第263話

 抜け道が現れたために、ここぞとばかりに乗り込んできた。面と向かって反対行動をしようとしているのではないので、袁紹も袁術も咎めることが出来なかった。なにより偵察行動は戦闘の基本、どうせするのだから志願者に任せるのが良い。


「盟主殿には諸侯らの調整という役目がある、私は本営にあって兵糧の手配をしておきたいが良いだろうか?」


「副盟主殿にお任せする」


 正直面倒なことは誰かに丸投げしたかったので、倉庫番のようなことはしたくない袁紹が認めてしまう。これには曹操がやはり何かを思い出し眉を寄せた。


「長沙殿、後方のことは任せよ」


「かたじけない」


 空を見上げた島介が「まだ明るい、これから行ってみるとしよう。それでは失礼」笑顔で退場する、勝手が過ぎるが戦功をあげた者の発言力はあがるものだ。本営の外に出て、敢えて少し突っ立っていると孫堅がやって来る。


 親指を立ててクイッと後ろを指していた、そちらを見ると劉備と曹操もやって来る。


「おっと三大巨頭の揃い踏みとは参ったね」


 誰にも聞こえないほどの小さな声を出すと肩をすくめた。


「不肖、劉玄徳も偵察に志願いたします。ご許可の程を」


「別に誰かの許可なんて必要ないさ、それぞれの意志で動けばいい。そう信じてるよ」


 今度は曹操が近寄って来る「騎兵での偵察になるな、うちは百騎ほどしかおらん。劉備殿は十騎ほど、孫堅殿は?」揚州で兵を集めはしたが、騎兵もいなければ馬まで揃えるのも出来ずにいた。


「南陽で集めたので五百は居るぞ」


 胸を張って応える。軍馬は維持にも育成にも多大な費用が掛かり、騎兵を持つには人員も用意しなければならないので五百は多いほうなのだ。


「では発案者でもあるし、島殿の指導に従うべきだろうな」


「まあ構わんが、全部で千騎位になるのだろうか?」


 曹操が鼻を鳴らす、こんなところで誇るべきようなことではないが、隠そうにも既に明かしてしまって居るので仕方ない。


「うちの騎兵団だけで二千だよ、まあ若干は減っているがね」


「二千だって!」


 孫堅が驚きを隠さずに声に出す。それはそうだろう、島介は恭荻将軍でしかない、どうやってそれを維持しているのかと言うことに繋がる。どうせすぐにわかることなので「ちょっと縁があってね、孫羽将軍の軍を継いだんだ。全て北狄の出で馴染まんだろうが、そこは勘弁してくれよな」順番が逆で恭荻将軍を賜ったならばわかるが、先に任官しているのだから巡り合わせとしか思えなかった。


 発音が同じならば字面は気にしないのが中華のクオリティだ、諱を避けるなどもあるので誰も不思議に感じていない。一時間で軍営北部郊外に集合として解散する。


 黒兵が一団となるが、島介にとって非常に想定外のことが起る。部将らだけを引き連れて一度話合いをしようと集まったところで素っ頓狂な声があがったからだ。


「おい玄徳じゃないか!」


「ん? そ、そなたは子経! なぜこのようなところに。楽殿に師事していたのでは?」


 駆け寄ると互いに抱き合う、関羽や張飛がポカンとしているではないか。


「今は島将軍に従っているんだ。師匠は郷に帰ったよ、俺はもっと世を知るべきだってな」


「おい牽招、お前劉備殿と知り合いだったのか?」


 意外だった、繋がりが全然思いつかずに島介が珍しく変な顔をしている。


「はい。玄徳とは親友なんです、俺はこいつの為ならいつでも命を懸けられる!」


「私とてそれは同じだ、子経の為ならばこの身を賭すことを厭わぬ!」


 刎頸の交わり、劉備には義兄弟が二人居たが、本当ならばここにもう一人加わっていたのかもしれない。かつて学徒であった時に知己を得て、意気投合しこのような間柄になった。郷里に戻っていたら一生再会することもなかったが、時機を得て手を取り合う。


「子経に紹介しよう、私の義弟、雲長と翼徳だ」


「雲長兄、翼徳兄、子経です!」


 劉備の嬉しそうな顔を見て二人もその気になってしまった。


「関雲長だ、宜しく頼もう」


「おう、俺にも弟分が居たとはな! 張翼徳だ、子経ってのか、良い面してるじゃねぇか!」


 騎乗した孫堅も微笑んでいた、好漢は好漢を知る、だろうか。その孫堅の後ろに騎乗した若い男がいた。


「お、もしかしてお前が孫策か?」


「はい、孫伯符です!」


 美男子とはこいつのことだろう、整い過ぎた顔立ちをしている。三国志の史書にはっきりと容姿端麗などと書かれているのは、あれだけの数の記録があり孫策を含めて三人しかいない。なおあと二人は荀彧と周瑜だ。後の世に孫策と周瑜の美男子コンビが揃って軍を率いた時、豪族らがこぞって娘を差し出したのは案外望んでのことだっただろう。


「物凄い武才を感じる、俺や孫堅殿を追い抜くだろうな」


 息子を褒められているので孫堅も「それは楽しみだ。この方が島介殿だ、立派な将軍で虎牢関を陥落させた功績がある」にこにこで孫策を見詰めた。まだ十四、五歳位で顔にあどけなさが残っている。


「精一杯努力して、いつか最強の武将になってみせます!」


 なおこれからきっかり十年で最強になる、言霊とは実在しているのかもしれない。黙って騎馬している中年らだが、それぞれが部将としての雰囲気を醸し出していた。


「うちの子脩とは雲泥の差だ、孫堅殿が羨ましい」


 同年代だろう長男の曹昂を連れている曹操が、お世辞ではなく本心でそう漏らした。優秀過ぎる父親を持った子の苦しみ、曹昂としては孫策と分かち合えそうもなかった。


「さて、歓談もこれくらいしにしてやるべきことをやるとしよう。荀彧、偵察すべき最重要地点はどこだ」


 皆が一気に表情を引き締めた。荀彧に視線が集まる。


「洛陽北の渡し場、孟津で御座いましょう。もしここを獲ることが出来るならば、黄河北側を行き直接攻めることが出来ます。守備隊が配されているでしょうから、守将が何者かを探るべきです」


 洛陽攻防で度々出てくる名前、孟津。黄河を渡ることが出来る場所は限られていて、これより西の平津と、温津のみ。津というのが港の意味で、河沿いの街にたくさん使われている。地形の想像をする際に有効な文字だ。


「皆はどうだ?」


「荀彧殿のご指摘の通りかと」


 これといった異論はない、劉備は冷静そのもので頷く。元より我が強くはなさそうな振る舞いが続いているが、今はその時ではないと控えているだけ。


「孟津ならば南岸を駆けても良いが、騎兵のみならば北岸を行っても問題ないな」


 何せ馬は泳げる、騎乗したまま渡河することが出来るので警戒網に掛からない可能性を求めるならば孫堅の言うように、黄河を一旦渡り懐から西へ行けばよい。どこもかしこも見通しが悪い、斥候を出して進めばうっかり敵と遭遇は避けられる。


「やってやれないことはないが、やはり兵が渇いた状態で動けるようにしたい。私は南を行くのを推すが」


 皆がそれぞれの思うところを口にする、こうやって劉曹孫が同じ目標を追いかけて並ぶのは恐らくこれが最初で最後。部将らが主をじっと見つめている、どのように決まっても遺恨が無いようにしたい。


「北は徐栄軍団、南は胡軫軍団の守備範囲か。ところで、偵察だけで終わるつもりか?」


 にやりとして島介は挑発的な物言いをした。孫堅はそれを耳にして嬉しそうな表情を浮かべ、曹操はほぅと目を細め、劉備は目を閉じる。


「聞くところによりますと、徐栄軍団は李粛と李蒙、胡軫軍団は華雄と張済、王方が所属しております。呂布は成睾を離れて後、行方が聞こえてきておりません」


 敵の情報収集については荀彧ネットワークが一番詳しかったようで、主だった名前が全て上がる。


「胡軫とかいうのは洛陽に居るだろうな、徐栄はどこに居ると思う?」


 曹操にしてみればどうにかして仕返しをしてやりたい相手だ、脳内の地図を素早く確かめ、本陣を置くと都合の良い場所にあたりをつける。


「温では近すぎる、沁水では奥へ行きすぎだ、河陽ならばどこへでも迎えるので丁度良いな」


 皮の巻物を拡げて荀彧が場所を確認する、孫堅は土地勘が無いので助かると覗き込んだ。洛陽北に平津、河陽、沁水と並んでいた。河陽の東に温がある、その温のすぐ傍に在るのが温津だ。


「目の前で津をうろうろしている見知らぬ騎兵が居たら、徐栄はどうするかな」


「島殿、やはり南岸より北岸が良かろう。懐を含め後背地が広い、騎兵を運用するに有利だ」


 前言を翻して曹操が北を推した。これで意見は一致する、孟津を偵察に行くという建前で徐栄を吊り出そうと言うのも共有した。


「では黄河を渡るとしよう。さてここでもう一つ役割がある、孟津を探りに実際に河に入る騎兵が百は必要だろう。囮が一番負担がかかる、出来るだけ強壮な者を選抜して任に充てたい」


 即ち誰が一番強い部隊を用意出来るのかを聞いていた。数の上では間違いなく陳留黒兵だが、孫堅が名乗り出る。

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