第288話


「充分存在を誇示してきたか」


「おう、島将軍。部将の首を一つ挙げて来た、小物だがな」


「そいつはめでたいな、次は大物を期待しよう」


(ここから書いた時期が違い突然一人称になっています、後日気づきました)


 甘寧らが待つ防御陣に入ると、夕飯にありつくことが出来た。ようやくここで傷の手当ても行い報告を受ける。塞を築いている場所が良い、これを攻め落とすのは一苦労どころの話ではないぞ。


「我が君、胡軫が長平を出たようです。数は一万前後、新汲へと向かっております」


「予測の通りだな、荀彧の見立てでは今後のブレ幅はどうだ」


 長社からの報も含みで総合的な見立てを再度尋ねた、こいつが分からねば誰にもわからんからな。水上の敵部隊は荀攸殿の火計で散々な目にあったそうだが、まだ千人単位で残っているんだ、これに対抗しないわけにはいかんな。


「華雄らは騎馬に警戒をして、後方を留守にして全力でここを攻めることは出来ないでしょう。万が一にも敗北し撤退してしまうと胡軫本軍へまで影響がありますので、安全策を採らざるを得ないことに」


「だろうな、軍割もそうだが、胡軫から曖昧で裁量権を与えられているような命令が出されているんだろう。それが裏目に出て萎縮するような道しか行けないのは、華雄にとっての凶事だな」


 一方でこちらにとってはつけ入ることが出来る隙だ、ここで生まれる時間差を活用せずに勝利はない。それにしても敵にだって優秀な頭脳をもつやつがいるだろうに、階級の不足で発言権がないのかね。じっと荀彧を見詰めてなぜかと思案する。


「……董卓軍は涼州軍閥がそのまま国家の軍に成り代わったものにございますれば、現場での力が優先されるところ。彼の地はより純粋に力こそが正しい地域とでも言えるでしょう」


 言葉にせずとも疑問を見抜くか、俺じゃお前に及ばんよ。ふっ、と笑うと「なるほどな」居ないわけではないし、発言権が無いわけでもない、ただ力こそが正義という種族なわけか。実はそこまで嫌いじゃない。


「見たところここの防御陣は強固だ、簡単に崩れることはなさそうだ」


「恐らくひと月は持ちこたえることが出来るでしょう。井西山関の孫策殿も五千相手ならば守り切ることが出来るはずです、その際は関への補給路を脅かされないように後方の注意が必要ですが」


 孤立することになれば不安が先立つ、それは前線ではなく後方司令部の守備範囲だ。荀彧がそうだと考えているなら荀悦殿に報せを入れているだろうし、何より言われずともわかってもいるんだろうさ。


「公達殿ですが、上陸部隊を全滅させております、王方を捕らえるのも時間の問題かと。なので西部方面に関してはまず心配は少ないといえます」


「初期の目論見通りだがそれでもまだまだ劣勢だ、胡軫はどうだろうな」


 長平を出たということは攻勢に出るつもりでの頭があるはずだ、こちらが西部の守りに兵力を割いていると知ったからな。華雄が連絡を出したとしても、やはり主力を目撃したとの報になるだろう。


「新汲から許を攻め落として、そこに本陣を置くことが出来ればと考えるでしょう。理由は三つ、水陸ともに近く規模もある許は本陣を置くに最適の環境。またこちらの三城と距離が等しくどこでも攻めに行けるのも便利。更には陳紀殿の居宅があり、親族らを支配下におけばこちらでの行動を制限することが出来るなどからです」


「まあな、だからこちらも文聘を入れて兵力を増やしている。まともに攻められたらどうにもならんが、別動隊位は耐えるだろう」


 やろうと思えば城も部隊もスルーして浸透することはできる、だから県城守備隊を最低でも五百は残しておかんとまさかがあるんだよな。通る道が決まっているとか、通信機があれば直ぐに対応出来るが、狼煙か馬か、大旗を振る位でしか連絡はとれない。


「最大の懸案事項である徐蓼汝南太守でありますが、不気味な沈黙を保っております。軍勢を集め城内待機をかけているようで」


 目を細めるとその意図を見抜こうとする。戦いがあるだろうことを感知しているな、城内に軍を隠しているのは数を知られない為だ、ではその使いどころはどうだ。漢よりの正式な太守である胡軫を警戒はしても攻めはしないだろう、周辺の太守等もそうだ。


「こちらを警戒している、ということか」


「恐らくは。使者をだして説き伏せると言うならば、人選を致しますが」


 俺はそいつの事を全く知らん、あの皇太后に上等を切ったという性格であるというくらい以外は。だがそれだけ解っていたら答えは見えてくる。


「不要だ。言葉ではなく行動が全てを語る、そいつは百万言を弄するよりも行いをみて決めるだろう」


「御意」


 荀彧は畏まって頭を垂れた。残るブレ幅は胡軫との直接戦闘のみ、ならば俺次第だ。食事と治療を終えると騎兵団に出撃命令を下す、荀彧もここからは同道する。


「張遼、北瑠、新汲へ夜明けまでに移動をするぞ!」


「任せろ、島将軍は後衛としてついて来てくれ。前衛出るぞ!」


 半数の千騎がまず出発して行った、二つに分ける理由は戦術的な話であって実はそこまで重要じゃない。移動しながら荀彧と意見交換でもしておくか。


「正直なところ胡軫との戦、ぶつかれば負ける気はしていない」


 ということは何を言いたいのかと短く思案し「引き返せない状況を作るのでしたら、陳葦らに散兵攻撃を行わせるのがよろしいかと」それは集団での攻撃ではなく、ハラスメント攻撃にほど近い。


 邪魔をするためにそうしたら、現場では防御と反撃をするな。胡軫の性格ならば逆に攻撃を仕掛ける為に動くまでがセットか。そうなれば林に潜伏させている奴らは早晩散り散りになり討ち取られてしまう危険性が高い、それを回避するためにはこちらもリスクをとる必要があるな。


「許の部隊、どこまで削ることが出来る」


 少なすぎれば許が不意の陥落をしてしまう危険性を産んでしまうし、多ければその遊兵のせいで潜伏部隊に思い切った指示が出せない。こいつは賭けだ、どちらに転ぶかなど誰にも分らんぞ!


「文聘殿の正規兵二千、これを全て投入の後に城門を閉ざし三日ならば陳紀殿が成り立たせてくれるでしょう」


「三日もかけるつもりはないし、俺はここで部将の一人とて失うつもりもない。許の部隊も動かすぞ」


「徐太守、このまま待機をしているでしょうか?」


 そこがグレーゾーンだ、三日あれば汝南から許に軍勢を進められるからな。目を閉じて博打を行って良いのは己の命までだぞ。どちらとも言えない、だが目的は胡軫を撃破することだ、どうする。


「我が君、公達殿に早馬を送り、残敵掃討を切り上げて許へ急行してもらってはいかがでしょう? さすれば王方は取り逃がすことになるでしょうが、無防備な状態が短くて済みます」


 強行軍をかければ二日あれば辿り着くか! 水上部隊を取り逃がしたとてこれといった不都合は少ない、場当たり的な命令で呆れられるぐらいだな。


「よし軍令だ、俺の名前で荀攸殿に伝令を出せ。全ての不都合は俺が引き受ける」


「畏まりました。公達殿により良い案があればそうなさるでしょう、直ぐに早馬を仕立てます」


「こちらは許に寄るぞ、待機をかけておくようにそちらにも伝令を走らせるんだ」


 初期の計画案など概要でしかない、西部の華雄が上手いこと嵌りそうな状況になったならこの方が有利だ。一事が万事これでは部下はついてこないかも知れんが、俺は自分の判断を信じる。三時間も移動すると真夜中に許城へと入る。待機命令が出されていたので文聘が出迎えに立っていた。


「将軍、麾下の軍兵二千、待機をさせています」


「よし、文聘は直ぐに出撃し新汲西の境界で武装待機に移れ。夕方あたりに出番が来るはずだ、集団を保ち先行している潜伏部隊の糾合を行え」


「旗印、でありますね。承知致しました、銅鑼を多めに抱えてきましょう」


 こちらの意図をしっかりと読み取りそんな言葉を付け加えて来るか、なにせあの文聘に育つんだ心配はないぞ。まだ二十代の若造ではあるが、任せておけばいい。到着をしって陳紀も姿を見せる。下馬すると一礼した。


「島将軍、なにか閃きましたかな」


 余裕の語り口で老齢の陳紀が用事があるからやってきたのを察する。切り出しづらいことだと解っているんだろうな、それでも俺は命じなければならん。


「許の守備兵二千と主将の文聘を前線に投入することにした。郷土兵しか残らなくなる」


 供で寄り添っている書生か何かがギョっとしている、そんな馬鹿な話は聞いていないし、納得も行かない。抗議をしようとしたが陳紀は「ほう、一気に動きなさるか。元より許は地元の民が守るべき場所、私が号令をかけて守りを固めさせましょう」即座に快諾してしまう。


「すみません、二日以内に荀攸殿が兵千を伴いやって来る手筈です」

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