第298話

「同感だな。俺は信用出来る奴しか用いるつもりはない。毒にも薬にもならないような役目くらいは与えるがな」


 こちらを見た郭嘉が無表情で何かを思案しているぞ。まあいいさ、先を進めるとしよう。荀攸殿に視線をやって促す。


「都督従事の趙浮、程喚の二人が重装弩兵一万を指揮しており、戦力の上では一番大きいでしょう。この二人、河内へ増援へ出ていたのですが、冀州の危急を知ると敢えて袁紹の軍陣をかすめるような道を通り、牽制しながら急ぎ帰還した目端が利く者のようです」


「ほう、武力ではなく兵の統制に覚え在りか。離れた場所でそれだけのことを独自に判断出来たならば充分、それ相応の命令を出すさ」


 遠隔地の防衛は荷が重いかも知れんが、連絡が届く範囲ならば司令官として充分期待できる。要地の県城を守らせれば簡単に奪われはしないだろう。


「次いで審配、審栄の軍従事でありますが、審配が叔父です。性格は剛直で忠実、融通が利かぬ面があるようです」


「文若は審配を無策だと卑下しているだろう、真面目過ぎるのもどうだろうな」


 ほう荀彧がな、だが真っすぐならば真っすぐなりに使えばいいんだよ。間違っても司法を任せてはいかんぞ、微罪でもきっちりと裁き出したらギクシャクする。


「なに、物資の輸送でもさせれば飯の心配をせずにすむ、そういうことだ」


「別駕の閔純殿、治中の李歴殿、長吏の耿武殿はどれも国家に忠実、有能な官吏で御座います。冀州を取り仕切るに充分な才覚かと」


 忠誠も充分、能力もある、そのうえ働き盛りの三十代だろう三人だ、こいつらが元気なうちは州も発展するだろうことは俺も感じる。残念なのは武才のかけらもなさそうなところだ、軍勢の統率だけでも出来れば違ったんだろうが、その適性は無かったんだな。


「だな。あとはあの場に居たのは騎都尉と、従事の一人か?」


 二人とも文官服だったが、これといって名前は出なかったな。冀州の官ではないのか?


「騎都尉の沮授殿、先の冀州別駕でありました。文武に秀でており、権謀術数は鬼才であると申し上げて間違いないでしょう」


「まあ沮授は先が見えているのは認めるが、大言壮語と受け取られるんだろうさ。態度が気に入らないと疎まれることが多そうだ」


 まるで郭嘉、お前のようだな。しかしそうか、こいつであっても認めるほどの才能か、しかも武にも通じているならば別働司令官を任せてもよさそうだな。審配との食い合わせは悪そうだ、そこは注意しておくとしよう。


「なるほど。して、もう一人は」


「茂才である元の侍御史で田豊殿は、博学多才の身でありまして、これまた権謀術数の才覚。朝廷の腐敗に嫌気がさして官を辞して、ここ地元に戻ってきている者であります。剛直でありますれば、上官に逆らい訴え出ることが多く軋轢が。ですがその考えは常に正しく、それゆえに疎まれておりました」


 優秀者が二人いたか、こちらは武とは縁が無さそうだが使えるぞ。全軍統率で戦略行動は何とか見えてきたが、最前線で武を奮う奴が足りんな、せめて一人くらいいて貰わないと困る。


「正しいことが全てではないのは解っているだろうが、それでも誰かが言わねばならん。そいつはそれが役目なんだろう」


「人物はこのようなところでありますが、実際のところの兵数は地方の防衛を別に、手元に集められる数は騎兵二千に歩兵四万といったものでありましょう。兵糧は十万人を二年養えるほどが御座います」


 調査済みか、その数があって連合軍へ差し出さなかった、そこに韓馥の何かしらの意図が見え隠れしているぞ。宴会ばかりして動かない軍勢を養う義理はないだろうがね。地域に縛られている兵も、局地戦なら動員も出来るだろう。


「島介殿はそのような大軍を取り仕切ることが出来るとお考えで?」


 多少馬鹿にした雰囲気で郭嘉が突っ掛かって来る。こいつは俺を揺さぶってどうしたいんだ、どのあたりで機嫌を損なうかを試しているんだろうか。


「数万位で何故出来ないと思ったかを聞いてもいいか?」


「今でも軍勢を指揮することが出来る将を心配しているようでしたので」


 ほう、こちらの懸念を見抜いていたか。粗雑な振る舞いをしているのはポーズだな、面白い。


「俺は試すのは好きだが、試されるのは嫌いなんだ。言いたいことがあれば聞くぞ」


「これ奉孝! 島将軍、この者はいつもこのような調子ですので、お気になさらないように」


「別に叱責するようなことは何もないぞ。郭嘉、俺に遠回しな物言いをする必要はないぞ」


 じっと郭嘉を見詰める、こいつにはこいつの信念があるんだ、それを見極めてやろう。ズルをするわけではないが、荀攸殿や荀彧が認めているやつなんだ、そこに疑いはない。


「では一つ。軍勢を指揮するに相応しい者がおります、私に任せて貰えるならばここに呼び立てましょう、いかがでしょう」


「ほう、ならば連れて来い。そいつが本物であるならば、軍の半数を預け運用させる」


 むしろ黙って連れて来てくれても大歓迎だぞ、幾らでも部将はいていいんだ。荀攸殿は頭痛でもするのか肩を落として俯いているな、苦労しているんだないつも。郭嘉が出て行くとため息をついて立ち上がる。


「申し訳ございません、後程しっかりと諭しておきますので」


「構わんと言っているだろう、面白い奴じゃないか。俺はああいうのは嫌いじゃない。ところで沮授殿と田豊殿にも会いたいのだが、手配してくれるか」


「お任せ下さいませ。二時間程頂きますので、少しお休みの程を」


 場を解散させることにして執務室へと入る。その間に趙厳や孫策らには城内の部隊を見て回るように言いつけておく。護衛の典韋しかいなくなり、久しぶりに差し向かいで話をする。


「俺とお前の二人だけから、随分と賑やかになったと思わんか」


「親分は人気者だからな。それに随分と偉くなった」


「うーん、どうだろうな。給料をもらっているぶん働くつもりだが、偉いかどうかは疑問だよ。畑を耕して麦を育てている奴の方がよっぽど偉いと俺は思うね」


 声を出して二人で笑う、気兼ねなく話せるんだよなこいつは。荀攸殿の方が先に戻って来たのでまた皆を集めると、また隣にある部屋へと場所を移す。沮授と田豊が挨拶をしたので、俺もそれに応じた。少し言葉を交わすだけで別物だと直ぐに感じ取れた。


「お二人に尋ねたい、公孫賛をどうやって追い出すべきかを」


「まずは田豊が言上致します。公孫賛は冀州に無理矢理押し入り、正当な主を騙し、不当に地を占拠し、道理に適わぬ行いをしております。さすれば正道にそってこれを非難し、民やその将らに訴えかけるべきでありましょう」


 公孫賛は太守ではない、そして冀州牧が居た城を奪った、ばかりかそこに居座り周辺に害悪をまき散らしている。それを知らしめるわけか、確かに正しい。


「そうだな、俺もそう思うよ」


「沮授が申し上げます。公孫賛は多数の軍勢を養うため、各地で略奪を許すどころか推奨し、農民を虐げ悪行の限りを尽くしております。また、異民族と友好を結びこれを用いて被害を拡げておりますので、即刻やめさるべきで御座います。その為には、城外に出て地を荒している軍勢を蹴散らした後、信都城の外で公孫賛に挑むべきです」


 多数を維持するには食い物が居るからな、畑から直で略奪して食い荒らすなんて、イナゴの集団と同義だ。


「外の軍を破るのは良いとして、公孫賛は城から出てくるだろうか」


「私に考えが御座います、それはお任せを。ですが彼の者は猛将として名高い御仁、これと正面からあたり勝利をすることが出来るかが肝要」


「なんだそんなことか、公孫賛がどんな腕前かは知らんが、呂布より強いこともないだろう。なら問題ない」


 沮授と田豊が顔を合わせてどういう意味だろうかと問う。呂布が国士無双の猛将であることは知っているようだがな。


「公達がご説明いたしましょう。飛将と名高い呂布殿と、島将軍は連合軍の目の前で一騎打ちをされたことが御座います。騎乗戦闘では赤兎馬に競られ不利でありましたが、徒歩では逆に優勢に。そして素手で戦うと、あの巨漢と優劣なしで日没を迎えられました。されば相対した際にはかの公孫賛殿とて肝を冷やすこと相違ありませんでしょう」


 よせよそう褒めるなよ。ちなみにもう二度とあんな化け物と一騎打ちなんてしたくないぞ。あの時引き分けることが出来たのは、すでに散々戦ったあとで体力を消耗していたからに違いない。決して俺が強くて事なきを得たんではない。ほう、と感心するなそこの二人も。


「であるならば、軍同士の争いで優位になれば目が御座いますな。私も誇れるようなものでは御座いませんが、軍を指揮することは御座いました」


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