第287話


「道を見失い迷子になることもないとは思うが、もしそうなれば潁河を探して下る、それでいいな?」


「ああ、張遼がそんなことにはならんと信じてるよ」


「俺もかくありたいものだ。ではこちらは北、北瑠は南、島将軍は中央を担当ということで」


 黒騎兵を三つに割る、といっても中央は千で分厚くしている。本来なら重装騎兵なのだが、今は装備を変更して軽弓騎兵という装いにしてある。射程と機動力が求められているからだが、弩は少ない。荀攸が多めに持って行ってるからで、こちらは弓が主力武器になっている。


 一撃入れて離脱するだけでいいならば弩の方が使いやすかったが、歩兵だってそれは同じで弓よりも弩の方が使いやすい。訓練していない歩兵ならば弩しか使えないと言った方が良いだろうか。


「聞くところによればさほど広くないらしいから、互いが見えるかも知れんな」


 奥へは行ったことが無いので、話だけ聞いての想像。山岳で通過可能な場所が狭いのはどこだって一緒だ。


「裸山がちらほら見える。岩場が多く木々が定着しないで滑落も多いはずだ、転落に要注意。では後程」


 張遼が右手の細道へと進んでいく。北瑠と目を合わせると、こちらは左手に折れて行った。手鏡を持った兵を二人高所へ上げて見張りをさせて先を進む。光を反射しあって敵を見つけたことを報せれば、どのあたりに居るかは山の位置で把握できる寸法だ。


 一カ所からだけならばより先だろうし、二カ所ならば方角が分かる、三か所からみえていればかなりの近距離に存在していると解る。きっちりと旗を掲げて動けば、見張りも目星がついて疲労がぐっと減るものだ。


 二つ目の山を越えたあたりで、高台に登っていた見張りが光を反射しているのが見えた。


「この先に敵影ありか。よし、ここらの道に穴を掘っておくんだ。そっちの先に軍旗を立てておけ、目印が見えたらきっちりと迂回しろよ」


 もし追撃されたらここで引き離せるように小細工をしておく。たったの二十センチも掘って適当に草木を積んで土を被せてお終い。それでも馬が足をとられたら転倒もすれば、骨をおることだってある。少なくともその後また追いかけようとは思わないはずだ。


「将軍、あちらから声が聞こえてきます」


「ん? ああ、張遼のところだなきっと、接触したか」


 岩山に響くと結構音が遠くまで聞こえてくる。どこかで接触出来ればまずはこちらの騎兵が長社に居ると認識させることが出来て目的を一部達成したことになる。小細工を終えると道を進んだ、見張りからは敵が見えているらしいので、もう少し居場所を絞りたい。


「誰か高所へ行き周辺を確かめるんだ」


 崖のようなところを登り始める兵士が居た。これといった道などないのに、じりじりと登って行き、ついには上に辿り着いてしまう。


「御大将、あちらに敵が見えます!」


 指さしている方角を覚えておき、見張りの見えているだろう距離を想定して頷く。岩場を下らせると「こいつも一つの才能だな、ホレ取っておけ」懐から銀貨を一枚取り出すと特別に渡してやる。日給が二倍になったくらいの話なので、嫉妬を集めることもない。


 先遣隊よりは本隊が後ろに居るはずだ、こちらはもう少し進んでおくとするか。最前線に本隊が居るのなんてのは俺位なもんだろ、いや……孫堅あたりもか。小さく笑うと山道をゆっくりと移動した。暫くすると南方からの狼煙で、井西山関にも敵が現れたと報せが来る。


「数はどうだ」


 供回りに確認する。狼煙の本数が一本なら三千以下、二本なら五千以下、三本ならそれ以上とあらかじめ決めてあるからだ。細い道にそれほど数は送り込まないだろうが。


「狼煙は二本でしたので五千以下かと」


「そうか」


 華雄のやつは兵力を半々で割ったか、こちらが少数で戦略的に攻勢か守勢かはっきりしない段階で、どちらにでも対応可能な中庸的な配備をしてきたな。もし華雄が全軍の主将なら、あちらは千だけでこちらに寄せていただろうさ。


 山に上げている偵察の二カ所が光を反射してきた、そろそろこちらも接敵するぞ。乾いた岩場に馬が二頭通れる程度の幅、高低差はかなりあるがこれを行き来は出来んぞ。いや下るだけなら出来るか、何せあの山を急降下出来たんだからここで出来ない理屈はない。


「御大将、敵の旗が見えます! 『華』『河南』を掲げています!」


 ふむ、華雄の本隊か? いまいちルールが分かっていないんだよ実は、俺はやりたいように掲げているが自分が部下の場合はどうするべきなのやら。空には未だに高い位置に太陽があり、今日という時間はまだまだある。


「こちらが隠れても仕方ない、あの旗目指して進むぞ」


 不意打ちを狙うわけでもなく、最短ルートを探りながらくねくねと曲がる山道を互いに動く。ここからでは張遼も北瑠の姿も見えない、あちらからも見えていないだろうが、高く掲げた軍旗だけは偵察が見ているはずだ。


「おっとこいつは想定外だ」


 あとわずかというところまで互いに進んで、大声を張り上げれば聞こえるかも知れないといった感じの場所で姿を見つめ合った。だが二つの軍の間には、深い渓谷があってとてもじゃないが向こうには行けない。良くも悪くも迂回を強いられてしまう。


「北部の張遼殿からの報告です、敵軍と接触し正面戦闘を開始するのとのことです!」


「張遼が一番乗りか、まあいい別に競ってるわけじゃない。道を替えて進むぞ」


 道案内もきたことが無い場所まで遠くやってきてしまったので仕方ない。わかる道まで戻ると、今度は少し南の道を行く事にした。するとなんと三カ所の偵察が光を反射して来る。近いのか? 近隣へ斥候を出して部隊を一時停止させて報告を待つ、すると直ぐに一組が戻って来る。


「申し上げます、この先で北瑠部隊が敵軍に包囲されております!」


「案内しろ」


 包囲とは運悪く道の前後を挟まれでもしたか? いずれにせよ発見できたのは幸運だ、ここであいつを失うわけには行かんからな!


 案内の後ろを騎乗したままついていくと、茂みが濃い木々の先を指さして「足元にお気を付けを」と言われて前へ出る。すると、眼下の地に敵味方が群がっているのが見下ろせた。


「なるほど、足元注意だ」


 断崖絶壁の上からあたりを見下ろす形で、戦闘地帯を見ても頭と肩しか見えない程だった。少し迂回したら下の道に行けるな、あのくらいなら何とか出来る。頭を左右に振って周辺地理を脳に焼き付けると「迂回して下るぞ」命令を下す。


「でしたらこの道を二時間ほど戻って、大きく南に回れば夜中までにはたどり着けるはずです」


 道案内の地元猟師が知っているようで、大まかな指標を口にした。北瑠はその道を行ったわけだ、だが悠長にそんなことをしていては文字通り日が暮れる。途中までは案内に従って動いていたが、ある時道を逸れる。


「あの将軍さま、そちらでは別のところに出てしまいますが」


「先ほどの断崖の下の道か?」


「へぇ、その通りで」


「ならそれでいい、行くぞ」


 何がどう良いのかわからないが、言われたようにして道なりに進んでいくと、今度は争いの喧騒が耳に入ってきた。木々の間から下を見ると、歩兵に包囲を受けている北瑠の姿が遠くに見えた。スタミナが切れるとまずいが、防御態勢を敷いているので危なげない。


「下の道を東に行くと、出入り口にあたる場所に戻るのか?」


「へぇ、三時間程でさっき通って来た道に合流して、出入り口に戻れます」


「わかった。お前はその合流地点まで先に行っててくれ」


 疑問はあったが道案内は頷いてこの場を去っていく。黒兵たちの顔を見る、別に怯えていいる風も無ければ気がはやっているわけでもない、平静状態。悪くない、統制がとれているということだ。


「下の敵を蹴散らして、北瑠と共に道を戻るぞ。この位の斜面、駆け下りるのはわけないな? 無理なら来た道を戻って構わん、俺に続け!」


 挑発とも哀れみともとれるような言い方をしてやると、先頭で急斜面に馬ごと身を躍らせる。軍馬は背にある人物の心が伝播すると言われるほどで、騎手に余裕があれば騎馬も平然と急斜面を下った。突然山の側面から攻撃を受けた華雄隊は大混乱を起こした。


「な、なにごとだ!」

「敵襲!」

「山の上から敵が降って来ただと!」


 側面攻撃を受けて隊列が乱れると、騎馬に跳ね飛ばされて味方を巻き込み転倒するものが多数出た。それらを無視して突破すると、奥で反時計回りに馬首を向けて手近な歩兵を切り倒していく。そうなると歩兵はどこへ逃げようかと慌てるのみで、立ち向かおうと言う気にはならなかったらしい。


「おお将軍が来られたぞ! 者ども、敵を打ち倒せ!」


 北瑠が守備態勢を解いて攻撃に移り変わる、一気に乱戦になると馬上の兵が圧倒的に有利、歩兵が矛を捨てて木々が茂る場所の斜面を這って逃げて行く。


「適当に切り上げて移動するぞ」


 俺は戦闘をやめにして周りを観察しておくとしよう、偵察からの連絡も今はないな。敵の別動隊はやって来る心配が無さそうだ。馬を寄せて来た北瑠が「どうすべきか決めかねておりましたので助かりました」幾らでも突破は出来たということか、道を外れても良いならば出来るだろうな。


「そうか。やることはやった、戻って次の戦場に向かうぞ」


 にやったしてしてまだまだ戦争は序盤だと気持ちを切り替える。北瑠も収拾をつけて移動準備を命じると、戦場を見回して味方が残っていないかを探させた。一人気絶して転がっているのが居たので回収すると、速足で未知を戻る。空が暗くなるあたりで張遼の部隊とも合流した。

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