けさせよう。


「高邑の防備を最大限する必要がある、趙浮の弩兵五千をここに据えて西部の補給拠点としても利用しようと思うがどうだ」

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